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56.捜索参加の意味


真夜中の森の中は真っ暗だった。

ハルは魔法のステッキ剣を出して、キラキラとした優しい聖なる光を放って辺りを照らす。

この光が無ければ、月も出ていない森の夜は、漆黒の闇だ。


「良い剣だな。エクリュ国で剣を習ったんだな。どれくらい扱えるようになったんだ?」

フレイムが感心したようにハルに声をかけた。

「浄化の踊りが出来るようになったよ。聖力がないから、剣は光るだけだけどね」

へへへと少し自慢げに笑うハルに、フレイムは何て言葉を返したらいいのか分からなかった。


『それは全く意味がねえじゃねえか…』

そう思うが、ここで口に出す事はしない。

剣を持つハルの手は震えているし、顔にも明らかな怯えが見えて、笑顔も引きつっている。

今この森にいる事自体が、ハルにとって勇気を振り絞っての頑張りだと、流石のフレイムでも分かる。


「そうかよ。明るく照らしてくれるから助かるな」

何とか言葉を探し出してハルに話すと、ハルは笑顔は少し明るくなった。


少し進む度に魔物が姿を見せるが、二人の戦士達が平然とした顔でサクサク手軽に魔物を切っていくので、思ったよりハルは危機感を感じない。

思ったより、というだけで怖いものは怖いが、足がすくんで動けなくなるような事はなかった。





「……何だあれは」

どれだけ歩いただろう。

森のかなり奥まで進んだと思われる頃、フレイムが呟いた。

フレイムが見ている先に光を向けると、大きな人影が見える。


『幽霊だ!』

ハルの身体が固まる。


フレイムは戸惑う事なくその人影に近づき、ハルを呼んだ。

「おい、ちょっと近くで照らしてくれ。……これはメイズだ」


フレイムの言ってる意味が分からなかったが、急いでハルとシアンがその人影に近づいた。

近くに寄ってそれを照らすと、動かないそれは確かにメイズだった。

彼は森の奥を睨みながら固まっていて、優しい光の中に浮かび上がるそれは、まるで美しいオブジェのようだ。


ハルはメイズの手に触れて、小さく呼びかける。

「黄戦士さん?黄戦士さんなの?私の声が聞こえる?…どうしたの?動けないの?」

――メイズは何も語らない。

触れている手は冷たい。温かさを全く感じられないその手に、ハルは背筋に冷たいものが走る。


「クロイハル、こちらもお願いします。光を向けてください」

数歩ほど離れたくらいの場所から聞こえるシアンの言葉に、嫌な予感しかしないが、ハルは震える手で光を向ける。


そこには同じようにオブジェのように固まるフォレストとマゼンタが立っていた。

二人共、同じ森の奥を睨んでいる。


――森の奥に何を見たんだろう。

ハルの手が大きく震え、光も大きく揺れる。



その時、急に空気がズシンと重くなったように感じられた。

聖力のカケラもないハルだが、禍々しい気配を感じる。そんな気配を放つ森の奥から、低く暗い声が響いてきた。


『ワタセ………ワタセ………』


「何?何を渡すの?」

森から聞こえる声に反応したのか、シアンがハルに駆け寄って背に庇いながら尋ねた。

「何か言葉が聞こえるのですか?」

「何か怖い奴が『渡せ』って言ってるでしょう?……聞こえないの?」

「私には獣の唸り声しか―」


シアンが突然言葉を止めた。

「何?何か来るの…?」

声を潜めてシアンに声をかけたが、答えてくれない。


何かがおかしい。

シアンがぴくりとも動かない。


「青戦士さん、大丈夫?……ねぇ、どうして返事してくれないの?」

ハルの声が震える。


――シアンは何も答えない。

認める事は怖いが、シアンも固まってしまった。



心臓がバクバクする。目の前の闇に目眩がして、足に力が入らず身体が揺れる。

恐怖の渦に飲み込まれそうで目線を下げた時、手に持つ魔法のステッキ剣の優しい光が目に入って、ハルは意識を目の前に戻した。


赤戦士。彼はどうしているだろう。

「赤戦士さん!青戦士さんが動かないの!……ねぇ、赤戦士さん、返事して!」


――誰も何も話さない。

ハルはハッと気づく。

ログハウスを出る前に、ハルは双子とミルキーにたくさん浄化魔法をかけてもらった。

あの時双子は『少しは魔物を避けられる』と言っていた。

ハルだけが何ともないのは、その浄化魔法のおかげかもしれない。


今、ここで動けるのはハルだけだ。

お守りの魔法のステッキ剣を強く握りしめる。

『大丈夫。ちゃんと帰れる。アッシュさんは今も白い国で待っていてくれる。大丈夫』

