22.自動翻訳機能のオプションつき
会場のスタッフ達が、ハルのためにフカフカクッション付きの椅子を運んできてくれた。
「どうかこちらへお座りください」と懇願されて、ハルは大人しく椅子に腰掛ける。
英雄達それぞれのテーブルの上には、ディスプレイとしてそれぞれの英雄達の本が置いてある。
ハルはテーブルにある自分の本を一冊手に取って、サインの練習をしてみることにした。
表紙をめくったところに、日付と「波留」と名前をサラサラとペンで書いてみる。
「パールちゃん、ピュアちゃん、こんな感じのサインでいいのかな?」
「それは何と書いてあるのですか?」
「あ、ごめん。字が汚かった?日付と名前を書いたつもりなんだけど」
ハルの言葉に双子が目を輝かせる。
「それはハル様の世界の文字なのですね……!!」
「とても素敵です!」
「あれ?この漢字、この世界にない文字なのかな?前に買った本は普通に日本語だったから、私の名前の漢字もあると思ってたよ」
「漢字ですか?前にハル様が買った本はバリアスカラー語で書かれてましたよ。ハル様には元の世界の文字に見えるのですか?」
「マジか……」
どうやら神様のオプションなのか、自動翻訳機のような機能が私についているようだ。
読めるけど書けない、という一方通行な感じの機能のようだが、ここへきての発見だった。
「ハル様、そのサイン付き本を買わせてもらっていいですか?」
「この本は持って帰っていいみたいだよ。じゃあ一冊ずつパールちゃんとピュアちゃんの名前を入れておくね」
ハルはもう一冊の本を手に取って、「パールちゃんへ」「ピュアちゃんへ」とそれぞれに名前を書いて、波留という漢字と日付、そしてケルベロスの三匹の顔のイラストのサインを入れて双子に渡した。
「はいどうぞ」
「これがハル様の世界の文字で書かれた私の名前なんですね!」
「三匹のケルベロス様も!可愛いイラストありがとうございます」
ケルベロスのイラストは、一筆書きした輪郭にちょんちょんと目と鼻を描いただけの落書きイラストだ。
学生の時に「ノートの端に必ず落書きする派」のハルは、文字を書くと絵も描いてしまいたくなる。
思わず描いてしまったイラストだったが、双子が喜んでくれてハルは嬉しくなった。
キャッキャツと双子と盛り上がっていると、ハルのレーンの奥の方から、「ちょっといいですか」「進まないなら失礼します」と言いながら人混みをかき分けて、一人の男がハルのレーンを進んできた。
緑の髪をした男が、少し緊張した様子でハルの前に立つ。
「黒戦士様、サインをお願いします」
「私のサイン、この世界と字が違うみたいだけどいいかな?」
「ぜひお願いします!あの、先ほどケルベロスの絵を描いたと話されてましたよね。出来ればこいつの絵も入れてもらえませんか?」
男はそう話すと、懐からネコの魔獣を取り出した。
「うわあ!可愛いネコちゃんだね!尻尾が二本ある!もしかして二匹の子に分かれるの?触っていい?」
「僕が使役するネコマタです。ケルベロスのように分身は出来ないですよ。大人しいやつなので、もちろん触ってもらっても大丈夫です」
ハルがそーっと撫でると、ネコマタがゴロゴロと喉を鳴らす。
嬉しくなってナデナデナデナデと撫で続けて、そっと抱き上げてギュウっと抱きしめていると、今度は薄い緑の髪をした女の子がハルの前にやってきた。その後ろに続く子も緑の髪の女の子だ。
「私もネコマタを使役してるんです。この子も撫でてくださいませんか?」
「この子もお願いします!」
「わあ!この子達も可愛いネコちゃんだね!ネコマタちゃんは人気なんだねぇ」
ナデナデナデナデと新しい子を撫でると、ニャアと鳴き、可愛くてハルはギュウウっと新しい子達も抱きしめた。
