55.森の中へ
「マジか…これはおしゃれカフェの豪華ご飯じゃん」
ハルは目の前に並べられた夕食に目が釘付けだ。
約束通りにシアンが作ってくれた夕食は、まさかの腕前だった。
スパイスの効いたお肉は、薄くスライスして綺麗に盛り付けられ、芸術的と言っていいほどソースが綺麗なラインで描かれている。色とりどりのサラダも添えられていて、見た目も美しい。
メインのお皿の横に置かれたポタージュには、模様を描くように白いクリームがかけられて、それはもう絵画的な料理と言い表せるほどだった。
シアンに「温かいうちにどうぞ」と促され、ハルは早速夕食を口にする。
「わ!美味しい!青戦士さん、料理人にもなれるレベルの高さだよ」
「ありがとうございます。でも片付けが面倒に思うので、料理人に興味は持てないですね」
「じゃあ片付けは私がするよ。飲食店バイトもした事あるから大丈夫」
「それならいつでも作ってあげられますよ」
シアンが笑った。
ミルキーさんの食も今日は進んでいるように見えたし、双子も美味しい料理に喜んでいる。セージさんも賑やかな夕食を楽しんでいるようだ。
とてもなごやかな夕食の時間だった。
夜、ハルは寝る前に、今日一日を思い返した。
ハルは今日、青戦士に対して意外な気づきがあった。
こうやって知ってみると、彼はなかなか興味深い人物だ。
国宝級美貌の青戦士も、当然皆と合コンに勤しんでいると思い込んでいたが、彼は意外と女子に潔癖――というか女子に対する態度が悪魔だった。
元のログハウスを一人出て単独討伐していた事も、実は意外だった。そういう短気な行動は、赤い奴の方が似合ってるように思えたからだ。
彼の淹れてくれるハーブティーが美味しい事は知っていたが、実は料理男子でもあった。料理男子という事に意外性は無いが、「片付けが面倒」という言葉は意外だった。
何でもきっちりこなす事を好みそうに見えたからだ。
ハルは白い国では戦士達の事を思い出さないようにしているうちに、本当に思い出さなくなっていた。
シアンは『同じ隊にいた討伐担当者』以外の何者でもなくなっていたけれど、久しぶりに会った彼は知るほどに人間味があった。
ハルにとって完璧すぎる者は近寄りがたいが、多少の欠点を持つ者は親しみやすい。
シアンの事を、『自分とは違う、遠い場所にいる人』ではないように思えた。
こんな風に落ち着いてシアンの事を見れるのは、アッシュのおかげだとハルは思う。
アッシュの言葉はハルの心を軽くしてくれたし、気持ちの余裕をくれた。気持ちに余裕があるから、戦士達にわだかまりなく接する事が出来ている。
ハルは寝転びながら、じいっと自分の手首にある腕輪を眺めてみる。
魔法のステッキ剣とこの腕輪は、ハルのお守りだった。
『明日目が覚めたらケルベロちゃんに会いに行こう』
この地初日の今日は、思った以上に楽しい事がいっぱいあった。
明日もきっとこんな日が続くに違いない。
そんなことを考えながら深い眠りについた。
ドンドンドンドンと、遠くで激しく扉を叩く音で目が覚めた。
この部屋ではない、どこかの扉が叩かれている。
『ここはどこだっけ?』
ハルは今いる場所が何処なのか、寝起きの頭ではわからなかった。
「クロイハル様、私が様子を見てきます。まだ夜中ですし、クロイハル様はこのまま休んでいてください」
パールの声にバッとハルは飛び起きた。
「私も行く!危険があるかもしれないから、一人で行かないで!」
双子は困ったように笑ったが、「離れないでくださいね」と言ってハルも一緒に連れて行ってくれた。
叩かれていた扉は、ログハウスの入り口の扉だった。
一階に降りると、すでにシアンもセージもミルキーも揃っていて、扉を叩いていたのはフレイムだったようだ。
「どうしたの?何かあったの?」
ハルが問いかけると、フレイムはハルに顔を向けた。
