62.ハルのこれから
「黒戦士、これからの事なんだが」
そうドンチャ王子は話を切り出した。
ケルベロスの獣舎から戻り、皆で朝食を食べた後、これからの事を話し合う事になった。
神託の討伐は無事終える事が出来たが、ハルは帰る事が出来なかった。
それについてドンチャ王子から提案したい事があるという。
「黒戦士はこれからの道を自由に選んでほしい。……私としては、この国の未来の王妃となる事を望むが、黒戦士はどうだろうか」
「それはやっぱりお断りするよ」
『そう答えるだろうな』と予想していた事だが、ハルの迷いない言葉にドンチャ王子は苦笑する。
「ではどうだろう。エクリュ国などで暮らすことも選べるが………もし、もう一度神に会うことを願うならば、更なる神託討伐に参加する事もできる。
今日の明け方、ミルキーに新たな神託があって、次の討伐任務を受けたんだ。
神は、次回の戦隊メンバーは私に一任すると話して下さったようだ。今回の討伐に成果を収めた事で、神の信頼を得る事が出来たのではないかと思っている。
――そこでだが。黒戦士が任務に参加するなら、黒戦士の意見を聞こうと思う。
英雄様達の討伐任務は終えたから、戦隊メンバーは、新たな者を選び直してもいいかもしれない」
そう話すとドンチャ王子は、ハルの言葉を待った。
「新たな戦隊メンバー」
ドンチャ王子の言葉に、英雄達がサッと顔色を変える。
その側でハルはうぅぅぅんと思い悩んだ。
エクリュ国でこれからずっと暮らしていく事には魅力を感じる。
だけど新たな討伐任務を終えてまた神に会えれば、元の世界に戻ることが出来るかもしれない。
元の世界に帰ること。
それを完全に諦める決心が、今ここではつかない。
だけど新たな戦隊メンバーが、どんな人達なのか分からないから心配だ。
――上手くやっていけるか不安しかない。
今の国宝級美貌の戦士達が、自動的に次の討伐戦隊に組まれないのは、きっとこの世界は戦隊シリーズだからだ。
国宝級美貌戦士のシーズンは終わりを告げ、次の代へ変わっていくのだろう。
だって昔見たテレビではそうだった。
そうなると自分の代理の黒戦士もまた現れるのではないか。
またどこからか黒戦士が呼ばれる気がするが、そうなると「黒戦士」が二人になって、次の配色バランスが悪くなってしまう。
それはシリーズ的にはどうなんだろう。
色々と思考がズレながらハルが考え込んだ様子を見せると、ドンチャ王子がハルを気遣うように声をかけた。
「黒戦士、英雄様達に遠慮する事はないぞ。今回の討伐は、色々と問題が多過ぎた。黒戦士が愛想をつかしたとしても、誰も文句は言えないだろう。
次の神託任務の道を選ぶなら、その討伐戦隊メンバーを選ぶのは黒戦士だ」
「え…?私が選ぶ……?」
ドンチャ王子の言葉は、ハルに取って意外な言葉だった。
自分がメンバーを選ぶ立場ではないと思っているし、今の戦士達に別に愛想をつかしている訳でもない。
ハルは自分の思いを素直に話す事にする。
「問題って女性問題のこと?まあ……確かにね、ドンちゃんもそうだけど、綺麗な女の子にだらしないよね。
でもそれで愛想をつかすとかは無いよ。元から分かっていた事だしね。
うーん。任務を受けるとしても、新しいメンバーは別にいいかな。……でもまた討伐の旅に出ると、みんな女の子に不自由しちゃうよね。そうなったら次の任務に参加したくない子もいるかも。
英雄のみんなは任意の参加の方がいいんじゃないかな?」
「え……?」
ドンチャ王子はハルの言葉に動揺する。
今回の少女達の騒動は、全て英雄達の脇の甘さが招いた事が原因だと思っていた。
司令官でもある自分が、少女達をあの地に留まらせたのは、少女達の願いを受け入れたからではない。
『そう手紙に書いて送ったはずだが――』
そこまで考えた時、ハルがまだ送った手紙を受け取っていない可能性に思い至る。手紙の送り先のあの地に、ハルがいた時間は短い。
ドンチャ王子は慌ててハルに説明した。
「黒戦士、あの少女戦士達は今は重い処罰を受けている。
自身の犯した罪を省みるよう、10年は修道院に入る事になったし、戦士の称号も永久剥奪となった。
もともと私は、彼女達に自ら起こした過ちの責任を取らせる為に、あの地に留まらせたのだよ。
