47.王子からの事情説明
微妙な沈黙を破るように、コホンと小さく咳をしてドンチャ王子が言葉を続けた。
「戦士達がカナリヤ国から向かった討伐先で色々あってな。『やっと一区切り付いた』と言っていいのかは分からないが、クロイハルを戦士達の元へ送る準備が整ったんだ。……ここまでの経緯を説明しよう」
そう言ってドンチャ王子は、これまでの戦士達の出来事を詳しく話してくれた。
ドンチャ王子の長い説明を聞き、ハルはふむと考え込む。
あんなにずっと一緒にいた戦士達だったが、とても長い間音信不通だったため、彼等とはすっかり縁が薄くなっている気がする。
少女戦士達と楽しく過ごしているのかと思っていたが、彼等はなかなか大変だったようだ。
王子の話では、英雄戦士達と少女戦士達が討伐地に着いた初日の夜に事件が起きたらしい。
緑戦士少女ライムが自分の使役する小型魔獣を使って、ケルベロスを使役しようとしたところ、小型魔獣は食われライムも襲われた。
仲間を助けようと、赤戦士少女アガットと青戦士少女マリンがケルベロスに攻撃魔法を仕掛けたところ、攻撃に刺激されたケルベロスに大怪我を負わされたそうだ。
三人の少女を襲った後にケルベロスは森へ逃げ込み、魔法攻撃と人間の血で興奮状態に陥ったのか、そのまま野生の魔獣へと戻ってしまい、フォレストの声も届かない状態だったという事らしい。
以前ハルに、『戦士達が帰って来ない』と話を聞いた後すぐ、ドンチャ王子が使いを飛ばして調べさせてその状況を掴んだそうだ。
すぐにオルトロスを使役するセージと、ミルキー騎士団総長のミルキーを応援に送り、数ヶ月経ったつい先日、ようやくケルベロスを捕獲する事が出来たようだ。
フォレストはケルベロスと再契約を結ぶ事が出来たらしいが、今はまだ不安定な状態のようで、ケルベロスは獣舎で頑強な鎖に繋がれているという事だ。
それでひとまず問題は解決したと見られたが、今度は滞在場所の森の様子がおかしくなった。
ケルベロス捕獲の為に森を騒がせ過ぎたのが悪かったのか、他の余計な魔物達を起こしてしまったようなのだ。魔物が魔物を呼び、今や森は魔物の巣窟のようになっているとの報告が上がったのは、つい先日の事らしい。
ドンチャ王子は、『英雄戦士達はそのままその地の討伐に入れ』との指令を出したという話だった。
ドンチャ王子は長い話を終えて、話を聞きながら考え込んでいるのか沈黙を続けるハルの事を思った。
『こういう大事な話をする時に、顔が見えないとはもどかしい』
王子はそう感じていた。
『クロイハルの表情が見えるならば、今彼女が何を思っているかを少しは予想出来るものを』
そう強く思いながらも、王子は戦士達の司令官としてハルに指令を与えた。
「今の討伐は、神からの啓示のあった討伐ではないが、クロイハルも黒戦士として英雄達の討伐を記録してほしい。現地に向かってくれないか?」
声をかけられて、考え込んでいたハルは意識を目の前に戻す。そして王子に質問をした。
「少女戦士達はどうしてるの?」
「彼女達も無事だ。怪我をした三人の傷は残るかもしれないが、マゼンタ様が完全に治癒したよ。彼女達はそのまま討伐地で英雄達と共にいる。これは彼女達が引き起こした騒動だからね、最後まで責任を取らせるつもりだ」
「……そう」
ハルの声が沈んだように感じて、ドンチャ王子は『少女達の未熟さが招いた騒動に、彼女達自身に責任を負わせるのは重すぎたか。クロイハルは慈悲深いからな』と、自分の判断を見直すべきかと悩んでいると、ハルが重ねて尋ねてきた。
「すぐに向かった方がいいの?」
「そうだな。出来れば明日にでもお願いしたい」
