48.白い国を発つ時
「しょうがないよ」と言いながらも、ハルの心は深く沈んでいった。
本当はそんな討伐地なんかに行きたくない。
ケルベロスには会いたいけれど、ハルの愛するケルベロスを攻撃した子達に会いたいとも思えないし、そんな酷い事をする少女達と同棲を続けるイケメン戦士達の顔も見たくなかった。
美人だからと少女達の応援をするドンチャ王子の為に、自分が動かなくちゃいけない事が面倒だった。
迎えに行くと言いながら、もう数ヶ月も連絡も無かったセージにも失望している。
それに何よりもハルはこの国を離れたくなかった。
やっと自分の居場所を見つけたと思える場所だったのだ。
俯いたまま動こうとしないハルに、双子とミルキーはオロオロと動揺して、声をかける事も出来ない。
そこにアッシュがハルに静かに声をかけた。
「クロイハル様、今日の回転焼きは見守らなくてもいいのですか?」
アッシュの声かけに、ハルが顔を上げる。
「……行くよ。今日も見に行かなくちゃ」
「ではもうお昼を過ぎてますし、今日のお昼は屋台で食べましょう」
アッシュはそう言って、ハルを街へ連れ出してくれた。
今日もハルは回転焼き屋さんを見守れた。
明日は出立の日だ。
『もうこれで最後かもしれない』
そう思うと、尚のこと回転焼きを焼く様子から目が離せず、屋台の前から動けなかった。
「クロイハル様、明日も出発前に時間があればここに来ませんか?」
ハルに言葉をかけるアッシュに、回転焼き屋の店主がハルに尋ねた。
「黒戦士様、また討伐の旅に出られてしまうのですか?」
「そうなんだ。急に決まった話で、明日出発するんだよ。遠い国に行くから、もう回転焼き屋さんの職人技が見られなくて残念だよ」
悲しそうに話すハルに、回転焼き屋の店主も悲しそうに眉を下げて、ハルに言葉をかけた。
「黒戦士様、明日は早く店を開けようと思っていたんですよ。夜明け前にはお店を開ける予定なので、いつでも来てくださいね」
店主からかけられた言葉は、ハルを気遣ってのものだと気づき、ハルは笑顔を見せた。
「ありがとう。じゃあ早起きしてここに来ようかな」
「お待ちしておりますよ」
そう言ってクロ焼きをハルとアッシュにひとつずつサービスしてくれた。
クロ焼きを食べながらハル達は歩き出す。
「今日で最後かと思ったけど、明日まで延期されたね。ラッキーだったよ、回転焼き屋さんは優しいよね」
「明日で最後ではないですよ。また帰って来た時にいつでも行けますから」
アッシュの言葉がハルの胸に響く。
『帰ってきたら』なんて、それはまるでハルは白い国の住民みたいだ。
ハルはへへへと笑ってアッシュに言葉を返した。
「そうだね。また帰ってきたら連れて行ってね」
「もちろんです。ずっと変わらずお待ちしてますよ」
――アッシュの言う「ずっと」はどれくらいの時間なのだろう。
「……すごく長い討伐になっても?ドンちゃんの話だけでは、どれだけ時間がかかるか分からなかったし、すごく先になるかも」
「ずっとですよ」
アッシュの言う「ずっと」は、限定される事のない期間のようだ。
この白い国でいつも一緒にいたアッシュの言葉は信用してもいいかもしれない。
彼は文官戦士で、この騎士団の中で仕事をしているから、遠くへ行ってしまう事はない。それに大切な物であるはずの魔法のステッキ剣まで貸してくれた人だ。
「じゃあ魔法のステッキ剣も、また帰った時に貸してもらってもいいかな?」
この国に帰る時は、魔法のステッキ剣は外せない。
ハルは次に帰って来る時の為に、アッシュにお願いをした。
ハルの言葉に、アッシュは明るい笑顔を見せた。
「魔法のステッキ剣は、クロイハル様が預かっていてください。私は若い頃、その剣を持って外の国を回りたいと思っていました。私の代わりに剣に外の世界を見せてあげてくれませんか?」
