52.戦隊達の複雑化
ハルがいない間、英雄達の討伐メンバーの組み合わせも変わっていたらしい。
お茶を飲みながら、ハルは今まであった話の続きを聞いた。
マゼンタが同じ治癒魔法師の桃戦士オペラを、ケルベロス捜索に加わる事に許可を出した事が発端となり、戦隊の中の雰囲気が更に悪化したようだ。
怪我から回復した赤戦士アガットと青戦士マリンも戦隊に加わり出すと、話は更にややこしくなった。
少女を疎うシアンとフレイムに対して、少女を庇うマゼンタとメイズ、どちらにも賛同出来ないフォレスト、と英雄達は混沌を極める状態に陥ったらしい。
言い争いが続くうちにシアンが単独で行動すると宣言し、セージとミルキーがシアンのフォローとしてシアンの討伐メンバーに加わった。
その時には住む場所も食事も別となっていた為、連絡は取り合うものの、ログハウスが別れたように、討伐メンバーとしては完全に別行動をしていたようだ。
話を聞き終えて、ハルは『それならば』と考える。
討伐隊が二手に分かれるならば、自分はシアン側に付く。
少女達は怖いし、体の弱いミルキーさんが心配だ。
だけどそれでは向こうの討伐チームの撮影が出来ない。
といって、『撮影が不公平にならないように、こちらのチームと向こうのチームの討伐に、交代で顔を出す』というのも、少女達が怖いから断固拒否したい。
「誰か向こうのチームの記録を担当してくれないかな…。メモを取ってくれれば、後でそのメモの写メを撮ればいいだけだし」
シアン側に付く意思を見せたハルの呟きに、シアンは顔を綻ばせて――セージは微妙な顔をした。
ドンチャ王子がこの地にハルを呼んだのは、英雄達の仲をどうにか繋げてほしいとの期待もあったのではないかとセージは思っていたからだ。
『まあそれは英雄達が自分で解決する事だろう』
そうセージは思い直して、何も言わない事にした。
双子が明るい声でハルに話しかける。
「大丈夫ですよ、クロイハル様。英雄様の恋人の女性達が、きっとその役目を引き受けて下さいますよ。私達はクロイハル様をしっかりとお守りするので安心してくださいね」
「ありがとう。パールちゃんとピュアちゃんは頼もしいね」
そう言って三人の女子は笑い合った。
突然――護衛の双子が急に顔をこわばらせた。
スッと立ち上がりハルの側に移動して、扉の方に鋭い視線を向ける。
「何か禍々しい物が近づいて来ています。少し様子を見てきましょう」
パールがそう話して扉に向かって歩き出そうとした時、ハルはパールを追い越して扉を押さえた。
「パールちゃん、出ちゃ駄目!」
「少し様子を窺ってくるだけです。クロイハル様はここにいらして下さい」
「絶対に駄目!!」
ハルは扉を押さえたまま、ガチャリと鍵をかけた。
もしも様子を見に行った先で、パールに何か危険があったら自分は耐えられない。双子は実力ある白戦士のようだが、絶対に大丈夫なんて事は無いのだ。
鍵をかけた扉を強く押さえたまま動かないハルに、双子は困ったような顔で眉を下げ、シアンは剣を手にして扉に近づいた。
「私が行きましょう。魔物には慣れていますから」
シアンがそう話した時、おずおずとミルキーが声をかけた。
「あ、あの…近づいて来るのは魔物ではありません」
「え?ですがこの邪悪な気配は―」
そこまでピュアが話した時、双子がハッとした顔をする。
パールが自分の中で生まれた疑惑に思わず呟く。
「……まさか」
「――そうです。これは先ほどの気と同じ物です。いや、正確に言えば先ほどより強い気ですね。……少女戦士達も揃ってこちらに来られています。聖力を持って行かれますから気をつけなさい」
ミルキーが双子に真剣な顔で忠告する。
「ミルキー様、このような過酷な環境で過ごされていたのですね」
今までのミルキーの境遇を思って、グスンと双子が涙ぐんだ。
「………」
シアンとセージは言葉が出なかった。
この地に来てから日に日に顔色が悪くなっていくミルキーは、ただの虚弱体質だろうと見ていたが、聖なる力を使う白戦士達の会話に、少女達に不吉な物を見た気がした。
実力のある戦士ほど運を左右する物に敏感になる。それはセージに取っても同じ事だった。
『アイツらに近づくと運を落とす』
そう思えて仕方がなく、シアンとセージは複雑な思いに黙り込むしかなかった。
そのうち外で言い合うような声が聞こえてきた。
ハルは「シーッ」と人差し指を唇の前で立てて、皆に視線を送り、扉の向こうに聞き耳を立てた。
話し声がだんだんハッキリと聞こえてくる。
「――からテメェらは来るな。戻れ!」
「そんな言い方はないでしょう?…もう、オペラちゃん、あんな男の言う事なんて気にしなくていいわよ」
「あぁ?」
「フレイム、いい加減にしろ。サフランだって、さっきは悪気があって言ったわけじゃない。クロイハルをちゃんともてなしたかったからだと言ってるだろう?」
「テメェのその甘さが今に繋がったんだろうが!」
「フレイム、大きな声を出さないでください。クロイハルに聞こえるでしょう?」
どうやら英雄戦士達は仲間内で言い合いをしているようだ。
ハルは戦士達の言い争う言葉を聞きながら推察する。
先ほどの青い男の話では、赤い男も馬車から少女達とは別だったようだ。
青い男が少女を二階から投げ捨てるという鬼のような仕打ちをした時にも、赤い男は青い男に同調したらしい。
――本当に悪魔のような奴等だ。
きっと赤い男も、少女達から敵認定されているのだろう。
『悪魔達から美人戦士達を庇う、残りの英雄達』
今の戦隊達の構図は、この絵面に間違いない。
真剣な顔で黙り込んでいるハルを心配して、双子がオロオロと声をかける。
「向かってくる者達に帰っていただくようお願いしますから、クロイハル様はここに隠れていてください」
「……いいよ。大丈夫、行こう」
ハルは腹をくくる。
どうせいつかは顔を合わせなければいけないメンバーだ。ドンチャ王子が彼女達を庇う限り、合同討伐は続く。
顔合わせは避けられない事なのだ。
「クロイハル様、何てお強い心をお待ちなんでしょう。――必ず私達が邪悪な者からお守りします」
双子から思わぬ賞賛を受けて、ハルはちょっと嬉しくなった。
『そうだ、大丈夫。私にはアッシュさんから預かった魔法のステッキ剣と、魔力を補充するこの腕輪がある』
そう考えると少しだけ強くなれたような気がして、ハルは扉を開けて、外へ足を踏み出した。
こわばった顔のハルと白戦士三人と、微妙な顔をしたシアンとセージが外に出てきた。
セージが珍しく歯切れが悪く、向かってきた者達に声をかけた。
「…ああ、皆が揃ってるようだな。このログハウスは――狭いから、皆は入れないだろう。……どうだろう。少し離れた向こうに、開けた場所がある。あっちで話そうじゃないか」
さり気なく自分の滞在先から皆を遠ざけるセージの手腕に、シアンは『流石だな』と感心する。自分だったら物を言わさず力で女達を投げ捨ててしまう所だった。
――それは流石に他の戦士達も黙っていないだろうし、マズイ事になっていただろう。
シアンは緊張した顔つきのハルを気遣いながら、皆でする話がこれからどういう方向へ向かうだろうかと、少し先の未来に思いを馳せた。




