09.神に愛されし者たち
「あ!ダフニーちゃん見つけた!」
窓の外を覗いていたハルが、弾んだ声をあげる。
茂みに潜んだダフニーが、こっちを窺うような仕草を見せていたのだ。
ハルは窓を開けて、ダフニーに向かって大きく手を振ると、急いで扉の外にダフニーを迎えに行った。
双子も続いて追いかける。
「ハルちゃん、久しぶり!」
ダフニーが駆け寄ってくる。
「ダフニーちゃん、ずっと顔を見せてくれないから心配してたんだよ。忙しかったの?」
「ごめんね、ハルちゃん、双子ちゃん。ちょっとね、結婚式を挙げていたのよ」
いきなりの結婚報告に、ハルは驚いて「ええっ!」と声をあげる。
「ダフニーちゃん、結婚おめでとう!!私、ダフニーちゃんはフリーだと思ってたから、ビックリしたよ」
「前に会った時はフリーだったのよ。あれから色々あってね、今はとても幸せなの。
紹介するわ。私のダーリンのシャモアよ」
紹介の言葉で、ダフニーの背後にいたシャモアがハルの前に立った。
シャモアはミルキーのように細く小柄な人で、ダフニーの背後に回ると姿が見えず、存在が消されてしまうような男の人だった。
「ダフニーの夫のシャモアと申します……。黒戦士のハル様と白戦士のパール様とピュア様ですね。ダフニーがお世話になりました……」
深々と礼をするシャモアは声も弱弱しくて、やっぱりミルキーを思い出す。
「あ。いえいえこちらこそ、ダフニーちゃんのお陰で楽しい時間を過ごせてお世話になりました」
「シャモア様、ご結婚おめでとうございます」
ハルと双子も深々と礼をする。
「ダフニーちゃん、シャモアさん、うちに寄っていきなよ。戦士さん達みんなにも、シャモアさんを紹介するよ」
ハルがそう話すと、シャモアがビクリと肩を震わせた。
「いいえ、英雄様達とダフニーを会わせる訳にはいきません」
キッパリとシャモアが告げる。
「そうなの?」とハルは不思議に思って言葉を返す。
「あ……ごめんなさいね、ハルちゃん。私はもう英雄様達に会うわけにはいかないわ。彼等の愛には応えられないし、もう会わない方がいいと思うの」
ダフニーが申し訳なさそうにハルに説明を始めた。
「あのね、私とシャモアは幼馴染なのよ。ずっとこの関係は変わらないってお互い思ってたんだけど……ほら、私ったら英雄様達と王子様に狙われちゃってるでしょう?その話をシャモアにしたら、この人ヤキモチ焼いちゃったのよ」
キャッと嬉しそうにダフニーが染めた頬を両手で隠す。
そんなダフニーを優しい目でシャモアは見つめ、キリッとした顔でハルに自分の思いを話してくれた。
「僕は今までダフニーに対する気持ちは、家族に対する気持ちだと思っていたのです。
だけどダフニーが多くの男に望まれていると知ったら、お恥ずかしながら嫉妬に狂ってしまいまして……。そこでやっと自分の気持ちに気づいたのです。
英雄様相手に敵うわけがないと思いながらも、勇気を出してプロポーズしたのですが、ダフニーには受け入れてもらえました。
ダフニーは僕の妻となった訳ですが、それでもやはり他の男には会わせたくはないのです……。ハル様、申し訳ありませんが、ここで失礼しようと思います」
弱々しくもキッパリと言い切ったシャモアの、握った拳が震えている。
気弱そうな彼にとって、強気で断りを入れる事は、とても勇気がいる事なのだろう。
どうやら国宝級美貌の戦士達とドンチャ王子は、当て馬だったようだ。
『さすがダフニーちゃん!あんなハイスペックな者どもを軽くあしらうなんて、可愛い上に格好いい!』と、ハルは笑顔で大きく頷いてみせた。
「分かったよ。確かにそれなら戦士さん達には会わない方がいいよね。ちゃんとみんなには、ダフニーちゃんの幸せを伝えておくよ。二人ともお幸せに」
「お二人に祝福の浄化魔法をかけますね」
双子がステッキ剣を踊るように軽く振ると、キラキラと祝福の浄化魔法が舞う。
ダフニーが「ありがとう」とお礼を伝えて、ハルと双子にこっそり打ち明ける。
「繊細で細身の人って、放っておけないところが胸キュンものよね。あまりいないタイプだから、出会いは奇跡レベルのものになっちゃうけど。
こんなに近くに理想の人がいたのに、シャモアは身近な人過ぎて、存在に気付けなかったわ。ハルちゃん達も素敵な人を見つけてね」
うふふと笑ってダフニーはシャモアと家に帰って行った。
「ダフニーちゃんの好みのタイプって、ミルキーさんだったんだ」
「確かに見ための印象で言うとそうかもしれないですね。だけどミルキー様は本当はお強いんですよ」
双子とミルキーを噂しながらログハウスに戻ると、ミルキーがいた。
ログハウスの裏手側にいたハル達に、ミルキーは気が付かなかったらしい。
「ミルキーさん、久しぶり!元気……じゃなさそうだね。どうしたの?大丈夫?フラフラしてるよ。お仕事忙しかったの?」
「お久しぶりです、ハル様……。ご心配おかけしてすみません。少し忙しかっただけで、なんともないですよ……」
ミルキーの声に覇気がない。
ハルはミルキーが倒れないように腕を取って、ダイニングテーブルまでミルキーを支えて歩いた。
「もうすぐご飯だからね、ひとまず美味しいジュースを飲みな。ビスケットもあるよ」
「あの……本当に大丈夫ですから……ゲホッゲホッ」
話しながらジュースを飲んだせいで、気管にジュースが入って、ミルキーが激しくむせる。
ハルはミルキーの背中を撫ぜながら、「お喋りしないでゆっくり飲みな」とミルキーに注意をする。
咳が落ち着いたミルキーが、ここへの到着が遅くなった事を詫びた。
「実はハル様がアザレ国に向かうという手紙が届いたタイミングで、神から『今は動く時ではない』と啓示があって、すぐに動くことが出来なかったのです。
やっと先日、『このタイミングでの到着を吉』とする啓示が再びあり、今こうしてハル様のもとへ参ることが出来たのですよ」
「え、そうなんだ。ちょっと前にここに来ると、何かあったのかな?」
「それは『神のみぞ知る』というところでしょうか」
ハルとミルキーの会話に、英雄達はミルキーに畏れに近いものを感じていた。
ハルがミルキーに構っている間、英雄達は双子に外から戻ってくるのが遅かった理由を尋ねて、ダフニーの結婚を知った。
それと同時にダフニーの好みのタイプも知ってしまった英雄達は、ミルキーが神に足止めされた訳を悟ってしまったのだ。
ダフニーの推しの強さで結婚へと導かれてしまうかもしれないミルキーを、神は助けたのだろう。
『結果的には互いに想い合って結婚したダフニー達も、神に愛されている者なのかもしれないが』
メイズは、そんなことを考えながら、胃に優しい料理も加えてやろうと、夕食の準備を始めるために立ち上がった。