アッシュはいつもハルに優しい。
その言葉も、ハルが本当は討伐に行きたくない事を分かって言ってくれたのだろう。
彼はハルの心の拠り所になる物を渡そうとしてくれているのだ。
アッシュが言葉を続ける。
「もしクロイハル様が『許したくない』と思うものがあれば、許さなくても良いのですよ。相手の都合に『しょうがない』なんて思う事はないのです。表面上で受け入れてみせても、心の底では拒否し続けていても良いのです。他の人がそんな感情を許さなくても、私が許しますから大丈夫ですよ」
ハルはじっとアッシュを見つめた。
その言葉は、アッシュが今まで感じてきた想いなのかもしれない。ミルキー騎士団総長を弟に持ち、聖魔法を使えない彼は、複雑な思いをきっとたくさんしてきたのだろう。話す言葉からそんな重みが伝わった。
そんな彼の言葉は素直に受け入れる事が出来た。
「……本当は、私の可愛いケルベロちゃんを攻撃した子も、それを許す戦士さん達も、美人さん達を庇うドンちゃんも許せないんだ。ドンちゃんの指令だから向かうけど、あんな子達に会いたいとも思えないんだよ。そんな風に思っててもいいのかな?」
ハルの言葉にアッシュは朗らかに笑った。
「もちろん良いですよ。私が許します。私も諦めるしかない思いをたくさんしてきましたからね。過去の事に出来ない思いもいまだにあります。そんな私の事も許してくれると嬉しいですね」
「もちろん私も許すよ!」
「それは良かったです」
アッシュとの会話で、ハルはさっきまで押し潰されそうだった気持ちが晴れていった。
そこからは屋台巡りをして、たこ焼きやりんご飴をたくさん食べて、機嫌良く騎士団への帰途についた。
翌日。外が明るくなる時間に、アッシュと双子とミルキーと共に回転焼き屋さんに向かった。
街の屋台通りは、『黒戦士のお見送り』として全ての店が既に開店していた。毎日街の屋台を楽しむハルは、街の人から慕われていたようだ。
いつものように回転焼き屋を真剣に眺めてから他の店を見て回り、白い国を発つ日はとても楽しい日になった。
出発の馬車に乗り込む時、アッシュから彼が以前使っていたという白い腕輪を渡された。
――その白い腕輪は、ミルキー騎士団の騎士の証だ。
渡された腕輪にもたくさんの古い傷が付いていて、これにも彼の今までの時間が見えるようだった。
アッシュが柔らかな笑顔をハルに見せた。
「この腕輪には自分の魔力を込める事が出来るので、私の魔力をたくさん込めておきました。魔法のステッキ剣の魔力は、腕輪に剣の石をかざせば補充する事が出来ますよ。こちらも剣と共にお貸ししましょう」
「ありがとう、アッシュさん。大事に使うね」
そう言ってハルが手首に腕輪を通すと、ピッタリサイズに変化して、この世界は本当に魔法がある国だと再認識させられる。
「ピッタリサイズだ!パールちゃんとピュアちゃんともお揃いだね」
ハルが嬉しそうに双子に笑いかけると、討伐地へも護衛に付いてくれる事になった双子も、『クロイハル様が元気になって良かったわ』と、嬉しそうに笑い返した。
馬車の中で、馬車の揺れに合わせてグラグラと揺れるミルキーが、ハルにおずおずと話しかける。
『クロイハル様の、王子に対する誤解を解かなくては』
ミルキーはそんな思いに駆られていたのだ。
「あ、あの…クロイハル様。ドンチャヴィンチェスラオ王子は、決して少女戦士達を庇ったのではなく―」
「何?ミルキーさんは、女にだらしのない子の肩を持つつもり?…まさかミルキーさんまで、『美人は正義』とか思ってるの?……信じられない」
「ミルキー様、酷すぎます!」
話途中で言葉を遮られ、軽蔑の眼差しを送ってくるハルと双子に、それ以上はドンチャ王子を庇う言葉はかけられなかった。
ミルキーはキリキリキリキリと痛み出した胃を、服の上からそっと押さえて、そっとため息をついた。




