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notes  作者: ペんぎn
notes Ⅰ
1/16

1.はるかぜとともに

 今日、4月7日の月曜日、晴天の中、講堂に集められた新入生とそれぞれの親は、高校の入学式に参加していた。


 ここは雪華(せっか)高等学園、一つの学校で中学校と高校の役割を持つ学校で、通称は雪校(ゆきこう)という。

 中学生は中高一貫の6年制か中学3年制で、どちらも一学年100人程度、高校生は3年制のみで一学年200人程度となっている。そして、全校生徒は1000人を越える大規模な学園だ。

 そんな雪校の第74回目の入学式が今まさに行われている。


「新入生代表、秋山(かなで)さんからの挨拶です。秋山奏さん、お願いします」

「はいっ」


気持ちのよい返事とともに、僕と同じ列の一番前の女子生徒が立ち上がる。

 立ち上がった女子生徒は、銀色の髪を後ろで一つに束ねていて、周りの新入生の視線を集めていた。彼女はそれを気にせずステージに上がり、中央に置かれたマイクの前でこちらに一礼する。

 彼女は何も取り出すことなく、はきはきと発せられる透き通る声で話し始めた。その声は親や新入生、先生方がいる講堂全体に伝わり、寝ている新入生も眠気が覚めたようで周りをキョロキョロしている人もいた。

 僕も少しの間、落ち着く声に耳を澄ませていると、いつの間にか彼女は代表挨拶を終えて再び一礼をしていた。

 壇上に立つ彼女に拍手が送られ、僕もそれに加わり拍手を送っておく。何を話していたのかは全く覚えていないが、きっといい話だったのだろう。


 その後も入学式は変わりのない一般的な内容が続き、第74回雪校入学式は終わりを迎えた。強いて言うとするならば、校長先生が『長い挨拶は不要だから』とのことで、やけに挨拶が短かったことだろう。たしか、『やりたいことの準備をする三年間にしましょう』だったはず。



 各クラスの担任が新入生を連れて各教室へと移動することになったのだが、僕らのクラスの生徒が席を立つ前に、一つ後ろに座っていた人にトントンと軽く肩を叩かれた。叩いたであろう後ろに座っている男子生徒を見ると、すぐさまその男子生徒はニッと笑みを作り、小さな声で話しかけてくる。


「君、春川(あゆむ)くんだよね?」

「え?そうですけど…?」


僕は突然名前を呼ばれ、慎重な面持ちで彼を見る。彼のような知り合いがいただろうか?

 しかし、後ろに座る男子生徒は、僕の疑問を気にすることもなく話を続ける。


「俺は星野(ほしの)夏樹(なつき)。俺さ、ここの受験するときに君に助けてもらったんだ。覚えてない?」


そう言われても、僕としては知らないものは知らない。可能性は極めて低いが、同姓同名の人が彼を助けた可能性がないこともない。


「多分、人違いだと思いますけど」

「いや、絶対に君なんだ!声も顔も一緒だし、その謙虚さも一緒だよ!」

「け、謙虚さ?」


よく分からない理由を言う彼の話は、どことなく掴みどころがなく、どう返答するべきか困る。

 それから移動する直前までは彼の話を聞いていたのだが、聞けば聞くほどこちらが間違っているような気がして、とりあえず彼を助けたことがあるのだと思い込んでおくことにする。


「春川、俺のことは夏樹と読んでくれ」

「うん。よろしく、夏樹さん」

「『さん』はいらないぞ」

「あ、うん。夏樹さ、夏樹」

「よし、一年間よろしくな!春川!」


 夏樹もずっと話していると担任となった小林(こばやし)先生に注意されると思ったのか、教室でホームルームが終わるまでは話しかけてくることはなかった。


 歩の最初の席は、ざっくり言えばの教室の中央あたりの席だった。後ろの席が夏樹で、一応話せる人が近くにいて安心した。

 そして、新入生代表挨拶をしていた秋山さんも同じクラスで、出席番号が一番若いので、クラスの左前方の一番端の席で姿勢よく座っていた。



 1限だけ設けられたホームルームが終わると、ほとんどの生徒は親と一緒に家に帰ったり、近くのアパートやマンションなどの借りた部屋に帰ったりして、教室内は僕を含めて四人だけしか残っていなかった。その四人のうち、僕以外の三人は、登校初日から日直で残っていた秋山さんと、夏樹に加えてもう一人、夏樹の右隣の空いた席に座る女子生徒だ。


