45.魔法少女ハル
「いいな、パールちゃんとピュアちゃんは。あんな変身ステッキがあって。私もあんなステッキを持って、魔法使い少女をやってみたいな…」
ハルがポツリと呟いた言葉に、机の書類に目を向けていたアッシュが顔をあげた。
今は鍛錬中のため、側にいない双子の事を思いながら、知らずハルは一人言を漏らしていた。
護衛の双子が用事があったり武術の鍛錬中の間は、ハルはアッシュの執務室で過ごしている。
騎士団内で自由な行動を許されているハルは、色々な部屋を探索した結果、アッシュの執務室が一番過ごしやすいと判断して入り浸っていた。
他の白戦士に比べて圧倒的に背が高く、細身とはいえ戦士らしい体格のアッシュは、意外なことに戦闘戦士ではなく文官戦士だった。
アッシュはハルに構いすぎる事がなく、ハルがタブレットを触っていようが寝ていようがオヤツを食べていようが、特に気にする事なく自分の仕事を黙々とこなしている。
アッシュは執務室にいるハルを、自然に受け入れてくれているようだった。
彼の、カリカリとペンを動かす音だけが響く部屋は居心地が良く、ペンの音をBGMのように聞きながら好きに過ごす時間は、元の世界の自分の部屋にいるようで落ち着けた。
「いいな」と呟いたハルに、アッシュが言葉を返した。
「ミルキー騎士団の剣が気になるのですか?白戦士の剣は、神からの授かり物として与えられる物なので、白戦士以外の者は手に入れる事が出来ない物なんです。もし良かったら、私が若い頃に使っていた剣をお貸ししましょうか?」
アッシュの申し出に、「ぜひ!」と言いかけてハルは口をつぐむ。
ただ魔法少女の真似をするために、そんな大事な物を使うわけにはいかない。
だけどちょっと気になってしまう。
ハルが返事に葛藤する様子を見て、アッシュが笑う。
「もう使う事のない剣なので、どのように使っても大丈夫ですよ。私は聖力は多少あっても聖魔法の能力が無くて文官になった訳ですし、気にしないで使ってください」
「…じゃあ少しだけ貸してもらおうかな」
結局ハルは魔法少女の誘惑に勝てず、アッシュのステッキを借りる事にした。
借りたステッキ剣は、ただのステッキ剣では無かった。
ハルは聖力のカケラもなく、当然聖魔法も使う事は出来ないので、ステッキ剣に実用性は全く無い。
だけどツカの部分に埋め込まれている石にアッシュの聖力を込めてもらってからその石に触れると、ステッキの先がキラキラと光るのだ。
「すごい!本物の魔法少女のステッキだ!お願い、パールちゃん、ピュアちゃん。私にもステッキ剣を使う時の踊りを教えてくれない?私も2人みたいになりたいの!」
目を輝かせて双子に頼み込むハルを、アッシュは楽しそうに眺めた。
聖力は人並みにあっても聖魔法が使えないアッシュは、若い頃はそんな自分自身を受け入れる事が出来なくて、死に物狂いで修行を重ねた。その時に使っていたのが、ハルに渡した剣だった。
当時は、弟のミルキーが神に近いとされるほどの実力を持つ事も、自分の焦りを深めていた。
現実を受け入れられるのに随分と長い年月がかかり、やっと聖魔法を諦められた後でも、あの剣を見る事も出来ずに仕舞い込んでいた。
『苦しい思い出しかない剣だったが、神に呼ばれたという黒戦士がああやって楽しそうに遊んでくれるなら、思い出も楽しいものに塗り替えられそうだ』
心の奥に仕舞い込んだ思いに、少し解放された気分がしてアッシュはほっと息をついた。
剣を手に入れたハルは、双子に付いて浄化魔法をかける手伝いをする。
自分も魔法少女に成り切って、ステッキの先を光らせて双子に習って舞を踊った。
