41.帰ってこない戦士達
美少女戦隊達と討伐に出た英雄戦士達は、数日経った今もまだ戻って来ていない。
予定を変更して翌日には帰るとメイズは話していたが、どうやら盛り上がっているらしい。
ハルはメイズの屋敷の中で一人で過ごしていた。
ピサンリはお店の仕事があったし、ハルはお店の手伝いに行くことはしなかった。
またあの身体の大きな街の人々に騒がれたら、ケルベロスがいない今は逃げる事も出来ない。
そんな危険な場所には怖くて近づく事が出来なかった。
ベルもいないから、極上のソファーもない。
何となく手持ち無沙汰で、タブレットをいじってみる。
暇を持て余して、ドンちゃんアプリを開いてみた。
「…ドンちゃん、ドンちゃん何してる?」
用事がある訳ではないので、伺うようにそっと声をかけてみる。
彼はああ見えても一国の王子だ。暇つぶしに選んでいい相手ではない。
「クロイハル?どうした?何かあったのか?」
いつもは元気よく呼びかけてくるハルが、今日は遠慮がちに呼びかけてくる。それに気づいたドンチャ王子が、心配そうに返事をしてくれた。
「何もないよ。変わらず元気だよ。ちょっと退屈してたんだ。ドンちゃんは忙しい?」
「大丈夫だ。じゃあ話でもしようか」
忙しいはずのドンちゃんは、そう言ってハルの相手をしてくれた。
ハルは、カナリヤ国は黄色い国で、ピサンリのお店が可愛いひよこ色をしている事や、綺麗なレモンシャーベット色のワンピースを買ったこと、ひよこ色の工芸茶を見つけた事をドンちゃんに話した。
カナリヤ国に来てから外に出たのは、最初の二日だけだったので、新しく話す事がない。
すぐに話題が尽きてしまったハルの様子で何かを感じたのか、ドンチャ王子がハルに尋ねた。
「今は休暇中だろう?みんなと出かけたりしないのか?」
「みんな遊びに行っちゃって、まだ帰って来ないんだ。ケルベロちゃんもいないし、みんなが帰るまで留守番してるって約束したから、家でのんびりしてるとこ。でもピサンリさんもいないし、ちょっと退屈してるんだ」
ハルの言葉を聞いて、ドンチャ王子は不審に思った。
『戦士達みんながクロイハルを置いて遊びに行っている?』
ハッキリとした事は分からないが、数日は出かけているようだ。
確かに休暇中に仲間であるクロイハルの面倒を見る必要はないが、身を守る術を持たないハルを一人にさせる時間が長すぎる。
今回の討伐が予定よりかなり早く終わったため、ハルの護衛にミルキーを向かわせるまでに時間がかかりそうだった。今ミルキーは、別の任務に就いている。
『誰か他の者を向かわせなくては』
ドンチャ王子はそう考えると、ハルには優しく声をかけた。
「クロイハル、レモンシャーベット色の服が気に入ったんだな。マラカイト国ではミントグリーンの服が気に入っていたようだし、好きそうな色の服をすぐに色々送ろう。もちろん動きやすいものを選ぶよ。服が届いたら気に入ったものを選んで、たくさん出かけてみればいい」
「ありがとう、ドンちゃん。そうしようかな」
それほど出かけたい訳ではなかったが、ドンチャ王子の気遣いが嬉しかったので、ハルは素直にお礼を伝えた。
その日の夕方、マラカイト国のセージが屋敷を訪ねてきた。
「あ!オルトロちゃん!!オルトロちゃん、遊びに来てくれたの?」
オルトロスの姿を確認した途端、ハルはオルトロスに駆け寄って抱きついた。
もっちり感触が気持ちがいい。
「今日も最高に可愛いね!オルトロちゃんは本当に可愛い良い子だよ…」
ギュウウっとオルトロスにしがみついて離れないハルに、セージが笑いかけた。
「クロイハル、久しぶりだな。英雄達が帰るまで、僕がクロイハルの側に付くことになったんだ」
「え?セージさんが?……もしかしてドンちゃんから連絡があったの?」
どうやらドンチャ王子からセージに、ハルの側に付くように指令が出たらしい。
ドンチャ王子と話したのは昼前だ。きっとあれからセージに連絡が入って、すぐにセージは国を出たのだろう。
『しまった。余計な事を話してしまったみたいだ』
「ごめんね、セージさん。セージさんは緑戦士さんの一族の長だって聞いたよ。こんなに早く来てくれたって事は、仕事途中だったんでしょう?私は大丈夫だから、仕事を優先してね」
申し訳なさそうに落ち込む様子を見せるハルに、セージは何でもない事のように明るく言葉を返してくれた。
「いや、僕の仕事は大した事はしてないから大丈夫だ。仕事の事は気にしなくていい。明日から色々出かけてみよう、僕もカナリヤ国で遊ぶのは久しぶりなんだ」
明るい笑顔でセージは言葉をくれるけど、そんなはずはないだろう。
セージが無理をして来てくれた事は、さすがのハルにでも分かる。だけど、ドンチャ王子からの指令では、勝手にハルの側を離れる事は出来ないだろう。
それならば。
「セージさん、私がセージさんの国に行くよ。セージさんのお屋敷にいて、また次の討伐が始まる時に、みんなと合流すればいいよ。だからちゃんとセージさんは仕事をちゃんと片付けてね」
ハルの言葉にセージは眉を下げた。
本当はやるべき仕事を置いてここへ向かって来ていたからだ。
「……返って気を使わせてしまったな。悪かった」
「大丈夫だよ!オルトロちゃんも一緒だし嬉しいよ!」
そう言ってハルはまたギュウッとオルトロスを抱きしめた。
ブライトとピサンリに事情を説明して話し合った結果、今日はメイズのお屋敷にセージも泊まって、明日の朝にマラカイト国に向かう事になった。
翌日の朝、早々にお別れとなったハルに、ピサンリは残念そうな顔をして声をかけた。
「残念だわ…。クロイハルちゃんともっと遊びたかったのに。本当にメイズったらしょうがない子ね。帰ったら叱っておくわ」
ピサンリの言葉に、ハルは首を振る。
「黄戦士さんは討伐中とても頑張ってるし、いつも私はお世話になってばかりなんだ。だから休暇中くらいは私の事なんか気にしないで、ゆっくり楽しんでてほしいんだよ。ピサンリさん、色々ありがとう」
「クロイハルちゃんは本当に優しいわね。うちの子には勿体ないわ」
そう言ってピサンリは優しく笑ってくれた。
マラカイト国に向かう馬車の中。
ハルはオルトロスを優しく撫でながら話しかける。
「オルトロちゃん。黄戦士さんが家に帰って来なくて、ピサンリさんも寂しそうだったね。早く可愛いお孫ちゃんを連れて帰ってくれるといいね。淫らすぎる女遊びはいただけないけど、お孫ちゃんがいれば寂しくなくなるよね」
オルトロスに話しかけるハルの言葉を聞き流しながら、セージは嫌な予感を感じていた。
戦士達が連絡もなく帰って来ないなんて、明らかにおかしい。おそらく何かあったのだろう。
『英雄達の事だから滅多な事はないだろうが、近いうちにドンチャ王子から連絡が入りそうだ』
そう思ってセージは、不穏な予感に静かにため息をついた。