「あたしは部活とかは入るつもりはないんだけどさ、なつと歩はどこか入るの?」


このフレンドリーな人は白瀬(しらせ)真冬(まふゆ)さんで、夏樹とは同じ幼稚園、小・中学校で、現在進行形で星野の彼女だそうだ。

 本人曰く、勉強は苦手でこの雪校に入るために猛勉強して入ったらしい。夏樹はそれを手伝ったらしく、雪校に入れたのは夏樹のおかげだそうだ。


「僕は部活紹介を見てから決めようと思ってるけど、夏樹と真冬はどうするの?」

「あたしは入らないよ?」


まさかの即答で驚いた。夏樹はそれに頷いて部活には入らないことに賛成している。

 真冬と夏樹はどちらもスポーツ系の部活を中学までやっていたらしく、高校は勉強に集中したいからという理由で部活には入らないとのこと。


「っていうかさ、私のことは置いといて、歩は『ここだ!』ってのはないの?」

「ふゆは入る気すらないのに、そういうこと言わない」

「いてっ」


夏樹のチョップが真冬の頭に落ち、真冬はわざとらしく軽く頭を押さえていた。


「あたしがタイムスリップしたらどうするのさ!」

「クワガタじゃあるまいし」

「え、どういうこと?」

「「こっちの話さ」」


 二人の会話ネタが分からず、二人からは目を離して窓の外を見ると、学校の外の通りに綺麗に咲いた桜が春風によって散っていくのが見えた。

 春川という春が入る名字からか、春を代表する桜が散るのを見ていると喪失感のようなものを感じてしまう。


「あの、少しいいですか?」

「わっ!?」


考え事に集中しすぎていたのか、声をかけられるまで全くその存在に気づかず、至近距離で話かけられて驚いてしまった。

 顔を合わせると、僕の反応は秋山さんの予想外だったらしく、彼女は目を見開いていて、その手にはスマホを握られていた。


「ごめんなさい。突然話しかけてしまって」

「こっちこそごめん。僕もボーッとしてたから」


秋山さんは僕の反応を見て、クスッと笑みを浮かべる。何かおかしなことをしただろうか?


「えっと…?」

「あ、そうでした」


秋山さんはなにかを思い出したようで一度僕から距離をとると、夏樹と真冬、そして僕を見てからこう言った。


「良ければ連絡先を交換しませんか?」


 それにいち早く答えたのは真冬で、プリーツスカートのポケットからスマホを取り出し、画面を素早く操作しながら秋山さんに近寄っていく。

秋山さんのスマホの上に真冬のスマホが重なると、ピコンと音を立てた。


「秋山さんも一年間よろしくね」

「はい。よろしくお願いします」


真冬は無事、秋山さんと連絡先を交換できたようで、僕も鞄からスマホを取り出して連絡先を交換する用意をしておく。


 夏樹は真冬に助けられながらも連絡先を交換できたらしく、夏樹とも軽く挨拶を交わした秋山さんは、僕の顔を見て動きが止まる。


「秋山さん?」

「はっ、ごめんなさい。ちょっとボーッとしてました」


奏は何か考え込んでいたようだったが、訊くのは止めておいた。


「かなっち、入学式の代表挨拶と日直だったし、追加で知らない環境だったし疲れてるんだよ。ほら、明日は学力テストもあるしさ?ちゃんと寝とかないと。ストレスはお肌の天敵だよ?」

「か、かなっち…?でも、そうですね。白瀬さんの言う通り、今日はゆっくり寝ようと思います」


言い終わったときと同時くらいに、僕のスマホが奏のスマホに重なり、三度目のピコンという音を出して、教室に残っていた四人全員はお互いに連絡先を交換し合うことができた。


