54.ハルと少女戦士
ミルキーに『邪な存在』として扱われた少女達は、鋭い目をハルとミルキーに向けたまま黙っていた。
ミルキーの言い方は腹立たしいが、自分達がこの地に残りたいと願うのは、確かに純粋な思いではなかったから、何も言い返す事が出来ないでいた。
だけど、『白戦士は自分達の思いを「邪な思い」と言っていたが、そうではない』、少女達はそう反論したい気持ちでいた。
少女達からすれば、自分達の思いを言い表すなら「野心」だと言いたかった。
……英雄様の手前、言う事は出来ないが。
誰もが憧れる英雄達の一番側に何としてでもいたいし、恋人になりたい。
――それは誰もが願う想いだ。
それに英雄達と同じ隊にいれば、自分達の討伐成績も自然と上がる。
――それも戦士ならば皆があやかりたい恩恵だろう。
黒戦士が貧相な女だという事実には驚かされたが、見方を変えれば自分達が優れていると皆に比較させる事ができる。
その上、仲間のライムが古代遺跡を扱う経験を待てば、自分達も英雄になれる。
それならば、どれだけ貧相な女だとしても黒戦士の近くにいる価値はある。
『誰もが考える事を、邪な思いなどと言われたくはない。これからも英雄様の側は絶対に離れない』
少女戦士達はそう強く自分達に誓っていた。
少女達の参加を認めた英雄達は言葉も出なかった。
中でも、今まで積極的に少女を庇っていたメイズは、ミルキーが少女達を表した言葉に目を覚まさせられる思いだった。
この地に来てから、仲間同士の殺伐とした雰囲気が続く中、フレイムとシアンの言葉と態度に反発心がいつも先に出ていた。
元々の元凶を作った少女達に、心を許していたわけではない。ただ共にいるならば、穏やかな関係でいる方が良いと判断しただけだった。――女好きのマゼンタは分からないが。
だけどこうして冷静になると、少女達のクロイハルに向ける視線の強さに気づく。
『このまま進むのは良くない。軌道修正しなくては』
今更ながらにそう強く思った。
「よし、話もまとまったし、今日はここで解散にしよう。討伐記録は、この討伐が終わった時にまとめて受け取るね。みんな、お疲れさま!」
ハルが場を仕切り出して、今度は最前方でオルトロスに乗って進み出した。
「良かったですね、クロイハル様。平和な話し合いでしたね」
パールの言葉にハルが頷く。
「うん。少女戦士さん達も張り切ってるし、向こうのチームに負けちゃうかもしれないね」
「私達も交代で戦闘に入りますよ。ミルキー様ほどでは無いですが、こう見えても魔物の浄化は得意なのです。シアン様とセージ様をフォローして、こちらの記録も上げていきましょう」
ピュアの言葉に、セージが笑う。
「それは頼もしいな。双子の白戦士がフォローに入ってくれるなら、オルトロスの半身はクロイハルに付けておこうか」
「本当に?セージさん、ありがとう!」
ハルは目を輝かせて喜び、シアンチームは和気あいあいとログハウスに戻っていく。
そこにメイズがハルに駆け寄った。
「クロイハル、今日の夕食は久しぶりに腕を振るうよ。この地にはこの地なりのご馳走があるんだ。期待しててくれ」
「そうなの?それ―」
「黒戦士様!先ほどは失礼しました。初めて黒戦士様をおもてなしする時は、ちゃんとした物にしたかったのです。決して蔑ろにした訳ではないのですよ」
サフランもメイズを追いかけるかのように駆け付けて来て、ハルの言葉を遮って勢いよく話しかけた。
『仲のいいカップルだ』
そう思い、ハルはサフランに笑顔を見せる。
「大丈夫だよ、気にしないで」
ハルは別に怒っていた訳でもない。
ハルの言葉にサフランが笑顔を見せた。