ミルキー戦士団の戦士達は、神のように優しい戦士達ばかりなので、ハルの形ばかりの浄化遊びに呆れた目で送ってくる者はいない。
『いい歳をして馬鹿な女め』
そんな事を言ってくる者がいない世界はとても楽しかった。
剣に込めてもらった聖力が切れると光らなくなるので、光が切れるたびにアッシュの執務室に向かい、聖力を補充してもらった。
『調子に乗って光らせ過ぎかな。疲れちゃうかな?』
そう思ってアッシュの顔を伺うと、アッシュはハルの気持ちに気づいてくれて、明るく笑い返してくれる。
「この剣に使うくらいの聖力なんて微々たるものですから。気にしないでいつでも来てください。剣を楽しんでもらえて嬉しいです」
その言葉通りに、いつお願いしに行ってもアッシュは朗らかに笑ってくれるので、ハルは遠慮なく執務室を訪れた。
聖力をもらうばかりでは申し訳ないので、ハルは厨房に寄ってもらってきたお菓子を分け合ったり、宿舎前に咲いている綺麗な花を詰んで届けたり、白く輝く綺麗な小石を拾ってプレゼントしたりした。
拾った石は、ハルが本気で良いと認めた石ばかりだ。
「これは宝石の原石かもしれないよ。そのうち鑑定士に見てもらうといいよ」
ハルは真剣な顔をしてそう言ってくるので、アッシュは小石を捨てる事も出来ずに、執務室にある飾り棚に置いた。そうするとそこにハルが毎日一個ずつ小石を増やしていくので、飾り棚には小石コーナーが作られていった。
聖力が補充された剣を持って、ハルが双子達と楽しそうに執務室を出て行った後、アッシュは日々増えていく飾り棚の小石を眺めた。
また今日も石がひとつ増えた。
ミルキー戦士団の周りは、聖力と聖魔法で土地からも浄化されている。
石が輝くのはその為で、輝いたからといって石に価値が出る訳ではない。
石は石であり、何の価値もない。
だけどハルが毎日あまりにも嬉しそうに光る石を探すので、双子も、ハルの石探しを見かけた戦士も、石に価値が無いとは誰も伝えない。
『神が呼んだという黒戦士のする事は全て意味がある』と温かく見守っているそうだ。
聖魔法を使う一族の中で、その能力を持たなかった自分は、『見せかけだけで光る、価値のないその石のようだ』とアッシュは思う。
だけど価値の無い石に価値を見て、自分に毎日自慢げに贈ってくれるハルは、文官戦士の自分を掬い上げる神の遣いのようだなとも感じていた。
就寝時間になり、ハルはベッドに寝転んだ。
今日もよく遊んだ。
本当にこの魔法のステッキ剣は素晴らしい。
ハルは眠る時も肌身離さず持ち歩いている魔法のステッキ剣を持ち上げて眺めた。
アッシュの魔法のステッキ剣は、使い込まれたような跡が見られた。所々に無数の小さな傷がある。
「文官になったから使うことはない」
そう言って、アッシュは何でもない事のように笑っていたけど、きっと聖魔法を使えるようになる為にとても努力したのだと思う。
それだけ努力したものを諦めるには、どれだけの思いをしてきたのだろうとハルは考える。
ミルキー戦士団の総長を弟に持ち、優れた聖魔法の能力を持つ白戦士達に囲まれ、その中で文官として生きるアッシュは、どこか置かれた環境が自分と似ているように見えた。
国民的美貌を持つハイスペックな戦士達に囲まれた自分。
それは戦闘能力のカケラもなく、自分で身を守る事も出来ないにも関わらず、英雄と呼ばれる者の中にいる異色の存在だ。自分とはあまりに違う彼等に、あまり近づきたいとは思えなかった。
そんな自分と同じような環境にいる中、朗らかに笑い皆に親しまれているアッシュは、とてもすごい人だ。
『私もアッシュさんみたいに、自分を認める事が出来る人になりたいな。……多分私には無理だけど』
そんな風に思いながら、アッシュの魔法のステッキ剣を眺めた。