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35.青戦士がハルに思うこと

夜中、ハルは女の啜り泣く声で目を覚ました。

ハッとして身体が固まる。


『大丈夫』

ハルは自分に言い聞かせる。

これはナキドリの鳴き声だ。ナキドリは見た目が可愛い鳥だ。何度も騙される事はない。 


それでもドキドキと心臓が止まらない。緊張が解けない。

『ここにいては駄目だ。ケロとスーのいるリビングに集まろう』

そう決心して、ハルはベルに囁いた。

「ベル、皆んなの所へ行こう。ここは危険だよ」

そしてベルを連れてリビングに急いだ。 




リビングに着くと意外な人物がソファーに座っていた。青戦士のシアンだった。

温かいお茶を片手に本を読んでいる。


「青戦士さんも眠れなかったの?」

「ええ、クロイハルも何か飲みますか?」

「うん。あの美味しいジュースを飲もうかな」

「……夜は温かい飲み物の方がいいでしょう。ハーブティーを淹れますよ」

そう言ってシアンがハーブティーを淹れてくれた。


「青戦士さんはお茶も淹れられるんだね。何でも出来るよね」

「お茶くらいなら。必要な時は言ってくれたら淹れますよ」

「えっ?」


どうしたんだろう。青戦士が穏やかだ。

『お茶くらい淹れられて当たり前でしょう』と返してくると思っていたハルは驚いた。

もしそう言ってきたら、『私なんてバイトでタピオカドリンクを入れていた』と自慢返しをするつもりだった。

タピオカドリンクを容器に入れるだけで、作れるわけではなかったが、元の世界の話ならバレないだろうと考えたからだ。

静かな夜中は、人を穏やかにするのかもしれない。



そんな事を考えていると、外でナキドリの啜り泣く声が聞こえた。

『ヤバい。沈黙していたら啜り泣きを聞いてしまう』

ハルはあまり話しかけた事のないシアンに、必死で話題を探した。


「青戦士さんもナキドリに起こされたの?」

「ええ、今夜はナキドリの鳴き声がよく響きますからね」

「そうだよね、本当に怖い鳴き声だよね」

良かった、仲間だとハルは安心する。


「クロイハルは泣き声が怖いのですか?」

――怖い訳では無かったようだ。

「夜中の啜り泣く声が怖いんだよ…。あれはホラー以外の何者でもないよ。夜中の泣き声は幽霊だって決まってるからね」

話しながらゾクゾクとしてきて、ハルは身を震わせる。


『怖い』

こうして誰かと話していても、幽霊は怖すぎるのだ。

もしお茶を飲み終わってしまったら、シアンは部屋に帰ってしまう。それだけは阻止しなければならない。


シアンは自分とあまり話したがらないので、会話がすぐに止まってしまう。話が止まると啜り泣きが響いてしまう。

『何でもいいから話を』

そう思って、ハルはドンちゃんに話したように、元の世界の話をシアンに話す事にした。



ハルがこの世界に来た時は、バイト初日の休憩中だった事を話す。

ジュースを飲むたびに、タピオカドリンクを思い出す事をドンちゃんに話したから、美味しいジュースを送ってくれた事を説明する。

怖い話を聞いた日は怖くて眠れなくなる事、怖い話が嫌いだと知られるとワザと怖い話をしてくる野郎がいるので、この話は内緒にしてくれるように頼んでおく。

元の世界にハルを待つ人はあまりいないけど、ハルの部屋にはお気に入りのソファーが待っている事なども話したりして、本当に取り留めのない話ばかりをしていった。


ちょっと間が空くだけで、ナキドリの鳴き声が聞こえてきて怖かったのだ。頭に思い浮かぶものを、思いつくままに話していく。


『そんなつまらない話、聞く価値もないでしょう』

そう言っていつシアンが席を立って行ってしまわないか、そればかりが気になっていた。



だけど意外な事に、シアンはハルの話を興味深そうに聞いてくれていた。

ドンチャ王子のように、気の利いた合いの手を入れてくれる事は無かったが、ハルの話を心なしか楽しそうに聞いてくれているようにも見えた。

いつも小言ばかり言ってくるので、『青い奴は私の事をあまり良いようには思っていないだろう』と思い込んでいたので、ハルはシアンの態度に内心驚いていた。


『青騎士さんは人の話を聞けるんだね』などと迂闊な事を言って、怒って立ち去られないように、ハルは余計な言葉を言わないように気をつける。


ハルの話が切れよく途切れた時、シアンがソファーから立ち上がった。

『部屋に帰ってしまう!』

サッとハルに緊張の色が走ったのを見て、シアンが微笑んだ。

「お茶のお代わりを淹れましょう」






ホッと安心した様子を見せるハルに、シアンは少し浮かれていた。


夜中、ナキドリの鳴き声が聞こえた時、クロイハルの事を思い出した。以前、ナキドリの鳴き声のせいで、二度も夜中に逃走している。

あれから逃走予防に、リビングにケルベロスの分身を配置しているが、今夜もまた部屋から逃げ出して来るかもしれない。

そう思うと部屋でじっとしていられず、自分の行動が馬鹿馬鹿しいと思いつつもリビングに向かってしまった。

なるべく自然に見せるように、お茶を淹れて本まで持参してしまっていた。


予想した通りにハルは部屋から脱走してきたが、一緒にいても話題が見つからない。

だけどいつもは素っ気なく素通りしていくハルが、今夜は自分を引き留めようと必死に話題を見つけようとしているのが分かった。


今まで決して皆に話そうとしなかった、元の世界の話をたくさん聞いた。

初めて出会った日の、あのあり得ない行動も、ハルなりの理由があった事が分かった。ケルベロスから離れようとしないのも、元の世界に繋がりを感じているからだろう。

今までハル非常識だと思っていた行動も、元の世界の話を聞くと納得出来る事も多かった。


もっと話を聞きたいと、お茶でも淹れ直して口実でも作ろうかと思って立ち上がると、自分が去ると思ったのか、ハルは顔色を変えた。

それはナキドリを怖がっているだけだと分かっているが、シアンは浮き立つ思いを抑えられなかった。




シアンは、異世界の戦士についての噂を聞いた当時のことを思い出す。


異世界から新しく戦士が加わると聞いて、シアンは内心とても興味を引かれていた。

神に呼ばれた者など、縁起が良いにもほどがある。

フレイムもそうだろうが、戦いの実力者ほど、運を呼ぶような者に惹かれる。異世界から来る者が男女のどちらであっても、側に付いておきたいと強く思っていた。


実際出逢ったクロイハルはあまりに破天荒過ぎて、流石に側に付いているのはどうかと思う冷静な自分もいるが、どうしても気になってしまうのだ。

恋愛的なものかと聞かれるとよく分からないが、とりあえず今は目の前の貴重な時間に集中しよう。

クロイハルと落ち着いて話すのは、マラカイト国で買い物をした時以来だ。



お茶を淹れる間もナキドリの声が気になるのか、近くに来て一生懸命に話すハルの話に、シアンは耳を傾けた。


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― 新着の感想 ―
結婚するならシアンか王子がよさそうだけど、誰とも結ばれないのかな
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