「今日の夕食は、黒戦士様へのお詫びに私が腕を振るいますね!メイズ様には及びませんが、私の料理も英雄様達に評判は良いのですよ」
――その言葉に、ミルキーが顔色を無くしてソッと胃を押さえた。
肉食女子サフランの料理は、肉肉しい。男の胃袋をガッツリ掴むコッテリ系料理は脂ぎっていて、ミルキーの繊細な胃には耐えられない料理ばかりだった。
そんな白戦士の様子を見て、パールとピュアがサッと顔色を変える。
『料理に何が――?』
緊迫した様子の双子に、ハルも表情を引き締める。
ミルキーも双子も顔色が悪い。
良くない事が起ころうとしているのかもしれない。
『これは丁寧にお断りしなくては』
「あ、うん。きっと黄戦士ちゃんが腕を振るった料理は最高だろうね。あ、でも、大人数すぎて皆んなで食べる場所がないね。うーん、今日はオヤツもたくさん食べたし、夜ご飯は止めておこうかな…」
ハルの言葉にシアンが口を挟む。
「今日の夕食は私が作る約束でしょう?しっかり食べてください」
「そうだね、先に約束してたね」
シアンの言葉にホッとする。
料理人が料理に何かするとは思えないが、白戦士達の様子を見る限り、控えた方が安心だ。
だけど『腕をふるう』と言った彼女の言葉は本当だろう。
ハルは申し訳ない顔をしてお礼を伝えた。
「腕を奮うって言ってくれてありがとう。気持ちだけ受け取っておくね。私は約束してたから、同じログハウスの子達と食べるよ。ごめんね」
「――そうですか。ではこれからも料理の用意は控えさせてもらいます。だからと言って、そちらのログハウスでメイズ様の手を煩わせる事はしないと約束してください。メイズ様は、勝手な行動を取るような方に寛容ではないのですよ」
どうやら黄色女子を怒らせてしまったらしい。
『でも確かにこの流れは、私の方が失礼だったよね』
ハルはそう思って、サフランと約束をした。
「分かったよ。黄戦士さんに食事は頼まないから安心して」
ハルがそう話すと、双子がハルに声をかけた。
「クロイハル様、私達も簡単な物なら作れますし大丈夫ですよ」
「お菓子作りもたまにするのですよ」
双子の意外な言葉にハルは驚く。
「そうなの?すごいね!じゃあ、みんなでご飯が作れるね。私は片付けを担当するよ」
「まぁ!クロイハル様、頼もしいですわ」
楽しげに会話をしながら去っていくハルと双子達を見て、サフランが大きくため息をついた。
「本当に黒戦士様は失礼な方ですよね、メイズ様のお料理を断るなんて。あんな方、メイズ様のお料理を食べる資格なんてないです」
メイズは何も言えなかった。
会話の流れ的に、どう見てもクロイハルはサフランを避けようとしていた。
クロイハルは自分達にとって『運を呼ぶ者』だ。
白戦士達が言うように、少女達を邪悪な者とは思わないが、少女とハルが関わるほどに運を呼ぶハルは遠くなっていく。
『後で皆と話し合わなければ』
どう決着を付けるべきは分からないが、メイズは気持ちばかりが焦るような思いだった。
その日の夜、フレイムの部屋に皆で集まった。
メイズが、ハルがサフランに取った態度を話すと、フォレストがため息をついた。
「ライムが僕の近くにいるせいか、僕が近づくとクロイハルが距離を取るのですよ」
「私なんてクロイハルどころか、間を取り持ってもらおうと双子に話しかけようとすると、あの双子がクロイハルを連れて逃げ出すのよ」
マゼンタの言葉に、フレイムが憮然とした顔で話す。
「俺は普通に話してるのに、お前らが近づくとあいつが逃げんだよ。お前ら、クロイハルの前で俺に話しかけんなよ。運が落ちるだろ」
「………」
少女を庇ってきた三人は黙るしかなかった。