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44.白い国

その日の夜遅くに、ハル達はミルキー騎士団の宿舎に到着した。

宿舎と聞いて、ハルは社宅のようなイメージを持っていたが、滞在先とされる建物は神殿のような造りをしていた。


乗っていた馬車を降り、目の前に建つ建物を見てハルが呟く。

「何だか有難い感じがする建物だ…」

「神に近いとされるミルキー様率いる騎士団ですからね。…あ、迎えの者が参りましたね」

パールが話の途中で建物から出てきた男に気づき、ハルに説明した。



こちらに向かって歩いてくる男は、温かみのあるミルク色の髪をした背の高い男だった。

国宝級美貌の戦士達のように体格がいい訳ではないが、背はおそらく同じくらいあるように見える。


男はハルの目の前に立つと、騎士の礼を取り挨拶をする。

「私はミルキー騎士団の戦士、アッシュと申します。クロイハル様には、弟のミルキーが大変お世話になったようですね。本当にありがとうございます。不自由な事もあるかとは思いますが、どうぞこの騎士団宿舎でゆっくりとお過ごしください」


そう話して顔を上げ、くすみのある濃い灰色の目でハルを見つめた。

ミルキーの兄のようだが、薄いグレーの瞳のミルキーとは、目の色は違うようだ。


「ミルキーさんのお兄さんなんだ。あまり似てないね。ミルキーさんは元気かな?身体が弱いから心配してたんだよ」

ハルの言葉にアッシュが相好を崩した。

「ミルキーは神に近く、穢れに弱いですからね。神聖な空気の中にいれば、すぐに体調を戻す事が出来るから大丈夫ですよ。ああ見えて強い男ですから」



ミルキーほど『強い男』という言葉が似合わない者はいないように感じたが、兄を名乗る者の言葉に嘘はないだろう。

ハルはそう納得して頷いた。





エクリュ国で過ごす日々は、控えめに言っても最高だった。

一日の始まりからして違う。


朝、起床の時間になるとパールとピュアがハルの部屋に来て、部屋の空気を浄化してくれる。

その澄み切った清廉な空気に、ハルの寝ぼけていた頭がスッキリとして、毎日爽やかな朝を迎えていた。


着替えて向かう食堂での朝食は和食そのもので、ハルにとっては馴染み深すぎる味であり、『エクリュ国の伝統食ですよ』と説明されたが、日本と通じるその味にいつでも感動しかなかった。


元の世界で一人暮らしをしていた時は、いつでもトースト一枚とカフェオレが朝食メニューだったし、何なら昼ごはんも夜ご飯も食パンで済ます時があったくらいだ。

お味噌汁や焼き魚や卵焼きまで揃った朝食など、贅沢が過ぎる。


美味しい、美味しいと嬉しそうに食事を取るハルを、双子も嬉しげに見つめてハルに声をかける。

「他の国では『味がしない』と敬遠される事があるエクリュ国の食事が、クロイハル様のお口にあったようで嬉しいです」

「そんな事を言う人がいるの?この味の良さが分からない人に、食べさせてあげる事はないよ」

ハルの返す言葉に、双子はころころと笑った。



底抜けに明るい双子は、そうは見えないが、戦士として相当の実力者らしい。細いステッキのような剣を振り、聖力を持って魔獣さえも倒すそうだ。


側にいる双子が、度々そのステッキを使って浄化してくれるその剣は、まるで子供の頃に憧れた魔法のステッキのようだった。

踊るようにステッキを振って魔法を放つと、キラキラと光が煌めく。あとはキメの言葉さえ唱えれば、日曜日の朝に放送されてるような魔法少女そのものだった。


双子がステッキを振る瞬間、いつもハルは心の中でキメのセリフを唱える。

『輝く白の力、パールホワイト!ピュアホワイト!聖なる光を受けてごらんなさい!』




ハルは建物内のどの場所へも自由な出入りの許可をもらっているので、この宿舎に着いてからの数日間は、色々な場所を覗いてみた。

厨房に寄ってオヤツをもらったり、戦士の訓練を見学したり、屋上に上って街の様子を眺めて見たりして、初めて見る物が多くて、なかなか見学のし甲斐があって楽しめた。



そんな風に過ごしていた日々の中、ハルはある異変に気がつく。

ずっと手首に付けていた、フレイムとシアンが作ってくれたブレスレットが消えそうになっていたのだ。


「あれ?このブレスレット、こんなに細かったっけ…?繊細な作りはしてたけど、こんな糸みたいには細くなかった気がするんだけど」


不思議そうにブレスレットを眺めるハルに、双子が申し訳なさそうな顔になる。


「そのブレスレットは英雄様の魔力で作られた物ですよね?英雄様は、魔獣を討伐する事で魔力を鍛え上げるのですが……。魔獣とはいえ殺戮によって力を得た魔力は、強い聖力を浴びると浄化されてしまうものなのです。ハル様をお守りするためとはいえ聖力を纏っていただいている為に、申し訳ありません」


謝る双子にハルは笑いかけた。

「そうだったんだ。大丈夫だよ。パールちゃんとピュアちゃんの聖力でいつでも癒されてるんだ。いつも本当にありがとう」


ハルの笑顔と優しい言葉に、双子はホッとしたように微笑んだ。





「あ……」

その日の夜、ハルがベットに横になって手首を見た時、細く糸のようになっていたブレスレットが消えてしまった。


ブレスレットをくれた、二人の戦士達との繋がりはこれで切れてしまった。



ハルは戦士達の事を思い出す。

この世界に来てからずっと一緒にいたあの戦士達は、ある日突然美少女戦士達と旅に出て、すぐに帰ると言いながらそのまま帰ってこなかった。

この世界で初めてハルの味方になってくれた緑戦士の叔父も、何も話さないまま自分を白い国に向かわせた。



五人の国宝級美貌の戦士と、五人の美少女戦士は、きっとお似合いのカップル達になるだろう。

もしかしたら自分の事など忘れてしまって、既に新しい旅に出ているのかもしれない。


セージもとっくに自分の屋敷に戻っていて、ハルをここに置いたまま、一族長として忙しい日々を送っているのかもしれない。


真実は知り得ないが、誰も自分を必要としていない事は分かる。

それならばもう彼等は、自分には関係のない話だ。



ハルはしばらくぼんやりと何も無くなってしまった手首を見つめていたが、手を下ろして目を瞑り、ふうと静かに息をはきだした。



辛うじて繋がっていた物は消えてしまった。


こうして目に見える物が無くなってしまうと、今まであった出来事は実は夢だったのではないかと思えてくる。

国宝級美貌の戦士達は、完璧過ぎて現実味のない男達で、映画の中にいる人のようだった。

ハルが気づかなかっただけで、映画は既に終わっていたのかもしれない。


そんなことを考えながらハルは深い眠りについた。



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