大丈夫、大丈夫とハルは自分に言い聞かせる。


このお守りはアッシュから借りている物だ。必ず返さなくてはいけない。

『大丈夫。必ずこのお守りは返しに行く』

そう思ったら少し落ち着けて、ハルは息をはきだした。

『落ち着いて考えよう』



ログハウスで、双子達を止めたあの時。

神の神託など何も聞こえなかったが、タブレットは持って行かなくちゃいけないと強く感じた。

『タブレット、タブレットで出来ること――』


『調べる事だ!』

解決法をタブレットで調べるのだ。

ハルはタブレットにワードを打ち込む。

「森」「オブジェ」「イケメン」

――駄目だ。検索に引っかからない。

「夜」「森」「英雄」「幽霊」

――これも違う。



また声が聞こえた。

『ワタセ…ワタセ…』


ハルは震える手で必死にワードを打ち込む。

「森」「夜」「渡せ」

――かかった!答えが出た。



魔物 : ワタセ

住処 : 森の奥

出現時間 : 深夜

対処法 : 自身の持つ物を差し出せば、大人しく姿を消す魔物。差し出す物は、手足などの体の一部、地位、能力、名誉、財産など、自分だけが所有する価値ある物ならば何でもよい。魔物の要求に応えなければ、命を渡すことになる



『私だけが持つ物?』

ハルはほぼ何も持たずにこの世界に来た。

携帯は持っていたが、この世界では圏外のままで使い物にならず、価値がある物にはならない。

元の世界にもこの世界にも、ハルは地位も名誉も財産も持っていない。だけど髪や手足なども渡したくない。

魔法のステッキ剣も腕輪も、借りている物でハルの物ではない。



『私が元の世界から持つ物は、名前くらいしかない』

そうハルが嘆いた瞬間、一つの可能性に気づく。

その可能性に賭けて、森の奥の暗闇に向かってハルは叫んだ。


「クロイハル!私の名前はクロイハル!名前を渡すよ!」

――途端、ハルを取り囲んでいた重たい空気が霧散する。

名前でも通ったようだ。


ハルは固まったままのシアンの腕を掴み、叫ぶ。

「この子の名前は青戦士!アオセンシの名前を渡すから、青戦士さんの命を返して!」


言葉が言い終わらないうちに、シアンが咳き込んで膝をついた。

ゲホゲホと苦しそうに咳をするが―――ちゃんと彼は動いている!


ハルはフレイムに駆け寄る。

「この子の名前は赤戦士!アカセンシの名前を渡すよ!あそこにいる緑の子はミドリセンシ!隣の桃色の子はモモセンシ!あの黄色い子はキセンシ!みんなの名前を渡すから、みんなの命を返せ!!」



戦士達が崩れ落ち、皆が激しく咳き込む。

周り一帯の空気が急に軽くなった気がした。

タブレットが示した通り、魔物は姿を消したようだ。



――もう皆の周りには、ただの暗闇があるだけだった。







ハルは力が抜けたようにその場に座り込んだ。


咳き込みが落ち着くと、フレイムがハルの前でしゃがんで、もどかしそうな表情でハルに声をかけた。

「……あ?……お前の名前が出ない」


名前。名前はあの魔物に渡してしまった。

ハルも戦士達も名前はもう無い。


「ごめんね。あの魔物にみんなの名前を渡しちゃったんだ。それが退治方法だって、タブレットに出てたんだよ」


ハルが申し訳なさそうに謝ると、フレイムはじっとハルを見つめて口を開いた。

「……ああ。聞こえてた。動けなかったが、意識はあったんだ。……悪かった。俺達の名前を『戦士』と呼んで、機転を利かせて名前を守ってくれたんだろう?」


「え……?」

ハルは動揺を見せる。


「え、あ、うん。…まあね」

フレイムから目を逸らすハルに、『まさか』とフレイムは激しく動揺する。

「まさかとは思うが……お前、俺達の名前を覚えていないのか?あの魔物に渡した呼び名は、本当に俺達の名前のつもりだったのか…?」




ハルはぎゅっと目を瞑る。

確かに最初から覚えていないが、どうせずっと音信不通だった野郎どもだ。名前を覚える必要などどこにもないだろう。

だけどそんなに動揺されては、まるで私が礼儀知らずみたいではないか。


『もういい。私を礼儀知らずに仕立てるこんな奴等は相手にしてやらない』

ハルはゴロリと寝転んでふて寝する。 

横になったら猛烈な眠気が襲ってきた。



少し闇が薄れてきている。夜明けも近いのだろう。

夜が明けたら双子がハルを探しに来てくれる。

『もうここで眠ってしまおう』


突然森の中に寝転んで眠り出したハルを、戦士達は呆然と眺めていた。



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