43.国宝級美貌の戦士達の事情
セージに届いたドンチャ王子からの手紙の内容は酷いものだった。
事の始まりは、五人で討伐隊を組んでいる少女達が、憧れの英雄戦士達がカナリヤ国に入ったという情報を掴み、ピサンリの店に突撃した事から始まったようだ。
自身の美貌を自覚している少女戦士達は、閉店間際の客の少ない時間を狙ってお店に入り、その容姿を武器に、まずは女の子に甘いマゼンタを引っ掛けて話の取っ掛かりを掴んだ。
「私達も英雄様達のように、世界の為に出来る事をしたいのです。困っている人を救う事が出来ればと常日頃から思っています。どうか英雄様達の休暇中、私達の討伐に付いていただいて、私達の至らない点を教示してください」
マゼンタを通して、英雄達に自分達の話を聞いてもらう場を作ってもらい、そう泣きついたらしい。
比較的押しに弱いフォレストとメイズに、涙ながらに熱い思いを語って味方に付け、一晩粘ってフレイムとシアンを渋々ながらも了承させた。
英雄達を落とした能力は、確かにすごいとしか言いようがない。
結局は英雄達との仲を深めたかっただけのようだが、見事にその腹のうちを隠し通せたようだった。
邪魔だと思っていたクロイハルが同行しない事もあって、意気揚々と討伐へ向かったが、その先で少女達は色々とやらかしてしまう。
討伐地に着いたその日の深夜。
フォレストのいない獣舎で、緑戦士ライムがケルベロスを使役しようとする騒動を起こした。
フォレストにずっと憧れていたらしいライムが、「クロイハルがケルベロスを懐かせてる」と聞いて対抗心を燃やしたのが動機だったようだ。
自分もハル以上にケルベロスを操ってみせて、フォレストに認められたかったのかもしれない。
だけどハルはケルベロスを使役している訳ではない。
何故か分からないが、ハルはケルベロスに愛情を注いで勝手に構っているだけだ。
ケルベロスもハルが自分を害する訳ではない事が分かっているし、無条件に可愛がってくるハルを受け入れているだけで、命令を聞いているわけではない。
害のないハルのワガママに、遊び半分で付き合っているだけなのだ。
ケルベロスは誇り高い魔獣だ。
本来ならば使役者のフォレストさえも、常々気を張らなくてはいけないレベルの魔獣であり、クロイハルが例外なだけで、他の者がフォレストのいない所でケルベロスの前に出る時点で死を意味する。
目の前に出るだけでも危険だというのに、ライムは自分の使役する小型魔獣を使って、ケルベロスを無謀にも使役しようとしたらしい。
そんな無礼な者をケルベロスが許すはずもなく、使役魔法を使おうとした瞬間――ライムの使役する小型魔獣は食われ、ライムの体にはケルベロスの鋭い牙が食い込んだ。
当然の結果だ。
共にいた赤戦士少女アガットと青戦士少女マリンが、咄嗟にケルベロスに剣で攻撃したが、ケルベロスの更なる怒りを買っただけで何の攻撃も効かず、二人とも鋭い爪に引き裂かれてしまった。
そしてケルベロスはそんな三人を置いて、森の中に逃走してしまう事になる。
少女達の叫び声に英雄達が獣舎に駆けつけたが、夜中という事が事態を悪くした。
夜中の森は、いくら英雄達といえど危険すぎる。朝を待ってからのケルベロスの追跡とする事を、戦士達は判断したようだ。
それは賢明な判断だったと言える。
怪我をした三人はすでに意識がない状態で、すぐにでも治癒魔法をかけなけねばならない緊急事態だったが、マゼンタはちょうど桃戦士少女にちょっかいを出していたところで、駆けつけるのが出遅れたようだ。
――そこはマゼンタらしいと苦笑するしかない。
結果的に治療にとても時間がかかったし、三人の命は無事だったが大きな傷跡は残りそうだという。
治療に当たったマゼンタ以外の戦士達は、夜明けを待ってケルベロスを探したが、どうやっても見つける事は出来なかった。
今はもう使役者のフォレストの言葉も届かないようだ。
『人間の血と攻撃魔法で、興奮状態に陥ってるのかもしれない』
同じ魔獣の使役者のセージは、そう分析する。
原因が原因だけに、ケルベロスに非を見てすぐに処分されるという事は無いだろうが、見つけたケルベロスを元のように使役出来なければ処分される可能性はある。
使役する魔獣を失えば、フォレストの魔獣使いとしての英雄戦士の称号は剥奪される事になるだろう。
――ケルベロス使いであってこその称号だからだ。
魔獣を倒すよりも使役させる方が難しい。
ケルベロスほどの大型魔獣と契約するなど、生涯に一度きりのものだ。
英雄戦士の称号を失ったフォレストは、この先どうやって生きていくだろうか。
結局数日経ってもケルベロスの姿を確認する事は出来ず、その報告を受けたドンチャ王子は、魔獣使い一族の長である自分にも捜索に加わるように指令を与えた。
確かにケルベロスに匹敵する魔獣は今、オルトロスしかいないだろう。しかし二頭の戦闘能力を比べれば、ケルベロスの方が遥かに高い。
自分達も無事に済むとは思えない。
セージは、白戦士の国エクリュ国に送ったハルの事を考える。
クロイハルはもうエクリュ国に着いただろうか。
何の連絡もなく帰って来ない英雄達の事をどう思っているだろう。
色んな事が無事に解決した時に、クロイハルは英雄達をまた仲間だと認めて、再び討伐に向かうだろうか。
――何も話さずに離れた自分に、呆れずにまた懐いてくれるだろうか。
英雄達の休暇が決まった時、マラカイト国に無理にでも皆を呼び寄せれば良かったのだろうか。
……自分がお膳立てして、フォレストとクロイハルの仲を取り持てば、ケルベロスも今頃ハルの側にいただろうか。
クロイハルに対しても不安と後悔ばかりで、今回の出来事に安心出来るものは何ひとつない。
セージはまた深いため息をついた。
共に馬車に乗るオルトロスもセージの緊迫した様子を感じるのだろう、低く唸り警戒する様子を見せていた。