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31.ハルと王子様

ハルは、ドンチャヴィンチェスラオと色々な話をした。


この世界に来たあの時は、バイトの休憩中だった事。

手に持っていたオヤツは、バイト中にサービスでもらった物だった事。休憩中だと思っていたから、気にしないで食べていた事。

ハルの部屋には、ケルベロスと同じ座り心地のソファーがある事、自炊をしていた割に料理が上達しなかった事。


今までそんな話を誰にも話さなかったのは、話してしまうと、元いた世界が過去の話になってしまうような気がしていたからだ。

『こんな世界だった』と、過去形で話すことが怖かったのだ。


だけどこの先、帰る事が出来ると分かっているなら、元の世界が過ぎた過去の話になる事はないだろうと思えて、思いつくままに色んな話をした。


ドンチャ王子もハルの話を興味深そうに聞いてくれて、楽しそうに相槌を打ってくれたりするので、スルスルと言葉が流れていく。

戦士に対する、丁寧な敬うような話し方を止めると、ドンチャ王子はとても親しみやすい男だった。



「ジュースを飲む度に、あの日のタピオカドリンクを思い出すの。それで寂しくなるわけじゃないんだけとね、ただ思い出すんだ」


「そうか…。じゃあ後で飛び切り美味しいジュースを送ろう。そのジュースを飲めば、この先にどんなジュースを飲んでも、思い出すのは送ったジュースになるくらいの物をな」

「それは楽しみだね。だけど今度はその美味しいジュースがいつでも恋しくなりそうだね」

ハルが笑うと、「いつでも送ろう」と約束してくれた。ドンチャ王子は気遣いの出来る、優しい王子様だ。



それからマラカイト国の話になる。

国宝級美貌の戦士達がとても女の子達に人気があった事、朝帰りして来た子達が香水臭かった事を話すと、ドンチャ王子は笑っていた。


綺麗だったたくさんの色の飴やマカロンの話をすると、綺麗な色のおやつも送ってくれると約束してくれた。王宮には綺麗な花もあるらしい。


緑の国で、たくさんの可愛い服を買ってもらった事も話した。

「ああ、クロイハルのワンピース姿はとても似合っていたと報告を受けたよ。私も見てみたかったな」

「ドンちゃんの方からもカメラ機能があったらいいのにね」

ハルが笑う。


「ワンピースは確かに素敵だけど、ドンちゃんのパジャマも最高に可愛いよ。向こうの世界では、あれはパジャマじゃなくて、十分にお洒落着素材だよ。

パジャマでいると、だらしのない子みたいに皆んなは言うけど、私は本当はオシャレ女子なんだから」

「そうか。世界が違うと価値観も変わるだろうからな。それだけ気に入ってもらえたなら光栄だ」


ドンチャ王子の話す言葉は優しい。

決してハルの言葉を一方的に撥ねつける事をしない。

だから安心して思いついた事を話せた。


『こんな上司の王子様がいるなら、討伐を続けてもいいかな』

そんな風にも思えた。



「ドンちゃん、たくさん話を聞いてくれてありがとう。すごく元気が出たよ」

「そうか。私もとても楽しかった。また話を聞かせてほしい」

「うん。また連絡するね。ドンちゃんもお仕事頑張ってね」

そう挨拶してアプリを閉じた。

こうして色んな思いを話して受け留めてもらえた事で、ハルはとてもスッキリした気分だった。





「もうお昼ご飯の時間だ!」

時計を見ると、お昼をすぎていた。思った以上に話し込んでしまっていたらしい。

ハルは機嫌よく部屋を出てダイニングに向かった。



ダイニングでは皆が既に座っていた。

「ごめんね。お昼ご飯待っててくれたの?今日は朝の討伐は早かったんだね」


「いや、今朝の討伐は中止だ。……クロイハル、ドンチャヴィンチェスラオ王子の話は何だったんだ?」

フレイムが尋ねた。


「私が元の世界に帰れるって話だったよ」

「帰る!?」

「神託を受けた任務が、ちゃんと終えてからの話になるみたいだけど。任務を終えた時に、神様が私に直接希望を聞きに来てくれるんだって。神様が会いに来るって、なんか凄い話だよね」

「……」


皆が黙り込んだ。

壮大な話に言葉も出ないのだろう。

ハルはへへへと笑う。


「…それは必ず戻る事になる、と言うことですか?」

シアンが問う。

「そういう訳でもないみたいだよ。もし帰らないなら、この世界で好きな事をさせてくれるってドンちゃんが約束してくれたから」

ハルが機嫌良く応えると、みんなどこか安心した様子を見せた。


そんな戦士達の様子をハルは意外に思ったけど、帰ることを喜ばれるよりは良いだろう。

『さっさと帰ればいいものを』とか言われたら、全力で復讐するしかないからだ。



「ずいぶん長く話し込んでただろう?他には何を話していたんだ?」

「他?うーん……色んな世間話をしてたよ。ジュースの話とか、パジャマの話とか、カフェの話とか」

「……そうか」

あまり重要な話はしていなかったようだと、皆は安堵した。



ハルは自分の話をほとんどしない。

ハルが今までどうやって過ごしていたのか、元の世界の事も聞いてみたいが、決して話題に出そうとしないので、聞くことが躊躇われていた。

そうやってどこか一線を引かれる感じはするが、戦士達は皆ハルの事をそれなりに認めている。


ハルの存在が戦士の間の雰囲気を和らげていて、討伐期間中では当たり前になる殺伐とした空気はここにはない。何もしないハルに助けられている部分が大きい事は皆が理解している。

だからハルがいつか去っていく存在であってほしくないし、自分達仲間が一番頼れる存在であってほしいと戦士達全員が思っていた。



「もうお昼も回っていたんだな。急いで食事を用意しよう」

「黄戦士さん、手伝おうか?」

「大丈夫だ」

ハルの手伝いの申し出を断って、メイズが食事の支度をしようと立ち上がった。





ドンチャ王子と話をした後、ハルは今いる世界がやっと現実の世界だと少し感じる事が出来るようになった。


『元の世界からこの世界に来て、また元の世界に帰ることが出来る』そう考えると、ただ今いる場所が違うだけで、ちゃんと繋がっていると安心できるのだ。


ハルはまたこの世界で寛いだ様子を見せるようになって、戦士達もそんなハルを見て安心する事が出来た。


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