08.揉める部屋割り
「ログハウスだ!これは凄いね〜。楽ちんキャンプじゃん!」
ハルは興奮してログハウスの周りをグルリと一周走り周ってみる。
今日の野営地に着くと、黄騎士のメイズが『宿泊場を用意する』と言って、ドンチャ王子から預かった収納袋から、何とログハウスを取り出した。
「こんな大きい家が袋に収納されてるなんて…この世界は便利だね」
ハルの感嘆の言葉に、メイズが応える。
「ここまで大きいモノは私も初めて見たな。さすが王家秘伝の収納袋だ」
「お家の用意も出来たし、今からご飯の準備だよね。黄戦士さんはここまで歩いて来たんだし、疲れたでしょう?任せて、手伝うよ!」
「いや、クロイハルも長旅で疲れただろう。ゆっくり休んでおくといい」
――優しい言葉で断られた。
ただケルベロスの背中に乗って寝ていたハルに、旅の疲れなどあるわけが無いが、料理人に否定される事には文句はない。プロにはプロのプライドがあるだろう。
そう思って、ハルはメイズを寛大な心で許してあげる事にした。
二人の会話を聞いていた他の戦隊達は、ハルの不穏な申し出を、荒波立てる事なく断ったメイズに感謝した。
部屋の割り振りで少し揉める事になった。
二階に五部屋、一階に一部屋で、人数分の部屋はあるのだが、一階の部屋だけが小さい。その小さい部屋を、赤戦士のフレイムが桃戦士のマゼンタに割り当て、マゼンタがゴネたのだ。
「酷いわ。どうして私だけが狭い一階なのよ」
ハルはその訳に気づいている。
マゼンタが一階に割り当てられた理由は明白だ。
女1人のマゼンタを守るために、野郎共と階を分ける事で彼女に配慮したのだろう。
『討伐中の仲間内の恋愛禁止』を主張する、赤い男らしい判断だ。
あの節穴野郎は、まだ私を男だと思い込んでやがるのか。そんなとぼけた奴の常識なぞクソくらえだ。
「桃戦士さん、私と代わろう?私は小さい部屋の方が落ち着くし」
「ああ?テメェ、何勝手に―」
「クロイハル、嬉しいわ!ありがとう」
フレイムの言葉に被せて、マゼンタが礼を言う。
『これはもう、マゼンタは絶対に譲らないだろう』
それを確信したフレイムが、鋭い目でハルを睨んだ。
『負けるものか!』
ハルも睨み返す。節穴野郎の睨みなど、自分を通り抜けていくはずだ。
『正統派イケメンだからって調子に乗るなよ』
そんな思いも強く込めてみる。
しばらくして、チッと舌打ちしたフレイムが、ハルに背を向けた。
ハルはフッと勝ち誇ったように笑う。
自分だって黒戦士だ。黒は闇だ。本気を出せば闇の力で、赤なぞねじ伏せてみせる。
赤い男に勝ったことを確信して、晴れ晴れとした気持ちで自分の部屋に向かった。
桃戦士は『狭い部屋』と言っていたが、ハルにとってはじゅうぶん大きな部屋だった。
元の世界で一人暮らしをしていた時の部屋の三倍以上はあるし、お風呂もお手洗いも付いている。シャワーメインのお風呂場だが、小さい浴槽も付いていて、ユニットバス慣れしているハルには豪華すぎるほどの部屋だった。
元の世界より二倍以上は大きなベッドにも寝転がってみて、『なかなか快適な討伐生活を送れそうで良かった』とホッと息をついた。
基本的に、三食の食事の時間にダイニングに集まる事になっているので、約束された夕食の時間にハルはダイニングへ向かった。
ログハウスは、一階に広いリビングダイニングがあり、食事スペースの隣には広々としたリビングスペースがある。
食事用のテーブルは、ハルならば十二人は座れるくらいの大きさで、このログハウスは何もかもが大きかった。そう感じるのはハルが戦士達に比べると、小柄すぎるからかもしれない。目の前のイケメン戦士ならば六人くらいのサイズになる。
――この戦隊達にちょうどいい大きさだ。
そこで食事を取りながらハルが話す。
「一階の部屋は小さいって聞いたけど、十分広かったよ。ベッドだってケルベロちゃんを広げたくらいはあるし。それを考えると、みんなの部屋はすごい広さなんだね」
「ふふ、後で見に来たらいいわ。遊びに来なさい」
「そうだね。桃戦士さんとパジャマパーティーも―」
「クロイハル、他の戦士の部屋に遊びに行くのは禁止です。常識を考えなさい」
静かに諭す青戦士のシアンに、ハルはムッと口を尖らせる。
「なに?青戦士さんはパジャマパーティーもしないワケ?」
「パジャマパーティーが何かは知りませんが、パジャマで部屋の外を歩くような非常識な事はしないですね」
――青い男はパジャマパーティー否定派だった。
「パジャマパーティーってなんですか?」
緑戦士のフォレストが聞く。
「ちょっと贅沢なお菓子を用意して、パジャマでおしゃべりしたりゲームしたりして夜更かしするんだよ。緑戦士さんもした事ないの?」
「パジャマで…?それはこの世界ではあり得ないですね。ハルはよくパジャマパーティーをしていたのですか?」
「………」
ハルは黙った。
ハルだって未経験者だ。面白そうな響きはあるが、家に人を招くのも面倒なのに、泊めるなんてあり得ないくらい面倒くさいの極みだ。だからといって、誰かの家に泊まりに行くのも面倒だった。
ハルは一人でソファーでダラダラする時間をこよなく愛しているのだ。
「……した事ないよ」
「………」
ボソッと呟いたハルに、フォレストは返す言葉を失った。
あんなに堂々と話していたのに、未経験だったとは…。
そんなハルを見つめていたフォレストは、思い出した事をハルに伝えた。
「クロイハル、ケルベロスの上で寝てはいけませんよ。何かあった時にケルベロスが瞬時に動けないですし、もし動いた時に落ちれば、状況次第では怪我では済まないかもしれません」
「そっか、確かにそうだよね。寝ないように気をつけるよ。……本当はいつも寝るつもりなんて無いんだけど。ケルベロちゃんの上は最高だから、いつも知らないうちに寝ちゃうんだ。不思議だよね」
へへへと笑うハルに、フォレストの注意は意味が無かった事を戦士達は皆悟った。
きっと明日からも知らないうちに眠るのだろう。
『クロイハル、恐ろしいまでの自由人だ』
皆のハルへの認識が深まっていく。