09.カミングアウトしてやろう
フォレストとの会話後の微妙な空気が流れる中、ハルの声が明るく響く。
「うわあ!これ美味しい!さすが一流の料理人だね」
ハルはフォークに焼いたキノコを刺して、まじまじと見ている。
「……それは焼いただけだが」
「え〜〜それでも凄いよ!この焼き加減と塩味加減が絶妙なんだよ。シンプルなものほど腕が出るものじゃない?このスープだって、見たことないこの具の食感が最高だ…。今日は簡単なものって言ってたけど、これ全然簡単じゃないよ。最高に美味しい!」
ハルの大絶賛を聞いて、メイズは内心悪い気はしなかった。
そんな手軽に作った料理を褒める者はいない。
当然だ。今目の前に並んでいる料理も、誰でも作れる簡単なものばかりだった。
メイズがプライドを持って作る手の込んだ料理は、どんな場所でも通用すると自負しているし、実際数々の賞を受けている。
だが今日の夕食は本当に簡単な物だったのだ。
ここまでの道中を寝ていたハルは知らないだろうが、何度か予想しない大型魔物の襲来があったり、進む道が塞がっていたりして、かなりの遠回りもしていた。
安全なこの場所に着くまで、相当無理をした道中で、食材を用意する時間も調理する時間も無かったのだ。
そんな事情を知っている皆だから、今日の手軽過ぎる夕食に文句を言う事なく食べてくれ、それを申し訳なく思っていたくらいだった。
だからこそ尚、ハルの料理人の感覚を褒めるような絶賛は、料理人としてとても嬉しいものだったのだ。
これはメイズのハルに対する印象が、少し変わった瞬間だった。
和やかな雰囲気の中、緑戦士のフォレストが口を開く。
「このログハウスのすぐ近くに、温泉がありますよ。ちょうど真ん中に岩があって、完全に仕切られてますから、女性でも安心して入れるし、後で行ってみてはどうですか?」
「温泉!やったあ!!」
ハルは目を輝かせる。
日本人ならば温泉と聞いて喜ばずにはいられないだろう。ようし、今日は長湯決定だ。
「桃戦士さん、一緒に入ろう!」
ハルの誘いにマゼンタは目を見開くが、すぐに笑顔を見せる。
「もちろん喜んで―」
「オイ!討伐中は恋愛禁止だと言っただろう!」
「それはあり得ない誘いでしょう」
「そういうのは駄目だ」
「クロイハル、常識をわきまえなさい」
他の戦士達の数々の否定の言葉に、ハルは皆に冷ややかな視線を向けた。
コイツら…この節穴野郎ども。
ここへ来てもまだ全員で私を愚弄するのか。私のショートな髪型はオシャレ女子の証だ。確かに貧相な体型だという事は認めよう。…認めたくはないが。
お前達は国宝級美貌のイケメンで、世の中の美女を手籠にしまくって、その辺の女など女と認めないという事か。しかし、いつまでもこんなとぼけた誤解をさせておくわけにはいかない。
「この辺でカミングアウトしてあげるよ。せいぜい驚きな。――私、実は女なんだ。みんな、その節穴過ぎる目を反省しなよ」
「………」
戦士達みんなの沈黙が痛いくらいだ。
ハルはフォークをぐっと握りしめて、キノコに突き刺してやった。
「……知ってますが」
「テメェは何言ってんだ?」
シアンと、フレイムが呆れた声を出す。
ハルが顔を上げて皆を見ると、戦士達は皆ハルに呆れた視線を向けていた。
「何?知っていながら私を男扱いしてたわけ?」
「何の話だ?」
メイズが問う。
「だって桃戦士さんを守るために、私を桃戦士さんに近づけないようにしてるでしょう?どれだけ私を野蛮な野郎だと思ってるわけ?私は紳士な女子なんだよ」
『分かったか、コノヤロウ』
そんな思いを込めて、ハルはイケメン野郎どもを睨みつけた。
「……守られてるのはクロイハルの方ですよ。マゼンタは男だし、この人は女好きですからね。あちこちで女に手を出して食い散らかすような男ですから、あまり近づかない方がいいですよ」
フォレストの言葉に、ハルが驚愕する。
『男?桃戦士が?マジか。こんな美人なのに?
いや確かに背は高いけど、どこから見ても女子じゃん!』
ハルは立ち上がり、マゼンタの近くに立つ。マゼンタの胸に手を伸ばし、ペタペタ触ってみる。
その硬さは明らかに女性ではない事を物語っている。
――男だった…
「もう!クロイハルったら積極的ね」
うふふと笑うマゼンタを、ハルは信じられない思いで見つめる。
『これが異世界の力というものなのか…』
性別を超えた美貌に慄くしかなかった。
『なんて節穴な奴…』
本気でマゼンタを女だと思っていたのかと、他の戦士達は唖然とするしかなかった。
ハルの見た目は完全に女の子だ。
確かに髪は短いが、この世界で髪の長さは男女関係ないし、身体つきも華奢で、どう見ても男には見えない。
行動や言葉が自由過ぎて、女性扱いする気にはあまりなれないが、黙っていれば普通に可愛い。飛び抜けた美人ではないが、化粧もなくこれほど可愛いなら相当なものだろう。
破天荒過ぎて女を超えているが、桃戦士だけは性別が女であれば誰でもヨシとするから、隔離しようとしていただけだった。
「うふふ。クロイハル、一緒に温泉に入る?」
「激しくお断りさせてもらうよ」
プイッと横を向くハルを見て、『とぼけた奴だが、やっとマゼンタを警戒したか』と皆は安堵していた。
討伐中の恋愛トラブルなぞ、目も当てられない。
「討伐中の恋愛禁止だ。マゼンタ、よく覚えとけ」
ハアとため息をついて、フレイムが言い捨てた。