彼女達に対する情はかけらも無いんだ。それは誤解しないでほしい」
ハルは必死に説明するドンチャ王子を見つめた。
あの地に少女達を留まらせた事は、美人さん達の願いを聞いてあげたかったから、ではないらしい。
その対応に疑問は持つが、王子は女にだらしのない野郎では無かったようだ。
「そっか、ドンちゃんは美少女戦士ファンじゃなかったんだね」
そっか、と一人納得したようにハルは頷いて、英雄達にも声をかける
「10年。……10年は長いよね。でもあの子達が罰を終える頃には、『美少女』じゃなくて『美女』になってるよね」
「楽しみだね」というようにハルが英雄達に微笑むと、英雄達は立ち上がってハルの言葉を否定した。
「誤解だ!僕は別に彼女達に惹かれていた訳じゃない!」
「ケルベロスを攻撃するような人を想う訳がないでしょう?」
「本気だった訳じゃないのよ!」
最初のメイズとフォレストの言葉に、ハルは意外そうな目を戦士達に向けたが――マゼンタの最後の言葉で、ハルは目の色をスッと冷ややかなものに変える。
ハルは静かに席を立つと双子の席まで歩き、戦士達の目の前で当てつけるように、ヒソヒソと双子に悪口を言う。
「パールちゃん、ピュアちゃん、どう思う?あんなに女にだらしない子って見たことある?」
「女の敵ですね」
「去勢すべきですね」
双子もヒソヒソと言葉を返す。
シンと静まり返った部屋の中で、ハルと双子の声が静かに響いていた。
共に部屋にいたセージは、流石にこの場でのフォローは出来なかった。
ドンチャ王子の前でもあるし、ハル達女性陣の目があまりに冷たい。ここで口を出せば、自分の身も危険過ぎる。
セージは目を瞑って、周りと同じく静寂の中に同化した。
「ハル様、英雄様達もきっと事情があったのだと思いますよ。
ハル様が眠りについている間、英雄様達はとてもハル様の事を心配していました。ハル様がエクリュ国にいる間も、きっと同じ想いでいたはずです。
今までの旅を思い出して、英雄様のハル様を想う気持ちも見てもらえませんか?」
静寂が広がる部屋の中、アッシュが静かにハルに声をかけると、ハルは素直に頷いた。
「そっか。アッシュさんが言うなら、きっとそうなんだろうね。分かった。ちょっと女の子に弱いみたいだけど、みんなの事は信じるよ」
ハルとアッシュの会話に、フレイムがピクリと動く。
「………待て。黒戦士、お前名前を無くしたんじゃねえのか?――ハル。……オイ、名前言えんじゃねぇか!」
「―ハル。……確かに呼べますね。ハル、どういう事でしょうか。名前が呼べるなんて言ってなかったですよね?」
「ちょっとハル、それは無いんじゃない?」
「薄情すぎるだろう」
「朝に獣舎で会った時から今まで、話す機会はいつでもありましたよね?」
――英雄達が口々に責めてくる。
『お前達が勝手に黒戦士と呼んでいただけだろう?』
ハルは目をぎゅっと瞑る。
立ったまま目を瞑るハルがグラグラ揺れるので、双子が慌てて椅子から立ち上がり、ハルを両脇からしっかりと支えた。
双子が支えてくれた事に安心して力を抜いたハルは、だらしなく双子に両脇から捕獲された格好になっている。
流石に見ていられなくて、セージが英雄達を鎮めた。
「フレイム、シアン、マゼンタ、メイズ、フォレスト、落ち着け。そんな話をする余裕は無かったんだろう。名前が呼べるのは良いことじゃないか。――ほら、ハルも目を開けてくれないか。英雄達ももう何も言わないはずだ」
渋々目を開けながらも憮然とした顔をしているハルを、ドンチャ王子は静かに眺めていた。
昨晩のアッシュからの報告で、ハルが名前を残せた事は聞いていたが、ハルから自分に名前呼びを告げてくれる事を待っていた。
英雄達が少女達と関わる前までは、自分とハルの距離は確かに近かったはずだ。
その感覚でいたが、長らく英雄達の方に気を取られている間に、状況は変化したようだった。
自分も英雄達と一括りにして女好きと見られていたようだし、名前呼びもハル自ら打ち明けてくれなかった。
更に自分を「ドンちゃん」と呼ぶのは、神の規制がかかっていた訳ではなく、ただ名前が長くて覚えられないだけだったようだ。
ドンチャ王子にとっても、ハルは変わらずの自由人であったのだ。