06.家族の話
「ダフニーちゃん、今日も来なかったね」
夕食の席でハルがポツリと呟く。
ダフニーが姿を消してからもう三日も経っている。
きっとまたすぐ会いに来てくれるだろうと思っていたけど、未だダフニーは姿を現さない。
『もしかしたら恥ずかしくて、このログハウスの扉をノック出来ないのかもしれない』と思って、ハルは窓の外を何度も確認したり、玄関先前でケルベロソファーで寛ぎながら待ってみたりしていた。
今ハルの周りには、ケルベロスも双子の戦士も付いていてくれる。寂しいと思うほどではないのだが、なんだか気になってしまうのだ。
「ハルはダフニーのどこが気に入ったんだ?あの日数時間一緒にいたくらいの者だろう?」
メイズから尋ねられて、ハルも首を捻った。
「どうしてかな?よく分からないけど、ダフニーちゃんは気になるんだ。うーん……妹キャラみたいなところが、放っておけなくなるのかな?私も長女だし」
「長女?妹がいるのか?」
メイズが意外そうな顔をして聞き返す。
「うん。妹と弟がいるよ。甘え上手っていうのかな。頼りない感じが、なんか助けてあげたくなるタイプなんだ」
「そうなのか?それは会ってみたい気がするな」
「僕も気になりますね」
「どんな弟妹なんだ?」
頼りないハルに、「頼りない」と言われるハルの弟妹が気になって、戦士たちが興味を示した。
『甘え上手と伝えただけで、みんなが強い興味を見せてきたな』と思った時に、『なるほど』とハルは気づいた。
「みんながダフニーちゃんに恋に落ちたのって、妹タイプが好きだったからなんだね。分かるよ。なんか気になっちゃうもの」
「違う」
「絶対に違いますから」
「違うだろ」
――すかさず全否定された。
どうやら戦士達は「妹キャラ好き」という訳ではないらしい。
じっと戦士達を観察するように眺めているハルに、パールが嬉しそうに微笑んだ。
「ハル様のご家族様のお話が聞けて嬉しいです」
『そういえばドンちゃんとシアンさんに前の世界の話をした事はあったけど、家族の話をした事はなかったかも』とハルは気がついた。
「話す機会が無かっただけで、家族の話題を避けてた訳じゃないよ。普通の家族だし。
そういえばみんなの家族の話も聞いた事ないよね。フォレストさんの叔父さんのセージさんと、メイズさんとマゼンタさんの家族には会ったけど、シアンさんとフレイムさんの事は全然知らないかも」
ハルの言葉にピクリとメイズが反応する。
「待てハル。いつマゼンタの家族に会ったんだ?」
「え?この前早起きした朝、マゼンタさんと神殿に行くって伝えたでしょう?」
驚いたように声をかけられて、驚いたハルが答える。
「……だからか。神殿なんて聞いてないぞ。双子と出かけてくるって言っただろう?」
「あれ?そうだっけ?」
ハルは神殿に向かうと伝えていたつもりだったが、言葉が足りなかったのかもしれない。
だけど「だからか」とは何なのか。
「何かあったの?神殿行ったけどすぐ帰ったし、何の問題も起こしてないけど」
ハルがそう伝えると、メイズがはぁとため息をついて話した。
「街に買い出しに出た時に、ハルとマゼンタが結婚するって噂を聞いたんだ。あまりに突拍子もない噂だと思って否定はしたが、神殿に行ったのか……」
「え、何それ?物騒な噂だね。ガセネタで刺されちゃうヤツだよ、それ」
『怖っ!』とハルは身震いする。
ここアザレ国はマゼンタの故郷だ。よりたくさんの、マゼンタの熱狂的ファンがいるに違いない。
きっと、「あんな女、マゼンタ様には相応しくないわ。始末してしまいましょう」とか言われるに違いない。
「結婚って話してたのは、おばあちゃんだけでしょう?なんでそんな噂が広まるんだろう」
「ハルお前、アザレ国の大神官にも会ったのか?マゼンタ、テメェ……何ハルを騙してやがる!」
フレイムがマゼンタを鋭く睨むと、マゼンタが涼しい顔で否定した。
「私は何も言ってないわよ。神殿に付いてくると決めたのはハルだし、ババ様が勝手に誤解しただけだもの。ハルは否定してたけど、噂になっちゃったのね」
「お前が否定しろよ!『お前が結婚相手に決めた者だけを神殿に呼ぶ』って話が広まってるの知ってんだろう?」
「そんなの勝手に周りが言ってるだけじゃない」
――マジか。
フレイムとマゼンタのやり取りで、ハルは噂が流れた原因に気づく。
『マゼンタと一緒に神殿訪問』がマズかったようだ。
こうなったら噂を消すしかない。
「マゼンタさん、家にいないで街で女の子と遊んで来なよ。マゼンタさんもこの三日間、女遊びに出かけないから噂が広まっちゃうんだよ。さあ、早く行きな」
ハルはマゼンタに駆け寄って、扉まで引きずり出してやろうと腕を引いた。
―――が、全くマゼンタは動かない。
「ちゃんと歩きなよ。早く立ちな。ほら、行くよ」
ぎゅうぎゅうと引っ張るが、マゼンタは「え〜嫌よ。もう女遊びは止めたから」と嘘くさい事を言いながら笑うだけだ。
「パールちゃん、ピュアちゃん、手伝って!!」
ぎゅうううと腕を引っ張りながら双子に助けを求めると、言葉なく歩いてきたシアンがハルの手をマゼンタから離させて、彼の胸ぐらを掴むと窓まで歩き、ブンと遠くに放り投げた。
「え………」
ハルは目の前の光景が信じられなかった。
人はあんなに遠くまで飛ばされる事が出来るのか。
そしてまたもシアンは窓から人を放り投げてしまうのか。
「マゼンタさん飛んじゃった……」
「飛ばしましたからね」
「あ、うん……?」
戸惑うハルにメイズが声をかける。
「ハル、ちゃんと食べろ。また食べないうちにお腹がふくれるぞ」
「あ、うん」
少し重くなったように感じる空気の中、ハルは口を動かすことに集中する。
こういう時はちゃんとした様子を見せてやり過ごすものだ。
もぐもぐもぐもぐと大人しく口を動かすハルに、ピュアが明るく声をかけた。
「ハル様の噂は気にしなくても大丈夫ですよ。神殿で立った噂は、神殿でキレイに消せますから。ミルキー騎士団の神殿は、最も権力がありますし、安心してくださいね」
「権力……」
意外と神に近い世界も、俗世界色が強いらしい。
神に呼ばれ、神に近い存在と言われているハルだが、信仰心はあまりない。
権力ある神殿の力をありがたく受け取ろうと思う。
「ありがとう、ピュアちゃん。危うくマゼンタさんファンに闇に葬られるところだったよ」
「マゼンタ様はたくさんの女性とのお付き合いがありますからね」
ハルは大きく頷く。
「だよね。いくら神官服を着たマゼンタさんが格好よく見えても、危険しかないよね」
ピュアの言葉で一度は霧散した重い空気が、ハルの言葉で再び重くなっていった。




