51.青戦士の事情
オルトロスが運んでくれたログハウスは、シアン個人が持つ討伐用の持ち家らしい。
今までのログハウスよりもかなり小さくなるが、それでもハルの知るログハウスよりはかなり大きな物だった。
一階に二部屋、二階に二部屋の合わせて四部屋あり、今までシアンとセージとミルキーの三人がここで滞在していたという事だ。
二階の一番広い奥部屋を、今日からハルと双子の三人で使えばいいとシアンが言ってくれたので、ハルは素直にその申し出を受けた。
禍々しいとまで言われた、元のログハウスに近寄るのも怖かったのだ。
元いたログハウスのようにリビングまで付いている訳では無いので、ダイニングテーブルでお茶を飲む事にしたが、皆が集まるには二脚椅子が足りなかった。
足りない椅子を、ミルキーとセージが自分の滞在する部屋から運んできてくれて、今は皆でお茶をしているところだ。
テーブルは英雄戦士サイズなので、六人で囲んでも余裕がある。
テーブルに着くと早々に、セージから今まで連絡が出来なかった事情を説明された。
ドンチャ王子からの命だったし、ハルの危険を危惧しての事だったと聞いて、ハル自身も『確かにケルベロちゃんに何かあったと聞いていたら、じっと待ってる事なんて出来なかったかも』と思う。
そうは言ってもあれだけ長い間、音信不通だった彼等をアッサリと受け入れる事も難しいように感じられた。
だけどアッシュはハルに、『許したくないなら許さなくてもいい』と言ってくれた。
アッシュの言葉を思い出して心が軽くなり、ハルはひとまずは素直に頷いておいた。
お土産のクロ焼きを皆で食べながら、ハルは気が付いた事を尋ねた。
「青戦士さんはこんなに素敵なログハウスを持ってたんだね。セージさんとミルキーさんが来て、向こうで部屋が足りなくなったからここに移ったの?」
このログハウスの持ち主として、向こうを出なければいけなくなったのだろう。
『せっかくの合コンなのに、一人出ていくなんて可哀想に』
そんな思いで、ハルは気の毒そうな目をシアンに向けた。
ハルの目が何を意味するものかは分からなかったが、シアンの代わりにセージが応えた。
「いや、僕はミルキーより随分先にこの地に来たが、既にシアンは向こうを出て、ここに一人で住んでたぞ」
そこで言葉を止めたセージが、苦笑してから話を続ける。
「この地に着いてから早々に、英雄達は仲違いしたようだな。クロイハルがいない英雄達の仲は酷いものだったよ」
自分達の話になり、シアンが撫然とした表情になったが、セージの話を止めるつもりは無いらしく黙っていた。
「元々少女戦士達は向こうのログハウスの、一階の一部屋とリビングを五人で使う予定だったようだ。
だけどこの地に着いた日の夜中に三人の負傷者が出た事で、部屋割りを変える必要も出て、まずそこで揉めたみたいでね。
…英雄達は主張が強い者が多いからね。
揉めた末にフォレストとメイズが折れて同室となって、ひとつ空いた二階の部屋に負傷者三人が入って、残りの少女二人は一階での同室になったようだ。
まぁそこまでは良かったんだけど……」
セージがそこで言葉を止めて、続きに躊躇う様子を見せると、シアンが話を続けた。
「夜中に桃戦士のオペラという者が、私の部屋に忍びこんできて『寝ぼけて部屋を間違えちゃった』なんて言うものですから。私も寝ぼけて彼女を二階から投げ捨ててしまったのですよ。間違えましてね」
「………」
ハルは言葉を失った。双子も何も話さない。
『なんて恐ろしい奴だ。爽やかな王子様のような顔をして、語る言葉は悪魔そのものだ。桃色女子のアグレッシブな生き様にも驚かされるが、青い男の鬼畜度合いには敵わないだろう。下手に寝ぼければ地獄行きだ、気をつけねば』
セージがやれやれと首を振った。
「次の日にオペラが他の英雄達に泣きついてね。
その時にシアンが同じ事を言って、更にフレイムも『自分だったら寝ぼけて切り捨てる』と同調した事で、オペラを庇う三人との関係が悪くなったようなんだ。
……部屋割りで揉めた直後だったからというのもあるだろうな」
「投げ捨てられた彼女は治癒魔法を使えるのですから、何も問題ないでしょう」
「シアン、同じ言葉をオペラにも言ったらしいな…」
セージの言葉に、シアンは肩をすくめた。
「まあそんな事があって、持っていたログハウスを出して私の拠点をこちらに移したのですよ。後でセージさんとミルキーさんもこの地に来たので、そこから一緒に生活しています」
二人の男達の会話を黙って聞いていたパールが、ハルに話しかけた。
「クロイハル様、どうやら全員が合コンカップル成立に成功した訳では無さそうですね」
「うん。破局した子もいるみたいだね」
「……何の話ですか?」
「え?合コン討伐旅行の結果の話だけど」
シアンの問いにハルが応える。
「……クロイハル。私が、ケルベロスを攻撃するような愚か者達に興味を持つはずがないでしょう?
