27.ハッキリさせるべきこと
観光船が着いた先は、美味しそうな屋台が立ち並び、観光客が溢れる活気ある街だった。
オルトロスを連れてきてくれるはずのセージの姿はまだ見えない。
ハル達はセージを待つまでの間、立ち並ぶ屋台巡りをする事にした。
ミルキーは「先に手紙と贈り物を出してきますね」と、ハルを双子に託してみんなの郵便物を出しに行ってくれた。
ハル達は観光客に交じって、屋台を見て歩く。
今は国宝級美貌の戦士達がいないので、周囲の人に騒ぎ立てられる事もなく、落ち着いて色々な店を見て回ることができた。
「あ、抹茶クレープ屋さんだって!抹茶クレープ生地に、抹茶クリームと白玉と小豆ソースが包んであるみたいだよ!」
「あそこにクリームソーダ屋さんがありますよ」
「焼きたてピスタチオフィナンシェ屋さんも気になりますね」
「シャインマスカット飴、キラキラしてて綺麗だね」
たくさんの美味しそうな緑のスイーツに、女子達は目移りして盛り上がる。
あれもこれもと目につくものを買っていき、満足するまで買い物した後は、近くのベンチに座ってミルキーを待つことにした。
「ミルキーさんが戻ったら、何から食べよっか」
スイーツの入ったたくさんの袋を見ながら、楽しくて美味しい相談で盛り上がる。
そこに声をかけられた。
「おい、お前―――あ、やっぱり。お前、黒戦士じゃねえか。こんな所で何してんだ?ニュースになってたが、今日はオークションの落札者の招待日じゃねえのか?」
ハルに声をかけたのはカーマインだった。彼はフレイムの幼馴染だ。
カーマインの背後にはルビーもいる。
「あれ?カーマインさんとルビーちゃん。すごい偶然だね。マラカイト国の観光?」
「んなわけねえだろ、仕事だ。当たり前だろう?そんな事より、お前一人か?英雄達はどうしたんだ?」
カーマインに尋ねられて、ハルは『カフェと間違えて船に乗っちゃったなんて言うと格好が悪いよね』と思い、格好をつけることにした。
「接待は戦士さん達が引き受けてくれたから、ケルベロちゃんとオルトロちゃんの故郷を視察してたんだよ」
『私も仕事だよ。当たり前でしょう?』と思わせる事にした。『視察』なんて格好の良い言葉がサラリと口から出た事に、ハルは冴えてる今日の自分に気分が良くなる。
するとルビーの側に立っていた男が、ハルの前に進み出た。
カーマインに、「おい、ターキー」と咎めるように声をかけられたところをみると仲間のようだ。
「黒戦士さんですよね。僕は魔獣研究家のターキーと言います。少しよろしいですか?」
「ターキーさん?」
――どこかで聞いたような気がする。
「魔獣研究家としてケルベロスを追うことは、英雄戦士を追うことでもありますから。私は『英雄戦士大百科』という英雄に関する本も出しています。
黒戦士様が神託の討伐に入られる以前の本なので、ご存知ないかと思いますが……」
『英雄戦士大百科』はハルの持っている本だ。
『この人が前にフォレストさんの話していた人か』とハルは気づく。
「ケルベロスはクリムゾン国のものなんだからこっちに返せ」発言をした者だった。
ハルはターキーを警戒するように眺めた。
ターキーはそんなハルの視線を気にする事なく、ハルに話しかける。
「いまだにケルベロスの生誕の地について討論され続けています。僕は今日こそ、その謎を解明するために、今からモスグレイ山に調査に向かうところなんですよ」
「ケルベロちゃんが生まれた山の調査?あの山は危険だってフォレストさんが言ってたよ。崖地だし強い魔獣も出るんだって」
ハルはフォレストに聞いた情報を伝える。
ひょろりとした体型のターキーは、どう見ても魔獣を討伐出来るようには見えなかった。
そんな危険な地に足を踏み入れて、無事に帰って来れるとは思えなかったからだ。
「危険は承知です。そのためにカーマインさんとルビーさんに、調査時の護衛を依頼したのですから。
それから黒戦士さん。モスグレイ山はケルベロスの生誕の地ではありません。ケルベロスはグラナート山生まれで、クリムゾン国のものなんですから―」
「ケルベロちゃんはクリムゾン国のものじゃないよ」
ターキーの言葉を遮ってハルが反論すると、ターキーはピクリと眉を吊り上げた。
魔獣研究家としてのプライドがハルの発言を許せなかった。
「それはどんな確証を得ての発言ですか?証拠は―」
「止めとけ。こんな所で議論する話じゃねえだろう?周り見てみろ、みんな見てるぞ。そんな事今はどうでもいいだろう?」
不穏な空気が漂い出したのを見て、カーマインが口を挟む。
カーマインは、英雄達やケルベロスが黒戦士を大事にしている事を知っている。ここでトラブルを起こして、英雄達の逆鱗に触れたくはなかった。
「ターキー、研究者なら冷静になれ。確証が持てねえうちは、ケルベロスがクリムゾン国のものだなんて主張出来ねえよ。
どうせ山続きなんだ。モスグレイ山の生まれだったとしても、おかしくねえ訳だろう?
ケルベロスは、モスグレイ山のあるマラカイト国のものだって可能性もあるだろうが」
カーマインにとっては、ケルベロスの生誕の地説などどうでもいい話だが、黒戦士が『モスグレイ山説』派なら、自分の安全のために黒戦士の説を擁護しておく事にする。
だけど事を穏便に収めたいカーマインの思いなど、気にするターキーではない。
やはり研究者としてのプライドを優先する。
「それは歪められた真実です!こういう事は有耶無耶にせず、どちらのものか真実をハッキリさせることが大事なのです!」
『大事な事は、正しい生誕の地を伝える事だ』と、ターキーは研究者としての思いを伝える。
「そうだよ!ケルベロちゃんとオルトロちゃんが誰のものかは、有耶無耶にしないでハッキリさせるべきだよ!
ケルベロちゃんは私のものだし、オルトロちゃんだって私のものなんだから!
『ケルベロちゃんとオルトロちゃんは、私と一番仲がいい』って事が明らかな真実なんだよ!」
ハルは真実を突きつけてやる。
「え?いや、そういう話では……」
「………」
全く伝わっていない研究家としての思いにターキーは狼狽し、面倒くさい事を言い出したハルにカーマインは黙った。
どうやら黒戦士はケルベロスの生誕の地を主張したかったわけではないらしいことに、カーマインは気づく。
そんな騒ぎを少し離れた所で静かに見つめる者がいた。
「黒戦士が来てるらしい」と騒めく者達の声をたどりながら進んでいくと、セージは人溜まりの中にハルと白戦士を見つけた。
ハルと言い争っているのが、以前からオルトロスの出生について絡んでくるターキーだと気づき、ハルに要らない事を吹き込まないよう注意しようと足を踏み出した時。
そこで聞こえてきた言葉は、「オルトロスだってハルのものだ」と主張するハルの声だった。
ターキー以上にオルトロスの所有者を主張するハルに、セージはそれ以上足を進める事が出来なかった。
ハルの姿を見て早く駆け寄りたいオルトロスが、じっとセージを強く見つめている。