「……分かった。明日ここを出るよ」
そう言ってハルは口を閉じた。
私の可愛いケルベロちゃんに攻撃魔法をかけた子がいた。
それはケルベロちゃんに襲われても文句が言えない行為だろう。
ケルベロスが無事戻って来れたのは良い事だけど、ケルベロスは今、鎖に繋がれているらしい。
森で魔物が騒ぎ出したのも、少女がケルベロスに攻撃なんかするからで、そんな酷い事をする少女達をあのイケメン戦士達はいまだに側に置いているらしい。
ドンチャ王子は彼女達に罰を与えるどころか、英雄達の手を借りて物事を解決させ、彼女達に名誉挽回のチャンスを与えている。
『どいつもこいつも美人に甘い、女にだらしのない野郎どもだ』
――そんな奴らの為に、私の幸せな日々が終わろうとしている。
タブレットを見つめたまま暗い表情で俯くハルに、双子が心配そうに声をかける。
「クロイハル様…。大丈夫ですか?そんな問題しかないような少女戦士の元に行かねばならないなんて、本当にお気の毒です」
話しながらパールとピュアは涙ぐんだ。
「パールちゃん、ピュアちゃん、私の為に泣いてくれてありがとう。……しょうがないよ。
黄色い国で黄戦士さんが紹介した黄色い子は、超絶美人さんだったんだ。きっとあの子の仲間の少女戦士さん達も、すごく美人なんだよ。
国宝級美貌の戦士達がその子達と離れられないように、ドンちゃんも美人戦士さん達の名誉挽回に力を貸してるんだろうね。
普通だったら、最強の魔獣と言っても自分の仲間を攻撃した子なんて許せないはずだし、そんな大きな騒ぎを起こした子達との同棲を続けさせるなんて出来ないのにね。
本当に美人に甘いだらしない子達ばかりで、失望しかないよ。もうあんな子達、絶対仲良くしたりしない!」
「それは当然です。私も同じ事を思っていました。そんなふしだらな関係を許されるのかと」
「クロイハル様は何の関係もないのに、本当に酷な指令を出されますよね」
グスングスンと泣く双子の背を、ハルは優しく撫でる。
「元の世界でも『英雄色を好む』って言ったしね、本当にしょうがない事なんだ」
ハルの言葉に、目の前の女達の静かな怒りに当てられているミルキーが、震えながら尋ねる。
「……それはどう意味でしょう」
「優れた能力を持つ人は、女好きのだらしのない野郎ども、って意味だよ」
ハルは双子との会話に気を取られて忘れていたが、ドンちゃんアプリはまだ閉じられていなかった。
ハルが黙った時ドンチャ王子は、ハルが少女の身の上を心配したのかと思い、『少女達の責任の取り方を変えるべきか』と悩み、沈黙を続けていた。
そのうち始まったハルと双子の会話で、自分の考えていた事は間違いだと気づいたが、会話のあまりに酷い内容に声も出なかったのだ。
我に返って、「それは違う」と声をかけた時には、既に連絡は切れていた。
ここから誤解を解くための手紙を送っても、数日はかかるだろう。
討伐地での戦士達の関係は、かなり悪くなったと報告を受けている。
少女達を庇うマゼンタやメイズが他の戦士達を怒らせ、フォレストはケルベロスをなかなか捕獲出来ない事に焦りを感じて、フレイムやシアンを急かすような言葉をかけて言い合いになり、少女達を鬱陶しがってシアンはログハウスを出て、セージ達と過ごしているようだ。
少女達への処置は、『自分達で少女達との問題も解決するように』という、戦士達への罰でもあった。
決して少女達の名誉挽回のための処置ではない。
『失敗したな』
珍しくドンチャ王子は舌打ちをして、ハルへの長い手紙を書き綴った。
――その手紙は、ハルが受け取る事が出来ない手紙となる事をまだ誰も知らない。