「何でもない。お前はここで待ってろ」
「………」
フレイムの返す言葉にハルは黙った。
『話す気がない事を、聞き出す必要はない』
ハルは右手で左手首の腕輪を触る。
ハルの様子を見ていたシアンが口を開いた。
「クロイハル、説明しましょう。落ち着いて聞いてください」
そう言ってシアンは、何があったか話してくれた。
元のログハウスでは、夕食後に英雄達はフレイムの部屋に集まって、今後の少女達との関係について話し合ったようだ。
話し合いの結果、やはり少女達の討伐参加は認めずに、翌日国に帰ってもらおうという話にまとまったらしい。
それを少女達に伝えると、少女達はこの地に留まることを泣いて懇願したが、英雄達は受け入れなかった。
頑として首を縦に振らない英雄達に、もう夜も更けているというのに少女二人が泣きながらログハウスを出て行ったそうだ。
夜の森は危ない。夜は魔物の力が強くなる。
ただでさえ今は、森の中は魔物の巣窟のようになっている時だった。
すぐにフォレストとメイズとマゼンタの三人が後を追ったようだが、フレイムは万一を考えて、ここに皆を呼びに来たという事だった。
シアンがハルと双子に説明をしてくれている間、フレイムは苦々しい顔をしていたが、話が終わると皆に声をかけた。
「色々言いたい事はあるだろうが、まずは森へ向かった奴らの捜索だ。シアン、セージさん、ミルキー、白戦士の双子も協力してほしい。クロイハルは危険だからここに残れ」
フレイムのその言葉に、双子達も動き出そうとしたその時、ハルの中の何かが告げた。
『全員を行かせてはいけない』
なぜそんな風に感じるのかは分からないが、確信に近い予感がする。
ハルは扉に走って、扉を強く押さえつけた。
「皆んなで出るのは駄目!双子ちゃんと、オルトロちゃんと、ミルキーさんと、セージさんは行っちゃ駄目!!」
ハルは鍵をガチャンとかける。
「私が赤戦士さんと青戦士さんと行くよ。他の皆んなは絶対に駄目!危険だよ!」
扉を押さえたまま動こうとしないハルに、ミルキーが静かに尋ねた。
「……クロイハル様、もしかして神の神託が下ったのですか?」
「神様の神託がどんなのかは分からないけど、行ってはいけない人がいるのは分かるの。タブレットを持って、私も行かなくちゃいけないって何故か感じるの」
ハルの言葉に皆が黙り込む。
どう見ても一番危険があるように見えるのはハルだ。
だけどハルは神に呼ばれた者であり、古代遺物を操れる唯一の人物だ。
怖がりのハルが自ら夜中の森に入るなんて、普段だったら絶対にあり得ないのに、今はハルに強い意思を感じる。
『これは神の導きだろう』
そう判断して、皆はハルの言葉を信じる事にした。
双子がハルの前に立つ。
「クロイハル様、待つのは夜明けまでですよ。そこまでに帰らなかったら探しに行きますからね」
そう言って双子は、ハルにたくさんの浄化魔法をかけてくれた。
「これで少しは魔物から避けられるはずです。だからといって油断しないでくださいね」
困ったような顔でハルに話す双子に、ハルは元気よく応えた。
「ありがとう、パールちゃん、ピュアちゃん。たくさん魔法をかけてくれたから、髪も艶々になったよ。大丈夫、ちゃんと帰って来れるような気がするんだ」
ミルキーも重ねて浄化魔法をかけてくれる。
「ありがとう、ミルキーさん。夜中だけど眠たくもないし、元気になれたよ。オルトロちゃんも良い子で待っててね。朝になったら、一緒にケルベロちゃんに会いに行こう」
ハルはギュウウッとオルトロスに抱きついて、ひとまずの別れを告げた。
「セージさんも行ってくるね。オルトロちゃんをよろしくね」
「――ああ。ここで待ってるから、すぐに戻ってきてくれよ」
そうしてハルは、フレイムとシアンと共に夜中の森に入っていった。