「春川さんも、一年間よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。秋山さん」

「じゃ、そろそろあたしたちも帰ろうかな~。もういい時間だし」


教室の壁に掛けられた時計の針は、すでに午前11時をまわっていた。夏樹と真冬は電車通学だそうで、帰るのに1時間はかかるとのこと。今の時間からしても家に着くのはせいぜい12時頃だろう。


「んじゃ、春川、秋山さん、また明日な!」

「かなっちは休むんだよ~」

「はい。お二人とも、また明日」

「また明日」


二人が教室から出ていって、僕も帰る支度をしたその時だった。勢いよく教室のドアに誰かが衝突したらしく、ドアがガタガタと音を立てた。誰かと思えば、小林先生で、額に汗をかいて教室に顔を出して息を切らしている。


「大丈夫ですか!?」

「はぁ、はぁ、秋山さんと、春川くん。良ければだけど、職員室前のプリント、この教室まで持ってきて、くれない?」

「「分かりました」」

「ありがとう。鍵は教室に置いておくから、帰るときには、職員室に返しておいてね。じゃあ、後は任せるよ」


そう告げると、先生は再び廊下を走っていき、駆けていく音がだんだん小さくなっていった。

 同じ場にいた秋山さんに視線を送ると、彼女も僕に視線を送っていたため顔を合わせて、軽く笑い合った。


「その、一瞬だったね」

「そうですね。先生方も、明日のテストもありますし、忙しいんだと思います」

「先生も大変だね」


教室を出るとき、僕は何も持たなかったが、秋山さんはついでに置いておく物があるから、と日直日誌を持っていった。


 いざ職員室前に来てプリントの小さな山を見ると、秋山さんは一人で大丈夫でしたねと苦笑いを浮かべる。

 山と言っても一人で持てる量だったので、率先してプリントを持つと、わざわざ秋山さんは日直日誌をケースに返却してから、僕の持ったプリントを上から半分よりも少しだけ少ない量を取り、両腕と体でしっかりとプリントを持ち、「戻りましょうか」と言うと、教室へと行き先を変えた。


「ふふっ」

「…どうしたんですか?」


しばらく歩いたとき、突然笑い声が聞こえてきたので、何か面白いことでもあったのだろうかと訊いてみる。


 しかし、秋山さんとしては笑ったつもりがなかったようで、声が漏れていたのに気づいて口元を隠していた。

 教室へと足を進めながら聞いた理由としては、高校で話せる人できて良かったから、だそうだ。


「なるほど。秋山さんも遠くから来たんですか?」

「『も』ってことは、春川さんは遠くから来たんですね。私は二つ隣の大垣市からなので、そこまで遠くはないですけど……」


それでも、秋山さんと同じ中学校の生徒はこの学校にはいないらしい。

 ここ雪校は、全国で有数の地方最高難易度高校の一つで、全校生徒の半分以上は雪校と同じ雪ノ下市か近隣の市の出身者で、遠くに行くにつれてここに進学してくる生徒は少なくなっていく。

