29.ログハウスの英雄達
少し時間を遡って―――
ハルが白戦士達と出て行った後のログハウスでは、英雄達それぞれが静かに不満を募らせていた。
不機嫌さを隠そうともせず、落札者の挨拶さえも無視するシアンと、媚びるように近づく落札者を睨みつけて遠ざけるフレイムに、今日の役割を全うさせる態度は全く見られなかった。
お嬢様達は不機嫌な二人に、「イメージ通りだわ……」とうっとりとため息をつくだけで二人の態度は気にならないようだったが、他の三人の英雄達はそんな二人に内心苛立ちを感じ始めている。
マゼンタとフォレストとメイズだって、出て行ったハルが気になっていたが、この場を放置する事もできないでいた。
人として信じられない態度をとる男達のように振る舞う事は出来ず、三人はただお嬢様達を手厚くもてなすしかなかったのだ。
それは前回の討伐での英雄達の関係を思い出させるものでもあった。
オークションに出された条件は、『ハルとの一日デート券』に加えて、『ログハウスへのご招待』、『メイズの手料理つき』だ。
お嬢様はハルは不要と切り捨てたので、ログハウスへ招待してメイズの料理を振る舞えば、英雄達の役割りは終わる。
昨日のお嬢様との顔合わせの時に英雄達は、具体的な、スケジュールを「早朝からティータイムまでのおもてなし」と提示して合意されている。
お嬢様側からは「夕食と、出来れば宿泊も」と追加の希望を出されてはいたが、「ふざけるな」と口を開きそうになったフレイムを制して、フォレストからやんわりと断りを入れていた。
外は今にも雨が降りそうな空模様だった。時間が経つと共に、雲が厚みを増している。
「大雨になりそうですね。その素敵なドレスが濡れてしまうかもしれません。少し早いですが迎えを呼びましょうか?」
とフォレストがスマートに帰宅を促したが、「まあ!フォレスト様はお優しいですね。ドレスなど気にしませんわ」と軽く流された。
向けられる好意が増しただけだった。
話しかけるなオーラを出しながら、ずっと不機嫌な顔でソファーに腰掛けていただけのシアンが、窓から空を眺めて立ち上がる。
「雨が降りそうですから、ハルに傘を届けに行ってきます。では私はこれで失礼します」
と一方的に声をかけ、傘を持って外へと続く扉を開けた。
空の雲が暗く、そして重い。
もうすぐ雨が降るだろう。
頼りないハルと頼りない白戦士達ならば、この曇空の中でも、外でのんびりしていてもおかしくない。
ケルベロスを連れていれば、急な雨でもすぐに移動する事は出来るだろうが、今日はケルベロスは獣舎の中だ。
傘も持たずに雨に打たれたらと思うと、シアンは呑気にソファーに座ってなどいられなかった。
「勝手な行動取るなと言ってるだろう!」
足早に歩き出すと、苛立ったフレイムの声がシアンを追いかけたが、『もう十分だろう』と判断して無視することにした。
シアンが足を進めて数秒もしないうちに、空がサッと明るくなった。
それはあまりにも不自然な天気の変わりようだった。
不思議に思ってシアンが空を見上げると、信じられない光景が目に入る。
大雨を予感させるその厚く暗い雲は、ログハウスの真上にだけかかっていたのだ。
――まるでそれが神の意思であるかのように。
シアンはゾッと背筋を凍らせる。
不穏な雨雲に神の怒りを感じさせられた。
神に愛されるミルキーやハルを、女達が軽んじたせいなのか。
神が怒りを向けているのは、あの女達だけなのか、それともあの女達をもてなす自分達もなのか。
どうやら神は、「チャリティーの功労者」というものに重きは置かないようだ。
えこひいき感が半端ないが、それが神の意思ならば受け入れるしかないだろう。
『今はあの家に関わらない方が賢明だな』と、シアンはログハウスから足早に離れて、ハルを探すことにした。
街までの道のりの中でハルを見つけることは出来なかった。
そのまま街で聞き込みをしていると、「黒戦士を見かけた」という者に出会い、「朝早くに、マラカイト国行きの観光船のテラスでお茶を飲んでいる姿を見かけた」という情報を掴む。
『マラカイト国行きの観光船?』
思ってもいなかった情報に聞いた瞬間は驚いたが、『ハルと白戦士達なら、ウッカリ船に乗っていてもおかしくない』と判断して、来た道を引き返してログハウス近くの船着場に急ぎ、ハルを追いかける事にした。
今はもうティータイムをとっくに過ぎた時間だ。
『景色を楽しむ観光船なら、暗くなってからの運行はないだろう』と焦って船着場まで駆けつけたが、一歩遅かった。
最終船はすでに出たところだったのだ。
『まさかとは思うが、これも神の意思ではないだろうな……』と、不吉な考えを頭によぎらせながら、マラカイト国までの陸上からの移動の方法を急いで調べる事にした。
ログハウスは雨だ。
シアンが出てしばらく経ってから降り出した雨は、今では豪雨となっている。
時間と共に雨の激しさが増していくようだった。
雷までが鳴り出したのを見て、メイズが諦めたようにお嬢様達に声をかけた。
「今外に出るよりも、少し雨が上がるのを待った方がいいかもしれない。よければ夕食を用意するが、どうだろう?」
「きゃあ!嬉しいです!ぜひよろしくお願いします」
「ディナーまでなんて!このまま朝食もご一緒出来れば……なんて。うふふ」
「お泊まりになるかも、って家には伝えていますから」
恥ずかしそうに、それでいてガッツリ主張してくるお嬢様達はとてもたくましい。
一段と雨足が強くなる。
雨の音が殴りつけるようなものに代わり、雷が激しく鳴り響き、とうとうフレイムも立ち上がった。
女達がこのログハウスから動けないように、シアンと合流したはずのハル達も、どこかで動けなくなっているに違いない。
「この天候では帰れないから」と、街で宿を取る事も考えられる。
そんな事を許せるわけがない。
「今日の予定は終わっただろ?俺のもてなしはここまでだ。後は勝手にするといい」
そう言い捨てて、雨の中フレイムは飛び出した。
「待ちなさいよ!」
「それでもリーダーですか!」
「待て!フレイム!」
残された三人の英雄達の言葉が、激しい雨音にかき消されていく。
シアンが出てからますます険しい顔をして、無言で座っていただけのフレイムの身勝手さに、三人の英雄達は深いため息をつくしかなかった。
フレイムが激しい雨の中を駆け出して、数秒も経たないうちに雨はピタリと止んだ。
雨が止んだ先の地面は、濡れてもいない。
「………?」
不思議に思って空を見上げて、フレイムはゾッとした。
雷を鳴らす黒い雨雲が、ログハウスの上だけにかかっていたからだ。
『まさかこれは神の意思なのか?』
すぐに状況を掴み、不吉しかないログハウスを足早に離れる事にした。
ハルを迎えに出たまま帰らないシアンの勝手さに苛立ちながらも、『確かに引き返そうとは思えねえな』と、フレイムもログハウスを振り返る事なく街へ向かう事にした。
残された英雄達はまだ嵐の中にいる。




