60.英雄達との新しい関係
ハルがアッシュに話した事は、アッシュの口からドンチャヴィンチェスラオ王子に報告してくれる事になった。
森で魔物と対峙した時の出来事。
神に会った夢。元の世界へ続いた夢。
――それだけでも、とても長い話になる。
白い国を出てから元の世界の扉までの出来事は、たった数日間の事だったけど、話すことがたくさんありすぎた。
ハルは思い出しながら、考えながら、ポツリポツリとアッシュに話していたので、もう夜はとっくに深く更けている。
それに話し終えて頭の中の整理がついてホッとした事で、ハルはまた眠たくなってしまった。
とてもじゃないけど、同じ話をドンチャ王子達にする元気はない。
「私からドンチャヴィンチェスラオ王子と英雄様に、ハル様のお話をお伝えしましょうか?」
アッシュがそう言ってくれたので、ハルはアッシュの言葉に甘える事にしたのだ。
双子がハルの世話を終えて、ハルが眠りに落ちる前に声をかけてくれた。
「明日はケルベロス様に会いに行きましょう。それから英雄様達も、ハル様にお会いできるのを待っていますよ。明日は楽しみがたくさんありますね」
ハルはうとうとしながら答える。
「明日は早く起こしてね。朝イチで一緒にケルベロちゃんに会いに行こう。パールちゃんとピュアちゃんにも紹介するね、ケルベロちゃんは可愛くてとても良い子なんだ」
「私もケルベロス様とお会いできる明日が楽しみです。おやすみなさい、ハル様」
その言葉を聞いて、ハルはまた深い眠りに落ちていった。
翌朝、ハルは夢を見る事もなく目覚めた。
起こしに来てくれた双子に用意を整えてもらって、ハル達は早速ケルベロスに会いに行く事にする。
――今ケルベロスは、王城の獣舎にいるらしい。
たくさんのオヤツを用意してもらって獣舎に向かうと、建物の前では五人の戦士達が待っていた。
セージさんもいる。
「おはよう。みんなケルベロちゃんに会いに来たの?」
ハルが戦士達に元気に挨拶すると、戦士達はハルに駆け寄った。
「黒戦士、もう歩き回って大丈夫なのか?」
「心配しましたよ」
「元気そうだけど、少し痩せたんじゃないかしら」
メイズとフォレストとマゼンタが、心配そうにハルに声をかける。
フレイムとシアンも気遣わしげに、ハルの顔を見つめている。
自分を囲む戦士達の様子を見て、ハルは戦士達が本当に自分の事を心配していたのだろうと感じられた。
今までと違って、戦士達の言葉が素直に感じられるのは、森の魔物を封印する事で神託任務を終えたからだろうか。
『今まで英雄戦士達の名前をハルが覚えられなかったのは、討伐の最終目的の魔物封印には欠かせない事だったから』、らしい。
――神はそう言っていた。
戦士達の名前を覚えられなかっただけではなく、彼等と気持ちの距離を詰められなかったのは、『神託討伐を終える為に必要な事』だったのかもしれない。
それは憶測でしかないが、とにかく名前を覚えられた今は、以前よりは彼等と距離が近くなったように感じられた。
「メイズさん、フォレストさん、マゼンタさん。私は大丈夫、元気だよ。それより三人の方が私は心配だよ。
………美少女戦士さん達に逃げられちゃったって聞いたよ。元気出してね。みんななら、また新しい彼女をすぐ作れるよ。メイズさん、ピサンリさんに早くお孫ちゃんを見せてあげられるといいね」
ハルが三人の顔を覗き込んで、『元気を出しなよ』というように声をかける。
「黒戦士、僕達の名前を――いや、それより彼女達とは、」
「黒戦士!名前を言えるのか?俺の名前はどうなんだ?」
「私の名前も言えますよね?」
メイズの言葉を遮って、フレイムとシアンがハルに詰め寄った。
