46.白い国での日常
ハルの欠かせない日課のうちのひとつ。
それは回転焼きを焼く屋台を見学する事だ。
エクリュ国の街のメイン通りには、たくさんの屋台が立ち並んでいた。
なんとその屋台のお店は、ハルの知るお祭りの屋台そのもので、テンション爆上がりの街通りだった。
お祭りの日に立ち並ぶ屋台を見る時と同じ、浮かれた気分でひとつひとつのお店を見学していく。
たこ焼き屋にベビーカステラ屋、焼きとうもろこし屋にかき氷屋、綿菓子屋にお面屋さんもあって、ハルはギュッと胸を掴まれるほどの高鳴りを覚える。
そして中でも目が離せなかったのは、回転焼き屋だった。
以前バイトをしていた店の隣は回転焼き屋さんで、バイト先のお店に客が誰もいない時は、従業員さんが回転焼きを焼いていく様子をいつもガラス越しに眺めていた。
油を引いた型に、カッカッカッカッとリズムよく専用器具で生地を流し込み、スッスッと手際よく片面の生地に餡を乗せていく。程よい頃に、二つの生地を合わせて焼き上げる。
繰り返されるその作業は、どれだけ見てても飽きる事はなく、隙あればいつでも従業員さんの作業を見続ける事が出来た。
それがこの世界で再現されているのだ。
目を奪わられずにはいられない。
ハルは毎日、街への買い出しがないか騎士団内を聞いて回り、交代で付き添ってくれる双子かアッシュと共に、毎日街へ出て毎日回転焼きの作業を見守った。
お店の主人も、神に呼ばれた黒戦士が店の前に立つ事は縁起が良いと歓迎してくれた。
この世界の回転焼きの餡は黒小豆だ。
商品名は「アカあん」だったが、ハルが来てからは「クロあん」に名前を変えてくれた。
白い国の人は皆、ハルに優しかった。
そして白い国に来て嬉しかった事のひとつは、お肌の調子が上がった事だ。更には髪に艶も増した。
双子が頻繁にハルに浴びせてくれる神聖な浄化魔法は、マイナスイオンを浴びるかのように清廉な空気を纏わせる。
心が潤うような心地になるが、肌や髪も潤うらしい。
この世界に来た時はショートだった髪は、今では肩下を越える長さになっていたので、艶が増した髪を綺麗にカットして整えてもらった。
毎日街へ出るというお出かけ予定があるので、ドンチャ王子が送ってくれたハルに似合う色の服を着て、オシャレを楽しんだ。
魔法少女のようにステッキ剣を振り、オシャレをして街に出て、回転焼き屋の前に立つ。
毎日がとても充実していて、ハルは毎日がとても楽しかった。
そんな白い国での楽しい生活は、ハルにとっての当たり前の日常になっていた。
ある日。ミルキー戦士団の総長、ミルキーが帰ってきた。
「お久しぶりです、クロイハル様…」
儚げに微笑むミルキーは、以前より痩せたようだ。
顔色は悪く、話す声に覇気がない。風が吹けば飛んで行ってしまうようにも見えて、ハルは心配になる。
「ミルキーさん、大丈夫?元気がないね」
「私は大丈夫ですよ、ありがとうございます。あの、お話ししたい事があるので、応接室の方に一緒に来ていただけませんか…」
「うん。分かった。でもミルキーさんは何か食べた方がいいよ。先にご飯を食べよう?」
もし長い話になるならば、ミルキーは言葉を発するだけで酸欠状態に陥ってしまいそうで、ハルは怖かった。
遠慮するミルキーに「お粥だけでも」と勧めて、食堂へ連れて行った。
「お粥は熱いから気をつけな。ちゃんと冷ましてから食べるんだよ。梅干しも入れておくね」
「ありがとうございます。あの、大丈―」
話している途中でお粥が喉に引っかかって、ミルキーが咳き込む。
ゲホゲホと咳き込むミルキーが心配で、ハルは優しくミルキーの背中を撫でた。
双子はそんなハルの様子をなごやかに見守っていた。
食事が終わり、ハルと双子とアッシュはミルキーと共に応接室に集まった。
ミルキーはハルに心配をかけてしまった事を改めて謝罪した。
「クロイハル様、ご心配をおかけして申し訳ありません。エクリュ国の外は邪気にまみれている地が多いので、聖力が持って行かれてしまうのです…」
覇気なくミルキーがハルに説明する。
「そっか…ミルキーさん、お仕事大変なんだね。この国に帰って来るのが遅れるかも、って前にドンちゃんが話してたけど、思ったより遅かったから心配してたんだよ」
「申し訳ありません…」
「謝らなくていいんだよ」
ハルはミルキーの背中を優しく撫でる。
「このミルキー騎士団では、アッシュ兄様に良くしていただいたようでありがとうございます」
「私の方が良くしてもらってるんだよ」
ハルの言葉にアッシュが微笑む。
「クロイハル様の一番お近くに居させてもらっているのがアッシュ兄様と聞いてましたので、ここに兄様も集まってもらいました。クロイハル様のこれからに関わるお話になります…」
一気に長く言葉を発したせいか、ミルキーが休憩をするように口を閉じた。
ミルキーは少し口を休めてから話を再開させる。
「私は今までドンチャヴィンチェスラオ王子の命で、遠くに行っておりました。……色んな事があったのです。詳しい事は王子の方から話をしたいという事なので、王子に連絡していただけますか?」
「話……?何だろう。とりあえず連絡してみるね」
ハルは久しぶりにタブレットを手に取り、ドンちゃんアプリを開いた。
「もしもーし、ドンちゃん、久しぶり。ミルキーさんから、ドンちゃんが話があるって聞いたんだけど」
「クロイハル、久しぶりだな。エクリュ国では楽しく過ごせてるようで何よりだ。……クロイハル、大事な話がある。落ち着いて聞いてほしい」
「何かあったの?」
ドンチャ王子の口調が少し暗くなって、ハルは不安になる。この白い国に何か危険が迫っているのだろうか。
「戦士達はみんな無事だから安心してほしい」
「…………え?……戦士達?」
「……」
不安要素に戦士達の事は浮かばなかったので、いきなりの話題に付いていけず、ハルが戸惑った声で呟く。
そのハルの戸惑いが意味するものを、正確に理解したドンチャ王子は、戸惑って言葉を返す事が出来なかった。
エクリュ国で楽しい日々を送っているうちに、国宝級美貌の戦士達の事は既に昔話になっていて、ハルはもう随分長い間思い出すことも無くなっていたのだ。