38. ピサンリさん
「可愛い!このパン、ひよこカラーしてる!うわあ…これだけ可愛いと食べるのが勿体ないよね。持って帰って飾っておこうかな」
「ふふふ、ひよこパンを気に入ってくれたのね。それはちゃんと食べてね。ひよこパンの見た目が好きなら、明日雑貨屋さんに一緒に行きましょう?明日は定休日なのよ。たくさん気にいる物が見つかると思うわ」
「本当に?行く行く!ピサンリさんとのお出かけ楽しみ!」
食事の席で盛り上がる女性2人の会話を聞いて、メイズが冷たい声で母に話しかける。
「この店に定休日なんて無いだろう?」
「まあ!メイズったら何言ってるのかしら。しばらく私は仕事を休むわ。メイズがお店を回しなさい。ずっと長い間、休みなく働いてきたんだもの。親孝行は必要よ」
「………」
母の息子に対する扱いが酷い、そうメイズは思う。
『自分は英雄としてずっと討伐の旅に出ていたというのに』
はあとため息をついたメイズを見て、ハルがピサンリに申し出る。
「ピサンリさん、私がお店を手伝えるよ。飲食店でバイトをした事もあるんだから」
「まあ、頼もしいわね。お願いしようかしら」
「いや、やっぱり僕が手伝おう」
流石に親の店を潰すわけにはいかないと、メイズが名乗り出た。
『ここ数年、確かに家に立ち寄る事もなかった。しばらく親孝行してもいいだろう』
そう思って諦めた。
「ピサンリさんのご飯もすごく美味しい。さすが黄戦士さんのお母さんだよね、全然お母さんに見えないけど。私と同じくらいに見えるよ。…私が大人っぽいのかな」
へへへとハルが笑う。
「まあ、ありがとうクロイハルちゃん。そうね、私達が並んだら、きっとお友達にしか見えないわね。明日お揃いの服を買いに行きましょうか」
「お揃いの服を着たら、私が霞んで消えてしまうかもしれないね」
「まさか。クロイハルちゃんは可愛いわよ」
盛り上がる2人だけの世界に、男達は入れない。
このカナリヤ国の休暇中に、ハルとの距離を詰めるのは無理だろうと戦士達は悟った。
戦士達にとって、ハルはとても難しい相手なのだ。
「これからピサンリさんの家に持っていくお土産を選びに行くところなんだ」
「まあ、お土産なんていいわよ。だけど街へ買い物に行くなら案内するわ。メイズ、後はよろしくね。私達は買い物に出て、そのまま屋敷に向かうわ」
母親の仕打ちにメイズが反論する。
「僕は朝からの旅で疲れてるんだよ。今日は無理だ」
「ピサンリさん、私は寝てただけだから疲れてないし、手伝いは私に任せて!」
「いや、やはり僕がやろう。買い物に行ってくればいい。店が片付いたら僕も帰るよ」
ハルの申し出を即断って、メイズは自分の運命を受け入れた。
そんなハルとメイズを見て、『クロイハルちゃん、良い子が来たわね』と、ピサンリは喜んだ。
「じゃあ、みんな。お店の手伝い頑張ってね」
「皆さん、お願いしますね」
5人の戦士達を置いて、楽しそうに2人の女子は買い物に出かけて行く。
「どうして私達も手伝わなきゃいけないのよ」
マゼンタのボヤキに、フォレストがため息をつく。
「しょうがないでしょう。『イケメンとは街を歩かない!』って言った時のクロイハルの顔、すごかったでしょう?」
「確かに必死過ぎる顔だったな」
フレイムがハルの顔を思い出して笑う。
「まあ、あと2時間ほど店を開けておいて、適当な所で切り上げよう」
そうメイズが皆に声をかけたが、店を出る事ができたのは、翌日の未明になるとはこの時誰も予想出来なかった。
英雄達がピサンリの店に集まっているという話を聞きつけた街の人々が店に殺到して、客達はみんな帰ろうとしなかった為だった。
そんな英雄達の運命など知らず、ハルとピサンリは街を歩く。
「あ、お茶屋さんだ。あれって工芸茶かな?お湯を入れると花が開くやつ」
「そうよ。クロイハルちゃんの世界にもあるの?」
「うん。あったよ。あんなに可愛い色じゃなかった気がするけど。あ、ピサンリさんと同じ色のお茶がある!あれをお土産にしよう。すごく可愛い茶葉の色だから、可愛いピサンリさんに似合うよ」
「まあ、嬉しいわ。屋敷に着いたら一緒に飲みましょう?」
「楽しみだね!」
ピサンリは、メイズの母とは思えないくらいに若くて可愛い人だった。
身体の大きなメイズの母だけあって、背は高いけど、メイズのような威圧感はない。若く見えても大人の女性なので、物腰も柔らかい。
国宝級美貌の戦士達の仲間という立場を嫉妬される事もなく、ハルは安心してピサンリと過ごす事が出来た。
護衛としてケルベロスも付いてきてくれるし、ハルにとってのカナリヤ国初日は、とても素晴らしい日となった。
ピサンリの屋敷には、ピサンリの夫のブライトが待っていた。
彼はメイズの父でもあり、『黄戦士さんも歳を重ねたらこんな感じなんだろうな』と思わせる、かなりのイケオジだ。
ブライトもやっぱり大人の男性の余裕ある態度で、妻と仲良さように笑い合うハルを好ましく思ってくれたのか、優しく迎え入れてくれた。
ハルはそんなメイズの両親が好きになったし、三人だけの夕食の席はとても楽しかった。
「戦士さん達みんな帰って来ないね。また女の子をたくさん侍らせて遊んでいるのかも」
「まあ、あの子ったらそうなのね。どうりでカナリヤ国に帰って来ても、家に寄りつかないはずだわ。長い間あの子ったら顔も見せなかったのよ。今日もこのまま帰って来ないつもりかしら」
ため息をつきながら話すピサンリに、ハルは悲しそうに眉を下げてピサンリを慰める。
「ピサンリさん、大丈夫だよ。黄戦士さんはイケメンだから、そのうち可愛いお孫ちゃんを連れて帰ってくれるはずだよ。男の子だったら、ブライトさんにも似てるかもしれないね。女の子だったらピサンリさんみたいに可愛い子だろうな」
「まあ、それは楽しみね」
ふふふと楽しそうに笑う妻を、ブライトは優しい目をして眺めている。
『素敵なご夫婦だな』
ハルはメイズのご両親が更に大好きになった。
ブライトは、妻のピサンリが『メイズが家に寄りつかない』と怒っている事を知っている。
夕食前にメイズから、『店に客が殺到して当分帰れそうにない』と連絡が入っていた。
勿論ピサンリもその連絡を受けている。
息子のメイズは、黒戦士の事を気にいる素振りを見せたのかもしれない。女遊びを否定しないのは、きっと息子に対する嫌がらせなんだろう。
『可愛いピサンリを怒らせるメイズが悪い』
そう思いながらブライトは、いつまでも若くて可愛い妻を優しい目で見つめていた。