だいたい出発の馬車から彼女達とは別ですよ。香水臭くて、同じ馬車に乗る事を拒否させてもらいました。
臭いで魔物を呼ぶこともあるのに、臭いをこちらに移すような、非常識な彼女達に近づきたくも無かったですしね。
討伐の勉強の為に他の討伐隊を頼る時点で常識知らずですし、討伐者の覚悟もなく、怪我の傷が残るって泣き喚くくらいなら……いっそ魔物の餌になった方が幸せだったんじゃないでしょうか」
話すシアンの声が低い。
――常識を愛する青い奴が、悪魔のような事を言い出した。
額の青筋がヤバいことになっているし、握っているカップがミシミシ音を立てている。
こんな悪魔に惹かれる女はいないだろう。
小言ばかり言う小姑のような男が、女の子達に相手にされるはずもない。
ウッカリ綺麗な顔に惹かれても、悪魔と話せば女の子達も目を覚ますだろう。桃色女子は目を覚ますのが遅れたから、悪魔の犠牲になったようだ。
――こんなヤバい奴は合コンに参加する資格すらない。
「そっか。分かったよ。青戦士さんは不参加だったんだね。青戦士さんは、合コンに向かないから止めときなよ」
「分かってくれたようですね」
『今の話を聞いて、分からない人がいるはずがない』
ハルはそう思ったが言わなかった。
シアンのカップから破片がポロポロと落ちているのを見て、黙った方が賢明だと判断したからだ。
シアンの握っていたカップの取手が壊れたのを機に、お茶を淹れ直す事にする。
「少し気持ちを落ち着かせる為に、今度はハーブティーを淹れましょう」
そう言ってシアンが淹れてくれた。
「青戦士さんはハーブティーを淹れるのが上手いよね。さっきの紅茶も淹れてくれたの青戦士さんでしょう?このログハウスでは青戦士さんがお茶入れ担当だったの?」
ハルがそう話しかけると、シアンの額の青筋が消えて表情は穏やかなものに変わった。
ハーブティーで心が落ち着いたらしい。
「セージさんのお茶の味は酷いものですからね。白戦士はログハウスに戻った途端、寝込む事が多かったですし、食事作りも私が担当しましたよ。あちらのログハウスに顔を出す事もなかったので」
「え!すごい。青戦士さん、ご飯も作れるの?」
「簡単なものですけどね」
ハルが驚くと、シアンが笑ってみせた。
「いや、なかなかの腕だろう。シアンの作る食事は、どれも美味かったよ」
「確かに胃に優しくて、私の口にも合いました」
セージとミルキーの言葉に、ハルはシアンの料理が気になってしまう。
「いいな、私も食べてみたい」
「いつでも作りますよ。今日の夕食も私が作りましょうか?」
「本当?それは楽しみだね!」
緊迫した空気は霧散して、なごやかな空気の中で皆でお茶の続きを楽しんだ。