36. 徹夜明けって無理
「お前はどれだけ夜更かししたら、食べながら眠れるんだ?」
フレイムが呆れた声でハルに話しかける。
フレイムの声にハッと目を覚ましたハルは、止まっていた口をもぐもぐと動かす。
ヤバい。噛んでいる途中で寝落ちしかけていた。流石にお年頃の女子としてはマズいだろう。
『しっかりしろ!今は朝ご飯中だ!目を覚せ!』
そう自分を叱咤するが、すぐに眠気が襲ってくる。
やっぱり口を動かしてる途中で寝かけてしまう。
結局あれから明け方近くまで、ハルは頑張ってシアンを引き留めるために話し続けた。
途中、話しながら寝落ち仕掛けたが、あまりにも眠すぎて『今ならナキドリの鳴き声も聞こえないくらいに爆睡できる』という事に気付けなかった。
外が明るくなってきた頃、やっと鳴き声が止んでいる事に気づき、シアンを解放してあげる事が出来た。
もう何をどこまで話したか覚えていないけど、しょうがない話ばかりしていたように思う。
そして今はものすごく眠たい。
食べながらフラフラと揺れるハルの身体を、ベルが心配そうに見上げている。
フレイムが静かにため息をついてハルに告げる。
「クロイハル、お前は今日の討伐は参加しなくていい。ここで寝とけ」
その声にハッとハルは目を覚まし、慌ててフレイムに言葉を返した。
「討伐は一緒に行くよ。ちゃんとみんなの討伐を記録するよ、私の仕事だからね。大丈夫!タブレットを固定して、録画ボタンを押したらベルと一緒に寝て待ってるから。記録はしっかり守られているし、みんな安心して討伐頑張ってね」
「……そうかよ」
たとえ起きていても討伐の役に立つことは無いので、ハルの事は気にしない事にした。このやり切れない怒りは、魔獣に向ければいい。
シオンが何か小言のひとつでも言うかと思ったが、黙って食事を続けていた。
その日の夕方。
討伐組が討伐を終えて、後方に控えるハルの所に向かうと、ハルが晴れ晴れとした顔で皆を労った。
「みんな、お疲れさま!もう夕方だね。今日は本当に長い時間頑張ったよね。黄戦士さん、夕ご飯の用意が大変だろうし、私も手伝うよ」
「いや、大丈夫だ。クロイハルも一日ここで眠って疲れただろうし、帰ってゆっくりすればいい」
「じゃあ、そうしようかな」
黄戦士の断りに機嫌を損ねる事なく、ハルは元気に応えた。
フレイムは、そんなハルを見てはあとため息をつく。
今日の討伐は大変だった。
どれだけ片付けても次々と沸くように魔物が出てきてキリがなかった。
流石に皆に疲れが出てきた様子が見えたので、引き上げる事も考えたが、後方に控えるハル達の様子を伺うと、遠目でもハルが熟睡している姿が見えた。
今日は毛布まで用意していて、ずっと目覚める事なく眠るハルに、疲れもあって怒りが沸いてくる。
その怒りをハルに向けると、後々までややこしい事になるのが目に見えているので、怒りは魔獣に向けるしかない。
そうやって八つ当たりのように魔獣を切り刻み続けているうちに、今日の討伐は無事終わらせる事が出来た。
色々問題がある奴だが、やはり結果的には勝利をもたらせる運の持ち主と言えるのだろう。
そうやってフレイムはハルへの怒りを静めることにした。
シアンも特に何も言わなかったし、フォレストとマゼンタもハルには甘いので、結局いつものように穏やかな雰囲気で皆で帰っていった。
道中、ケルベロスの背中の上から、ハルはシアンに声をかけた。
「青戦士さん、今日は大丈夫だった?討伐中、眠たくならなかった?」
「ええ、明け方に仮眠をしてますし。そもそも一日くらい寝ていなくても何ともないですよ」
「それはすごいね…。私はお昼にこれだけ寝ても、夜も熟睡できる自信あるよ」
「それもまた才能ですね」
その会話を聞いたフレイムは、ハルの夜更かしの原因に気づいた。
討伐中は恋愛禁止と言った言葉を、この男も忘れているらしい。
「おい。シアン、テメェ….どういうつもりだ。ルールを守れねえのか」
「昨夜クロイハルと一緒にいたのは偶然ですよ。眠れなくてお茶を飲んでいたところに、クロイハルも起きてきたので、世間話をしていただけです」
「テメェほど世間話なんて言葉を知らねえ奴はいねえだろう」
そこにメイズが呟く。
「そういえば深夜にナキドリが鳴いてたな…」
昨夜は鳴き声を聞きながら、良い食材がいるなと思っていたのだ。
皆は『そういう事か』と気づく。
シアンはクロイハルの脱走を読んだのだろう。
どうりで今朝は、食べながら寝てるハルを見ても何も言わなかったし、討伐中もひとり気持ちよさそうに爆睡するハルに苛立つ様子を見せなかった。
むしろ今日一日機嫌が良さそうだったのは、自分もそこに噛んでいたからかと理解した。
昨夜少し考えれば自分達も動く事が出来ただけに、誰も何も言えなかった。
『思い至らなかった自分が鈍感だっただけだ』
そう納得するしかない。
モヤモヤとした気分の中にいる戦士達とは反対に、ハルはとても気分がよかった。
昼寝が出来てスッキリした事もあるが、昼寝から目覚めた時にメイズが渡してくれたジュースを飲んだ時、思い出したのはドンチャ王子が送ってくれたジュースだった。
あの美味しいジュースを思い出した時、「夜はジュースよりも温かい飲み物の方がいい」と言って、淹れてくれたシアンのハーブティーの事も思い出した。
やっとタピオカの思い出の呪縛から解かれた思いで、気持ちが軽くなった。
『帰ったらドンちゃんにお礼を伝えよう』
そう思いついて、隣を歩くシアンにもお礼を伝えた。
「青戦士さん、ありがとう。今日はタピオカジュースは思い出さなかったよ。思い出したのは、ドンちゃんのジュースと、青戦士さんのハーブティーだった。…それが嬉しかったんだ」
へへへとハルが笑う。
「……そうですか。またいつでも淹れてあげますよ」
ハルの言葉にシアンは一瞬驚いた顔を見せたが、穏やかな声で応えてくれた。
そんなシアンを見て、ハルは『この世界もそれほど悪くないかも』と思えた。
現実味のない国宝級美貌の戦士達と深く関わるつもりはなかったが、話してみると意外と普通に話しやすい子だった。
元の世界に戻った時に、今この時の出来事も思い出してしまうかもしれないけど、これだけ気分の良い日なら、思い出してもいいかなとも思える。
ハルは手首のブレスレットを夕陽にかざしてみる。
陽の光を受けて、淡くキラキラと光るブレスレットは、いつ見ても見惚れるくらいに美しい。
魔力で作られたこのブレスレットは、元の世界に待って行けないかもしれない。だけどこれも思い出してもいいと思える物だった。
フレイムはシアンの行動に納得がいった訳ではないが、ブレスレットを眺めているハルを見て溜飲を下げた。
『自分がどうしたいのかハッキリした気持ちがあるわけではないし、ただ少し面白くないだけだ』
そう自分を分析しながら、フレイムの前を歩くハルとシアンを眺める。
元々は一番ハルに避けられていたシアンが、今は戦士達の中で一番近くにいるように見えた。