「ネコマタは比較的捕まえやすいですから。ネコマタの使役者はわりと多いと思います」
ハルが自分の使役するネコマタを可愛がる様子を見て、女の子が嬉しそうに答える。
「そうなんだ。今度私も捕まえにいこうかな」
「黒戦士様は魔力もお待ちなんですね!」
ファン達が「さすが私の推し様!」というように尊敬の目をハルに向ける。
「魔力はないよ」
「あ、では聖力か神力でケルベロスも使役しているのですね!」
「聖力も神力もないよ」
「え……?」
神秘のベールに包まれた黒戦士は謎が多い英雄戦士だ。
魔力も聖力も使わない、神業とも言える魔獣の新しい使役技に、それ以上黒戦士の能力について踏み込んだ質問をしていいのか、ファン達は躊躇していた。
いつまでもナデナデナデナデと三匹のネコマタを撫でて可愛がるハルに、ヤキモチを焼いた(焼き餅を焼く)ケルベロスが口を大きく開けて、静かにネコマタを威嚇した。
怯えた三匹のネコマタがピュッと使役者の元に戻ってしまう。
「ネコマタちゃんは飼い主さんが大好きなんだね。あ、ケルベロちゃん、お腹すいたの?口が開いてるよ。美味しいクッキーあるよ、ちょっと待ってね」
ハルはゴソゴソと魔法のカバンからクッキー缶を取り出して、「はい、ケルベロちゃん。はい、ネコマタちゃん。はい、飼い主さん」と、自分もクッキーをサクサク食べながら、みんなにクッキーを配ってあげる。
「あ!ネコちゃん達とお菓子食べるなんて、なんかこれって、ネコカフェみたいだね。やっぱり魔獣カフェいいなぁ。癒ししかないよね」
テーブルの席につきながらもまた寛ぎ出したハルに、ミルキーが遠慮がちに声をかけた。
「あの……ハル様。このオシボリで手を拭いて、サインしてあげてください。あの……皆様お待ちなので……」
第一陣のファンが無事だったのを見て、いつの間にかハルの前にも列が出来ていた。
ハルのサインは、元の世界の文字で書く名前と日付、そしてケルベロスのイラスト付きだ。もちろん使役者が自分の魔獣を見せてくれるなら、そのイラストも描き足している。
さらにテーブルの上に置いている、「クッキー一枚ずつお裾分け」のサービス付きだ。
「握手を……」と求めようとするとケルベロスが静かに口を開けるので、誰も握手を求める事ができないままにハルのサイン会は終わっていった。
双子も頑張るケルベロスを優しく見つめる。
「ハル様のサイン会、『神対応』って皆様喜ばれてましたね」
「ケルベロス様も頑張っておられましたね」
「うん。ケルベロちゃんも可愛く口を開けたポーズで頑張ってたよね。
みんなクッキーも喜んでくれてたね。クッキー缶四つも空いちゃった。この小さめの缶二つを、赤色ボールと金色ボール入れにしようかな。ケルベロカラーごとに缶を分けよっと」
楽しそうに双子とおしゃべりするハルに、ミルキーが遠慮がちに注意する。
「あの、ケルベロス様は魔獣ですから……。魔獣の毛玉ボールと食べ物を一緒のカバンに入れるのは、よろしくないかと……。そちらの缶も後で聖力をかけておきますね」
「ミルキーさん、ありがとう!前に作ってくれた『聖なる缶』、もうぎゅうぎゅうだったんだ。
『ふんわりケルベロボール」だと缶に入らないから、固く丸めた『かちこちケルベロボール』にしなきゃいけなくて、いつも大変だったんだよ」
『助かったぁ』というように嬉しそうに笑うハルに、ミルキーは戸惑うしかなかった。
「全部取っておいているのですか?」という問いかけに、当然のように「そうだよ」と返されれば、「入らない分はお捨てになればよろしいかと……」とはとても言えない。
「あ、では……予備のクッキー缶があれば、そちらも聖力を込めておきましょうか……?」
戸惑いながらも、そう声をかける事しかできなかった。




