24.お嬢様がやってきた
今日は大成功を収めたチャリティーオークションの、超お得意様をログハウスに迎える日だ。
ハルは今日迎えるお嬢様が、自分を疎ましく思っている事は分かっているが、一応ちゃんとオシャレをして、普段着ないようなワンピースを着ている。
自分を嫌う者だからこそ、なるべく隙を見せてはいけない。
どうせ自分不要だからとパジャマで出迎えようものなら、「こんな子が英雄様の側にいるなんて!」とますます敵意を深めるだけだ。
そこには危険しかない。
ハルは女子を主張しすぎない、オフホワイトの生地に小さく赤色のベリー模様が控えめに入った、落ち着いた襟付きワンピースを選んでみた。
軽くメイクもするうちに楽しくなってきたハルだったが、部屋にハルを迎えにきた白戦士達は、逆に顔色が悪く少し沈んで見えた。
どうやら迎える美人のお嬢様達から、昨日禍々しいまでの邪気を感じ取ったようで、珍しく双子も緊張した様子を見せていた。ミルキーは胃の辺りをおさえている。
白戦士達とリビングに向かうと、戦士達がハルを取り囲んだ。
「すごく似合ってますよ」
「今日は一段と可愛いわね」
「いつもそうしてればいいじゃねぇか」
口々にハルを褒め出した戦士達に、ハルはスッと表情を消す。
国宝級美貌を持った奴らにそんな事を言われても、ウッカリ調子に乗ることも出来やしなかった。
むしろ特におしゃれをした様子もない戦士達の私服姿が、いつも以上にイケメンすぎて、レベルの違いにいたたまれない思いで頭は冷めていくばかりだ。
そこで「ふふ、ありがとう」と言葉を返せるのは、自分の美貌に自信がある者だけが成せる技だというのに。
『本当にこの国宝級美貌の戦士達は、褒め言葉で人を落ち込ませる困った奴らだ』と、ハルは呆れたように首を振ってやった。
そんなハルの反応は、『長い付き合いになるが、こういう時のハルは何を考えているのか分からないな』と戦士達を戸惑わせたが、そこはハルの知らない胸のうちだった。
「ハル、今日は念のためにケルベロスは獣舎から出してはいけませんよ」
「分かってるよ。ケルベロちゃんは香水の香りが強い子は苦手だもんね。今日あのきれいな女の子達に会ったら、またグルグル言っちゃうかもしれないし」
フォレストに注意されて、ハルは素直に頷いた。
落札者との顔合わせ中、ケルベロスがとても不機嫌になった様子を見て、ハルは落札者のお嬢様達が前回の討伐の美少女戦士達とどこか似た雰囲気を持っている事に気がついた。
ケルベロスはきっと嫌な事を思い出してしまったのだろう。
「ケルベロちゃんには、イベントを頑張ったご褒美に、今度スペシャルマッサージコースを約束してるんだ。またスペシャルケルベロボールも作れちゃうし、楽しみだよ」
ハルの言葉を聞きながら戦士達は、『その毛玉ボールを出品しておけば、こんなややこしいことにならなかったのに』と、言えない言葉を心の中で呟いた。
コンコンコンと扉が軽やかにノックされて、上客のお嬢様達がやってきた。
フォレストが扉を開けた途端、ぶわわっと様々な香水の香りがログハウスに放たれ、双子がフラリとよろめく。
「パールちゃん!ピュアちゃん!……大丈夫?気分が悪いの?ミルキーさん、どうしよう」
急に顔色を失くした双子を見て、ハルが血相を変えた。こんな双子を見るの初めてだったからだ。
「申し訳ありません……」と謝る声に、いつもの元気がない。
「パール、ピュア。ここは私が守りますから、二人は外に出ていなさい」
「ミルキー様、ハル様を置いて行くわけにはいきません……」
「それだけは出来ません……」
顔色を無くして励まし合う三人の白戦士達に、お嬢様達は蔑んだ視線を向けた後、ハルに言葉をかけた。
「こんな素敵な日に、そんな辛気臭い顔をした者がいては迷惑だわ。
黒戦士様、あなたの護衛達でしょう?黒戦士様のもてなしは要らないから、今日はその護衛達を連れて、早くどこかに行っていてちょうだい」
傲慢なお嬢様達の言いように、さすがのハルもムッとする。
双子はハルの大事な親友達だし、ミルキーもハルの大事な友達だ。具合の悪い友達を邪魔者扱いされて許せるはずがない。
「この子達は私の大事な友達だよ?この子達を迷惑がるような事を言うなら、いくら上客さんでも許さないから。ちゃんとこの子達に謝って!謝れないなら、この家に入らないで!みんなが他に行きなよ」
「何ですって!」
「なんて生意気なの?」
「信じられないわ!」
ハルの反論にお嬢様達も怒りだして、険悪な空気が漂い始めた。
だけどハルも双子達を悪く言う者に引くことは出来ない。
白戦士達も、自分達のせいで場の雰囲気を悪くしてしまっている事は分かっているが、ここでハルを置いて「私達は外に出ていますから」とも言えないでいた。
禍々しさを増した険悪な雰囲気に、ますます体調が悪くなってもきている。
英雄達もトラブルを運ぶ女達を追い出したいが、昨夜ドンチャ王子にも「明日はよろしくお願いします」と声をかけられている。
せっかく成功を収めたチャリティーイベントを、ここで失敗させるわけにはいかず、ハルを諌めるしかなかった。
「この女性方は特別なお客様ですよ。ハルも分かっているでしょう?」
「可愛いお嬢様方、ウチの者が失礼したわね。どうぞこちらに入って」
「お茶を用意しよう。紅茶でいいだろうか」
フォレストとマゼンタとメイズが女性達に優しく声をかけてリビングに通した。
「ハル、ここは仕事だと思って我慢しろ」
「白戦士達と今日は部屋で休んでいた方がいいでしょう」
フレイムとシアンになだめられて――そしてハルは切れた。
「みんな本っ当に女の子達に甘い、だらしのない子達ばかりだよ!パールちゃんとピュアちゃんとミルキーさんを軽んじるような子達がいる家なんて、いれるわけがないでしょう?」
プイッと戦士達に顔を背けて、ハルは白戦士達に声をかけた。
「行こう。パールちゃん、ピュアちゃん、ミルキーさん。外に出れば少しはマシになるかもしれないよ。どこかで休んでおこうよ」
「すみません……」
「申し訳ありませんが……英雄様、後はよろしくお願い致します……」
白戦士達はペコリと英雄達に頭を下げて、ハルと共に外に出た。
顔色が悪い三人を気遣いながら、ゆっくりと歩くハルだって、今日のお嬢様達が大事なお客様だということは分かっていた。
英雄達のように大人の態度を取ることが正しい事も理解している。
だけどハルの大事な友達を邪魔にする言葉が、どうしても許せなかったのだ。
「ごめんね。大丈夫?もう少し歩ける?ケルベロちゃんも連れて来れたら、みんなを運んでもらえたのにね」
「大丈夫です……」
「すみません……」
「あの時ケルベロス様を獣舎から出すのは危険でしたからよかったです……」
気遣い合いながら四人はゆっくりと外を歩いていた。