「うん。フレイムさん、シアンさん、今までみんなの名前を覚えられなかったのは、魔物の封印に必要な事だったからみたいだよ。そうする事で、神様がみんなの名前を守ってあげたんだね。
神様に守られてるなんて、さすが国宝級美貌の戦士達だよ」
何だかおかしくなって、ハルがあははと笑う。
ハルの笑う顔を見て――五人の戦士がハルの前に片膝をついて跪き、ハルに対する敬意を示した。
「……え?……何?どうしたの、みんな」
動揺するハルに、フレイムが言葉を告げた。
「――ありがとう黒戦士。改めて礼を言わせてもらう。
黒戦士に俺達は助けられた。神託の討伐を無事終える事が出来たのは、全て黒戦士のおかげだ。
……アッシュ戦士から、黒戦士が見た夢の話も聞いた。
元の世界に戻れなくても、これからは俺達が黒戦士の側にいると誓おう」
フレイムの真剣な声に、ハルは戦士達の自分への感謝の気持ちも素直に感じる事が出来た。
「みんなありがとう、そんな風に言ってくれて。でもお断りするよ」
ハルはキッパリと断った。
そんな誓いを受け取るわけにはいかなかった。
「これは僕達の黒戦士への気持ちです。この誓いを受け取ってもらえませんか?」
フォレストが真剣に話す言葉を、ハルは真摯に受け止めて真剣に答える。
「受け取れないよ。みんなみたいな国宝級美貌の戦士達と一緒にいたら、世界中の女の子達から恨まれるだけだよ?それって危険しかない嫉妬の嵐の中だよ?そんなの絶対に嫌だよ」
「………」
戦士達は黙るしかなかった。
五日間の眠りから目覚めたハルは、いつもと違って壁を感じさせなかった。
今、自分達に見せてくれる姿こそが、本来のハルの姿なんだろうと思ったが――やはりしっかりと壁は立ち塞がっていた。
立ち上がる事も出来ないまま沈み込む戦士達を、セージは気の毒そうに眺めていた。
英雄達は魔物を封印して帰ってきたあの時から王城まで、片時も離れる事なくハルに付き添っていた。
王城では黒戦士の部屋への入室を禁じられて、ずっとヤキモキしながら過ごしてきたことをセージは知っている。
昨日黒戦士が目覚めたと聞いて、英雄達は「やっと顔が見れる」と安堵していた。
だけど双子達が黒戦士の異変に気づいてドンチャ王子の元へ駆けつけ、その後王子が黒戦士との対話に呼んだのはエクリュ国のアッシュだった。
アッシュという名の白戦士は、エクリュ国でずっと黒戦士の側に付いていた者らしい。
――そう双子は英雄達に紹介していた。
英雄達の待機部屋に混じるアッシュに、英雄達は焦燥感を持っていたと思う。
アッシュが黒戦士との対話を終え、その内容は王子と共に自分達にも伝えられたが、その話に英雄達が肝を冷やしていた事も想像できる。
自分達が知らない間に、黒戦士は元の世界に戻っていたかもしれないのだ。
『英雄達が黒戦士に告げた言葉は、半端な思いじゃなかっただろうに……』
セージは英雄達の心情を思いやって、彼等を憐れむような目を向けた。
気の毒な英雄達をそのままにして、ケルベロスのいる獣舎に意気揚々と入っていったハルの声が聞こえてくる。
「ケルベロちゃん!ケルベロちゃん、久しぶり!フォレストさんは、ケルベロちゃんに意地悪した彼女に逃げられちゃったから、もう大丈夫だよ!見る目がない飼い主を持つと本当に苦労するよね、大変だったよね。たくさんオヤツを持ってきたから元気出してね。一緒に食べよう!」
「あ!オルトロちゃん、オルトロちゃんも一緒だったんだ!みんなでいるから寂しくなかったよね、良かったよ!」
ウオオンと嬉しそうに返事をして応えるケルベロスとオルトロスの鳴き声が、獣舎の外まで響いていた。