31.神に呼ばれた者の情報
「英雄の所へ戻らなくていいのか?ああ。名前を名乗ってなかったな。僕はセルリアンという者だ」
男が名乗った名前に、ハルは聞き覚えがあった。
「あれ?もしかしてシアンさんの幼馴染さん?」
「……僕を知ってるのか?」
「うん。シアンさんに、ずっと一緒にチームを組んでた幼馴染がいるって聞いた事があるよ。メイズさんとマゼンタさんも、「二人は息ぴったりで仲が良かった」って話してたし」
「仲がいい?それは無いな」
顔をしかめたセルリアンを見て、ハルが笑う。
「シアンさんと同じ事言うんだね。そっか。人を投げてるのを見てシアンさんを思い出したけど、納得だね。確かに似てると思うよ」
前にシアンから幼馴染の話を聞いた後、シアンの討伐年表の中の歴代チームメンバー全てに、「セルリアン」という名前が記載されているのを見つけた。
マゼンタやメイズの名前を見つける事も出来たので、二人にセルリアンの事を尋ねた事があったのだ。
彼は「リアン」と呼ばれていて、見た目は違うけど双子のように行動が似ていたと、おかしそうに話してくれた。
「観光してるの?」とハルがセルリアンに尋ねようとした時、セージとミルキーが急いでこちらに向かってくる姿が見えた。
「ハル、急いで―――君は誰だろう?」
何かを話しかけたセージが、セルリアンを見て言葉を止めた。
「この子はシアンさんの幼馴染で、セルリアンさんだよ」
「セルリアン?――ああ、ちょうど良かった。僕はフォレストの叔父のセージという者だ。悪いが君も一緒に来てくれないか?何か仕事が入ってるなら、代理の者を用意するから」
セージの言葉にセルリアンが眉を上げる。
「セージ?……って事はオルトロスの使役者か。仕事は終わらせたところだが、最強の魔獣の使役者と言われる者が僕に何の用だろう?」
「話は馬車でしよう。ハル、悪いが今日は帰ろう。ハルにも事情はちゃんと話すから」
「分かった、急ごう?パールちゃん、ピュアちゃん」
セージの様子からあまり良くない事があったんだと気づき、ハルはみんなに続いて急いで馬車に乗り込んだ。
乗り込んだ馬車の中にはカーマインとターキーが座っていた。
「あれ?カーマインさんとターキーさんじゃん。ルビーちゃんはどうしたの?」
馬車に乗り込んですぐ、ルビーがいない事に気づいてハルが2人に問いかけた。
「ハル、モスグレイ山でルビーが魔獣に攫われたらしい。さっきこの二人が僕を追ってきて、ルビーの救出を頼まれたんだ。
神託の討伐地ほどではないが、あの山には多くの強い魔獣が住んでいる。オルトロスを連れて向かおうと思う。ミルキー戦士も協力してくれるそうだ」
そこまで話すと、セージはセルリアンに向かい合った。
「君も優れた討伐者だ。ルビーを襲った魔獣は、翼を持った馬のような姿をしていたそうだ。翼を持った魔獣なら、捜索範囲が広すぎる。頼む、協力してくれないか」
「まあ、それは構わんが……。翼を持った馬みたいな魔獣なんて、聞いた事ないぞ。神獣じゃないのか?どちらにしろ魔獣に攫われたなら、もう遅いんじゃないか?」
セルリアンの言葉に、馬車がしんと静まり返る。
みんな思っていても口に出せなかった言葉だからだ。
「ねえ。翼を持った馬って以外に、どんな特徴があるの?神獣だったら、たとえば頭にツノがひとつあるとかさ、他に何か情報はないの?タブレットで検索してみるよ」
ハルの言葉に、カーマインとターキーがバッとハルに目を向ける。
「おい、なんでツノがある事知ってんだ?」
「あの魔獣を知ってるのですか?!」
『マジか』とハルは驚く。
「それってユニコーンじゃないの?こんなやつ」
話しながらカバンからタブレットを出して、「ユニコーン」ワードを検索し、出てきた画像を二人に向けた。
「……何も見えないが」
「何が映っているのですか?」
「え〜〜これもダメかぁ。本当にみんなが見えないって不便だよね。ユニコーンはこんなやつだよ」
持っていたケルベロス便箋に、ハルはタブレットを見ながらユニコーンのイラストを描き出した。
「……これだ。この魔獣だ。こんなに可愛いやつじゃないけど、確かに同じ特徴を持ってた」
ハルのイラストを見て、カーマインが目を見開く。ターキーも隣で「確かに」と頷いた。
「ユニコーンは乙女が大好きだって聞いたことがあるよ。ルビーちゃん可愛いから気に入られちゃったのかな……?私も一緒に行くよ。ちゃんと「この子はフレイムさんの彼女です」ってわけを話して返してもらおう?」
「あいつは別にフレイムの……いや、そんな事より。
――ありがとう。頼む、それだけの知識を持っているなら、アイツを助けられるかもしれねえ」
ハルに頭を下げるカーマインを見ながら、セージも白戦士達も「ハルが一緒に行くのは、危険だからダメだ」とは言えなかった。
ユニコーンという魔獣は、魔獣を知り尽くすセージでも聞いたことがなかった。魔獣の特徴を簡単に聞いただけで、そんなに簡単に未知の魔獣の名が出せるのは、違う世界から神に呼ばれた者だからだと、改めて感じさせられていた。
『魔獣はともかく崖地の危険が心配だが、ハルにも来てもらった方がいいだろう』とセージは判断した。
「とりあえず屋敷に寄って必要な物を揃えたら、すぐにモスグレイ山に向かおう。ハルも双子も、動きやすい格好に着替えた方がいい」
「分かった。すぐに着替えるね」
そんなやり取りをして屋敷に戻り、着替えたハルを見てセルリアンが戸惑ったように言葉をかけた。
「黒戦士、君はそんな格好で山に入るのか……?」
「え?何?なんかおかしい?ちゃんと足首まであるパンツはいてるでしょう?」
「そのワンピースの下にはいてるのは、パジャマじゃないのか?」
「そうだけど。こうやって合わせたオシャレコーデなんだよ」
「………」
ハルの返事にますます戸惑うしかないセルリアンは、言葉を返す事ができなかった。
ハルは着ていたワンピースはそのままに、下にワイド幅の、グレーがかったグリーンのパジャマのパンツを合わせた。
黒戦士服はログハウスだったし、パンツスタイルの服は今パジャマしかなかったのだ。だけど適当に合わせた割に、なかなかオシャレな感じに仕上がったとハルは思っている。
「パジャマで部屋を出ちゃダメって、うるさく言う子がいるんだよ。ドンちゃんがくれた、外出用のオシャレなパジャマはログハウスに置いてきちゃったし。これなら怒られないでしょう?」
「ハル様は何を着ても似合ってますよ」
「ワンピースにパジャマがこれから流行るかもしれませんね」
「へへ。そうかな。そうかもしれないね」
ハルと双子の会話に男達は黙った。
明らかにおかしいと思ってはいたが、今はそんな事を話す時ではないだろうと、これから先の事に意識を向ける事にした。