50.禍々しい気配
戦士達一行が滞在するログハウスの前に立った時、ハルの側に付いて歩いていた護衛の双子が息をのんだ。
「クロイハル様、この建物に近づいてはなりません!ここから禍々しい気配が流れ出しています!魔物が潜んでいるやもしれません!」
そう言って、ハルを庇うように双子がサッと目の前に立ち、ステッキ聖剣に手をかけた。
『怖い魔物がこのログハウスの中に潜んでるの?』
ハルの身体が硬直する。この場所は自分達三人には危険すぎる。
「パールちゃん、ピュアちゃん、逃げよう!オルトロちゃん、お願いみんなを乗せて!」
ハルが大きな声でオルトロスを呼んだ時、ミルキーが遠慮がちに声をかけた。
「あ、あの…クロイハル様。この建物には危険はありません、大丈夫ですよ」
「……本当に?」
「はい。間違いありません」
ミルキーが大きく頷く。
彼は白い国で、神のように崇められていた。
聖なる力という面で、彼の右に出る者はいないという。
『天賦の才の持ち主だ』と、回転焼き屋の店主もそう言っていたし、そんなミルキーの言葉ならばとハルは安堵した。
ハルが安心した様子を見せた事にホッとして、ミルキーは今度は双子に状況を説明する。
「パール、ピュア、落ち着きなさい。確かにこの建物には邪悪な気が渦巻いています。ですがこれは魔物の邪気ではなく、人の思いから来るものなのでクロイハル様に危険はありませんよ」
ミルキーの言葉に、双子が目を見開いた。
神に最も近いと言われる総長の言うことに偽りはないだろう。しかし…
「この禍々しい不吉なまでの気配が人間のもの…?」
ミルキーが言葉を続ける
「はい。二人ともよく見ておきなさい。心の強い者達は、ここまでの邪念を出すものなんですよ。
強い怒りや憎しみ、妬み、恨み、苦しみ、邪な思い…これら負の感情がこの気を作り上げるのです。
こういった物は、いくら浄化してもキリがありません。
仕える主に危険がないならば、浄化して無駄に聖力を使う事はないでしょう。浄化せずとも、聖力は引き出されて消耗してしまうのですから。
パールもピュアも心するように」
偉大な総長の二人を諭す言葉に、二人は頷き質問をする。
「これは英雄様の思いでしょうか?」
「勿論英雄様の思いも強いですが…どちらかと言うと、少女戦士達の思いの方が禍々しさは強いですね。とても邪な心を持つ者達です。貴方達が対峙するには危険が伴います。近づかないように」
「はい、白戦士様。ご教示ありがとうございます」
白い国の戦士達の会話に、場が静まり返る。
誰も言葉を発する事が出来ない。
痛いくらいの静寂の中、ハルがポツリと呟いた。
「邪な合コン討伐だからだ…」
誤解だと叫びたいが、あまりに酷い言葉が、長い討伐期間で消耗仕切った戦士達の心に突き刺さる。
ジリジリと少しずつログハウスから離れようとするハルの姿が、更に戦士達の心をえぐっていった。
『もう勘弁してやってくれないか。彼等も頑張っていたんだ』
セージはミルキーにそう言ってやりたいが、あまりに重い雰囲気に黙るしかなかった。
静まり帰った場に、明るい少女の声が響いた。
「メイズ様、英雄様!お帰りなさい!お茶の準備をしております。早くこちらにお入りくださいませ!」
長く艶のある髪を靡かせて走り寄って来たのは、明るい黄色の髪をした美少女戦士だった。
『あ、この美人さん、見たことある。確か黄戦士さんの彼女さんだ』
ハルはメイズの家で会ったサフランを思い出す。
「ああ、ただいま。サフランは一度クロイハルには会った事があるだろう?やっと彼女を呼ぶ事が出来たんだ。皆でクロイハルを迎えに出てたんだよ」
「え?黒戦士様を…?」
メイズの言葉を受けて視線をハルに向けたサフランは、少し驚いた様子を見せた。
「今から皆でお茶をしようと帰ってきたところなんだ。今日はサフランが用意してくれたんだな。ありがとう。少女戦士達にもクロイハルを紹介したいし、皆でお茶にしようか」
「黒戦士様も一緒に…?」
続けて話すメイズの言葉に、サフランは声のトーンを落とした。
そしてハルを見つめる目を、鋭い視線に変える。
その睨みは女子しか気づく事が出来ないビームを放つヤツだ。
『怖っ!』
そうだ。前にも睨まれた。
この鋭く射抜くような睨みに覚えがある。
やはり国宝級美貌の戦士に近づくと碌な事がない。目力のある美人の睨みは特に怖いのだ。
ハルの身体が硬直する。
そんなハルとサフランの間に、スッと自然な感じで双子が入ってくれたので、ハルはありがたく二人の背に隠れさせてもらった。
『ふう助かった。あの目は絶対夢に見てしまう』
ハルはホッと息をつくと、双子の陰からサフランの声を聞いた。
「まあ、どうしましょう。黒戦士様が来られると分かっていたら、黒戦士様の分もお茶の用意をいたしましたのに…。あ、いいえ、今からご用意しますね」
サフランの申し出に、ハルは素早く断りを入れる。
「いえ、大丈夫です。ジュースとお菓子は持参していますから。私達はオルトロちゃんとお茶をするので、どうぞお構いなく」
双子が禍々しいとまで言い放ったログハウスに近づきたくなかったし、美少女戦士達も怖かった。
黄色女子一人でも迫力負けしてるのに、あんな美人さんがあと四人も出て来たら堪えられない。
合コンは主要メンバーで続ければいい。
「私の事は気にしないで、みんなで楽しんでね。黄戦士さん、オヤツは彼女達に作ってあげて。じゃあね。
――いくよ!オルトロちゃん!双子ちゃんは付いてきて!」
ハルはオルトロスに走りより、背を屈めさせてよじ登ってから、「急いで!」と声をかける。
走り出したオルトロスにセージが指令を出す。
「オルトロス!そのまま僕のいるログハウスに入れ!クロイハルを落とすなよ!」
オルトロスが自分の滞在するログハウスに向かった事を確認して、セージは皆に言葉をかけた。
「ひとまず向こうで休むから、みんなはそっちでゆっくりしてくれ。後で会おう。白戦士達は一緒にこっちに来るといい」
そう言って皆に背を向けると、滞在先のログハウスに急いだ。
「向こうは私のログハウスですから私も帰ります。ではどうぞごゆっくり」
シアンが皆にそう言葉を残し、呆然と立ち尽くす他の戦士達を置いて立ち去った。