20.赤い国のイベント前の雑談会
ハル達は今、クリムゾン国へ来ている。
クリムゾン国は、赤い英雄であるフレイムの出身国で、赤の目立つ国だった。
街の装飾に使われている色も赤系統のものが多い。
いつもならば赤系の髪と赤い衣装をまとった国民が多い国らしいが―――今は全国各地から多くの者が集まっているために、様々なカラーをまとった者で溢れている。
全ての国を総してバリアスカラー国というように、今クリムゾン国はまさにバリアスな色合いを見せていた。
多くの国の者がこの国に集まっている理由は、魔獣被害支援団体が開くチャリティーイベントが開催されるためだ。
復興支援目的のために開かれるこのイベントは、収益金の全額が魔獣被害のあった地域に当てられる。
ここに英雄達は特別ゲストとして呼ばれていた。
「特別ゲストに迎えたい」という英雄達への申し出は、団体からドンチャ王子を通して伝えられた。
ドンチャ王子からも協力願いの言葉が入った事もあり、「討伐の区切りをつけてからの参加で良ければ」と引き受けて、イベント後はそのまま休暇に入る事になっている。
クリムゾン国に着いた夜、夕食の席でハルはふとイベント内容を思い出して、フレイムに話しかけた。
「フレイムさんの国なら、チャリティーマッチとか合いそうなのに、意外なイベント内容だったよね。『慈善剣術大会』とか言われたら、納得しかないのにね」
「何の話だ?チャリティーイベントつったら、普通にサイン会とかオークションの出品だろう?」
ハルのかけた言葉に、フレイムから『何言ってんだ?普通だろ?』という顔を返された。
ハルはチャリティーイベントというものに詳しいわけではないが、『お前こそ何言ってんだ。普通って何だよ?』という顔を返してやる。
こういうのは、当然という顔で返した方が勝ちなのだ。
この世界のチャリティーイベントに、熱い慈善試合などは無いらしい。
イベント内容はこの世界の定番とされる、英雄戦士達のイベント限定本の販売や、限定英雄グッズの販売、それに本の販売を兼ねたサイン会だった。
熱く燃えるような赤のイメージカラーに反して、穏やかな内容だ。
だけど合わせて開催されるチャリティーオークションには、英雄達の私物も提供されるとあって、様々な国から多くの者が集まり、国全体で熱い盛り上がりを見せているようだった。
『それでこそ赤い国だ』とそこには納得しかない。
ハルももちろん特別ゲストの一人だが、ハル自身は「英雄達のおまけ」的な存在だと自覚しているので、イベントを気楽に構えている。
英雄達が必死にサインする横で、それを眺める当日の自分が想像できていた。
それはいつもの討伐と変わらない光景だ。自分の私物に興味を見せる者もいないだろうと思っている。
とはいえハルはこのイベントを、お祭りを待つような気分でとても楽しみにしていた。
イベントはケルベロスの参加も認められているし、ミルキーはもちろん双子の白戦士もハルの護衛に付いてくれる。
「ケルベロちゃん、イベントは私と一緒にいようね」
ハルは側にいるケルベロスを優しく撫でながら話しかけた。
双子達も一緒に、戦士達みんなの活躍を見守る時間には楽しみしかなかった。
そうして迎えたサイン会当日。
サイン会は私物オークションと並んで、今回のメインイベントの一つである
英雄戦士達はこの世界で今、一番ホットなヒーロー達だ。そんな英雄達を間近で見るチャンスとあって、開催日の数日前からすでに会場前には多くの人が並んでいたらしい。
英雄達への、とても熱い情熱が感じられる話だった。
ここにも赤い国らしさがあっていい。
会場入りしたハルは、建物の最上階にある控え室のカーテンの陰から、窓の外の様子をそっと覗いてみた。
双子もハルの側で一緒に外を覗き込む。
長く続く列がどこまで続くものなのか、覗いた窓からはわからないほどだった。
「外すごい事になってるね。元の世界のテーマパークもびっくりなくらいの並びようだよ。国宝級美貌の戦士さん達の人気は計り知れないね」
「全国のファンクラブの方が集まっているそうですよ」
「それぞれの英雄様に、それぞれの大きなファンクラブがあると聞いてます」
ハルは深く頷く。
「やっぱりね。気をつけないと嫉妬の嵐に巻き込まれるよ。本当に周りを危険に巻き込んでいく子達だよ。イケメン被害だって支援されるべきだと思わない?」
「イケメン被害支援団体の設立が必要ですね」
女子達は英雄達のいる部屋で、ヒソヒソと英雄達を噂する。
「数日前から並んだ方も多いそうですね」
「団体野宿ですね」
「でも外でのお泊まりは楽しそう!パールちゃん、ピュアちゃん、今度野宿してみよう?」
「野宿はダメですが、ハル様とのお泊まりは楽しいですよね。今度の休暇は何して遊びましょうか」
外を眺めながら、ヒソヒソと休暇の相談も始め出す。
「並んでる方、男性の方も多いですね」
「大勢の方との握手は大変そうですね」
「あ!握手ついでに腕までへし折りそうなくらい強そうな子もいる。みんな、油断しないで頑張りな」
まるで他人事のように英雄達に注意してきたハルに、フレイムは告げる。
「ハル、お前の方が油断するな。力加減を知らないような馬鹿な者もいるからな」
「え、怖っ!……今日は国宝級美貌の戦士達の敵認定されて、私の手はもぎ取られちゃうかもしれないね……」
「ヒッ……!なんて恐ろしいことを……!」
フレイムの忠告にハルが怯えると、ハルの言葉にミルキーが怯えた。
「ハル様、私達白戦士が常にお側に付いております……。サイン会会場に入れる者は、強力な浄化ゲートを越えられた者だけですから、そんな恐ろしい事を言わないでください……」
「そうだね。落とされた手は、後でマゼンタさんに付けてもらおう」
「ぁぁぁ……そんな恐ろしい事を……」
震えるミルキーの背を、「すぐ付けてもらえれば大丈夫だよ」とハルは撫でて慰めた。