11.神殿の売店
アザレ国を発つ日が近づいている。
ハルはふと気がついて、リビングで寛いでいるマゼンタに尋ねた。
「マゼンタさん、もうすぐ討伐に出ちゃうけど、神殿のおばあちゃんのところに今日は遊びに行かなくていいの?」
「え?ババ様には前にハルと会いに行ったでしょう?」
「え!それここに来てすぐの話じゃん!」
どうやらあれからマゼンタは、神殿に行っていないらしい。
あの時大神官のババ様は、ほとんどハルと話をしていただけだった。
「前に行った時、マゼンタさん全然おばあちゃんと話せてなかったじゃん。せっかく近くにいるんだし、ちゃんとゆっくり話してきなよ」
「ええ?挨拶したから大丈夫よ。ハルが一緒に行ってくれるなら行ってもいいけど」
神殿の話題が出たところで、ミルキーが口を挟んだ。
「あの……お話し中にすみません。アザレ国の神殿はここからすぐでしたね。ハル様、少し護衛を離れる事になりますが、あちらに挨拶をしてきてもよろしいでしょうか?」
ミルキーは同じ神殿仲間として挨拶に行くようだ。
「ミルキーさん、神殿に行くの?私も一緒に行こうかな。神殿の雰囲気って、ミルキーさんの騎士団に似てるからなんか落ち着くんだ。一緒に行ってもいい?」
「ハル様が私の騎士団を思ってくれて光栄です。神殿ごとにまとう聖力は違いますが、それでも似ているものはありますからね。では一緒に参りましょうか」
「じゃあ私も行くわ。着替えるから少し待ってね」
ハルが神殿に行くならと、マゼンタも立ち上がった。
神官服を着たマゼンタは、今日もちゃんとした人に見える。
いつもの、どこか自分を怪しむような目ではなくなったハルを見て、マゼンタが手を差し出した。
「さあ、行きましょう」
「あ、うん」
マゼンタのあまりに自然な動きに、ハルも思わず手を差し出すと、マゼンタにキュッと恋人繋ぎで手を繋がれた。
――途端。
ガクリとマゼンタが膝をつく。
「なんて邪な心を持った神官でしょう……」
側には震えるミルキーが、マゼンタに聖魔法を放っていた。
「テメェは何やってんだ。俺らは先に行くからな」
邪な心が強いと、聖魔法も強くかかる。
しばらく動けそうにないマゼンタに、フレイムが冷たく言い捨てて、結局戦士たちみんな揃ってゾロゾロと神殿に遊びに行くことになった。
「皆様ようこそいらっしゃいました。おやまぁハルちゃんも来てくれたのね」
「こんにちは、おばあちゃん。マゼンタさんは後から来るよ」
「そうかい。結婚式の準備で忙しいんだね。こんな良いお嫁さんをもらって、あの子も幸せだろうよ」
相変わらずハルは嫁設定のようだ。
「おばあちゃん、私はマゼンタさんのお嫁さんじゃないですよ」
「そうかい、そうかい。あの子をよろしく頼むわね。ほら、付いておいで。お菓子を一緒に食べよう」
杖をついてヨロヨロと歩くおばあちゃんの言葉に、ミルキーも戦士達も反論する事はなかった。
ミルキーは、高齢のご婦人には敬意を示すべきだと思っているし、噂が立っても消す事は出来る。戦士たちも『ややこしい事になるなら、制裁はマゼンタが受けるべきだ』と考えていたからだった。
今日は応接室でお菓子を振舞ってくれるらしい。
おばあちゃんに合わせてゆっくり歩きながら応接室に向かう途中、神殿の売店を見つけた。
「神殿の中にお店がある!おばあちゃん、ちょっとお店の中を見てきてもいいかな?」
「もちろんじゃ。ゆっくり見ていきなさい。先に応接室に行って、お菓子の準備をしておくからね」
「ありがとう!パールちゃん、ピュアちゃん、何があるか見に行こう!」
ハルは双子と張り切って売店に向かい、きゃあきゃあと賑やかに買い物を終えて戻ってきた。
「とても楽しそうにお買い物されていましたね。何を買われたのですか?」
大きな袋を抱えて戻ってきたハルに、神殿の売店の何に興味を惹かれたのか気になって、ミルキーが尋ねた。
「えへへ。色々買っちゃった。ミルキーさんの分もあるよ。ミルキーさんのシルエットが描かれたゴールドステッカー見つけたんだ。ピカピカで格好いいヤツだし、きっとご利益あるよ」
「私のステッカーですか……。ありがとうございます……」
戸惑いながらミルキーがお礼を伝える。
自分は徳の高い者として、ご利益ある神殿グッズとして販売されているのは知っていたが、自分のお守りを自分に贈られるのは初めてだった。
「他にはアザレ国限定のピンク色の神殿饅頭と神殿かりんとう。可愛い色だからいっぱい買ったんだ。
日持ちがするから、今度ドンちゃんに会う時に渡してね。アッシュさんにはパールちゃんとピュアちゃんが渡してくれるって」
ハルは双子が持ってくれている、菓子土産の入った袋を指差した。
「ケルベロちゃんへは『美神ブラシ』っていう、とくだけでツヤツヤになれるブラシ。これで毎日ブラッシングしてあげようと思って。
オルトロちゃん用にも買ったから、今度セージさんに会う時に渡さなくちゃ。
神と髪だからかな。髪ツヤグッズが色々あったよ。
戦士さん達には『神タオル』にしたんだ。髪が早く乾くんだって。ボタボタに濡れたままにしてる子がいるからね」
シアンを見ながらハルが説明する。
「あと『恋守り』っていう可愛いお守りを見つけて、三人でお揃いにしたの」
ハルはガサゴソと袋の中からお守りを取り出してみせた。
恋守りは、小さなハートのカタチの石にストラップが付いたものだ。
色々なカラーの石があって、ハルはピンク色の石を選んだ。ハートはピンク色派なのだ。
パールとピュアは、剣の飾りとして付けるようなので、仕事で悪目立ちしないように白色を選んでいる。
「魔法のカバンにつけておこっと」
早速カバンに付けてみた。
応接室にはマゼンタがいて、少し先に着いていたらしく、お茶の準備の手伝いをさせられていた。
出された茶菓子は神殿饅頭だ。
「おばあちゃん、お土産にこの神殿饅頭も買ったよ。神殿おやつはピンク色ですごく可愛いね。
さっき買ったお守りもピンク色にしたんだ。パールちゃんとピュアちゃんは白色なんだよ」
ハルはストラップが見えるようにカバンを持ち上げてみせる。
「そうかい。色々お買い物したんだね。恋守りは想う相手の色を選ぶものだから、ハルちゃんはマゼンタの事が大好きな良いお嫁さんだねぇ」
お守りの販売元の、大神官のおばあちゃんが恋守りを解説してくれている。
「え、そうなの?でもこれはマゼンタさんカラーだから選んだんじゃなくて、ピンク色が可愛かったから選んだんだよ」
「そうかい。こんなにマゼンタを想っているお嫁さんで、本当に安心じゃ」
ハルは戸惑ってマゼンタを見ると、肩をすくめるだけだった。
応接室でのやり取りを、苛々しながらも『後でマゼンタに制裁を』と考えていた戦士たちは、神殿を出た後でミルキーを取り囲んだ。
「ミルキー、お前が必ずどんな噂も立たないようにしろよ」と、鬼の形相で戦士たちに取り囲まれて脅されたミルキーの繊細な胃は、キリキリキリキリと痛み始めた。
誰よりも大きな制裁を受けたのは、ただそこにいただけの何の罪もないミルキーだった。