 彼女の中学校は毎年多くて四人、ここへの進学をしているそうなのだが、今年は秋山さんたった一人だったそうだ。


「私の話ばかりになってしまっていましたね。春川さんはどちらから?」

「僕は下呂市っていう山の奥のほうのところから来たんだ。まあ、僕はその奥の高山市が出身なんだけどね」

「高山、いいですよね。昔何度か行きました。でも、ここまで通っているんですか?」

「いや、学校の近くのマンションを借りてるから、そこから通うことにしたんです。流石に片道2時間は大変なので」

「確かに、あそこからだとそれくらいかかりますよね」


秋山さんは話ながら階段を上るのがつらくなってきたのか、息が切れ始めていた。一年生の教室が四階ということもあり、階段の上り下りはかなり体にくるものがあるようだ。

 僕は元々山に近い中学だったからか、毎日坂を登っていたため体力には自信がある。四階程度ならそこまで疲れることはない。

……まあ、往復となれば話は違うけれど。



 階段を上ること約3分、ゆっくりと登った末にようやく四階の教室に着き、秋山さんは一息ついていた。


「ふぅ。大変でした。一つ学年が進むごとに一階下がるのは嬉しいですけど、四階まであると辛いですね」

「一年も通えば、きっと慣れると思うけどね」

「そうですね。辛いのは最初だけですよね」


持ってきたプリントに視線を落とすと、部活動希望調査と書いてある。文章よりも、『生徒の8割は部活に参加しています!』と大きく書いてあるのがいち早く目に止まった。

 僕が思ったことは、8割って、さすがに多くない?ということだ。今のところ母数2に対して部活をする人は0なのだが。


「8割って多くないですか?ここ、進学校ですよね?」


さすがに秋山さんも疑問を持ったらしく、自分だけではないと思うと、なんだかほっとした。


「文武両道ってやつなのかな?」

「運動はストレス解消の効果もあるそうですし、多少は運動する方が良いのかもしれませんね」


秋山さんが何かを決意したのを見届けると、秋山さんは持っていたプリントを既に積まれた残り半分のプリントの上に乗せて、飛ばないように、教室にあった石によく似た重しを乗せた。


 秋山さんは一番左先頭の席に置いてあったスクールバックに肩を通し、教室の前を移動していく。帰る前に、教室の前の扉からこちらを振り返って一礼する。


「そろそろ私は帰りますね。春川さんはまだ残っていきますか?」

「いや、僕も帰るよ。鍵はこっちでやっておくから。秋山さんも疲れてたみたいだし、ちゃんと休んでね」

「ありがとうございます。お言葉に甘えてそうします。では、また明日会いましょう」

「また明日」


彼女は肩の前あたりで軽く手を振り、教室を出ていった。

 さて、一人だけ教室に残ったので、少し教室内を整理しようと思う。先生の負担を減らすためにも。ずれた机列を整えてから、真っ昼間から煌々とつく電気を消し、ホワイトボードに着いたフック付きの磁石にかかった鍵を持って廊下へと出て、教室を施錠した。ちゃんと閉まったかのチェックも忘れずに。


 鍵を返しに職員室に訪れたのだが、先生方はほとんどおらず、残っていた先生方はパソコンに向き合っていて、僕に気がついていたのかは分からない。教室の鍵を返して、「失礼しました」と言ってから帰路に着いたはずなのだが、下駄箱で先輩方からたくさんの部活勧誘のプリントをもらい、それをリュックに入れるため、木陰に設置されているベンチに座っていた。貰ったプリントの中には内容が気になる部活動がいくつもあり、一つ一つの内容を読んではリュックにしまう作業を繰り返していた。

 来週に行われる部活動紹介も楽しみになってきた。だが、それよりもテストが先だ。

 学校の外の壁に設置された時計は、もうすぐ針がⅩⅡ(12時)に重なろうとしていた。

さすがにそろそろ帰った方がいいと思い、少し重くなったリュックを背負って、今度こそ帰路に着いた。



 家、というよりマンションの一室なのだが、僕は学校から徒歩5分のところに住んでいる。

 祖父がこのマンションの部屋を数室だけ契約していたので、たまたま空いていて、なおかつ祖父が契約している部屋を一室だけ使わせてもらっているのだ。


「あ、歩くん!初日から大丈夫だった?」


この人はマンションの管理人の日野勇太(ゆうた)さん。僕の祖父と仲が良く、合気道を習っていたことがあるらしい。

シュッとした体からは全く武術をしていたとは思えないのだが、隠れた才能的なものがあるのかもしれない。


「大丈夫でしたよ。いつも心配していただいてありがとうございます」

「あはは。晴道(はるみち)さんの孫さんに何かあったら、何言われるか分からないからね」

「お祖父さんに?」

「そうだよ。晴道さんには僕もよくお世話になってるからね。歩くんの面倒見てほしいってお願いもされちゃったしね」


そんなやりとりがあったのは知らず、僕は日野さんに他にも気になって訊きたいことがあったが、マンションでトラブルが起きたらしく、ロビーには日野さんを呼ぶ声が響いた。


「ごめんね、歩くん。ちょっと用事ができちゃって」

「大丈夫ですよ。行ってきてください。また今度お話しましょう」

「うん。歩くんは高校生活楽しんでね」

「はい。ありがとうございます」


頭を上げる頃には、日野さんはトラブルが起きているカウンターへ向かっていた。

 管理人も楽ではないなと思いつつ、僕はゆっくりと部屋に戻ることにした。

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