28.白戦士とのお別れ
「そっか。今夜からミルキーさんは、桃戦士さんの部屋で寝る事にしたんだ。良かったね、これで夜中に調子が悪くなっても、すぐ診てもらえるよ」
ホッと安心したようにハルがミルキーに笑顔を見せた。
「昨夜はご心配をおかけして申し訳ありません…桃戦士様のお部屋に泊めていただくなど、畏れ多いのですが…」
胃の辺りを押さえながら話すミルキーに、シアンが冷たく言い放つ。
「ミルキーさん、約束をお忘れですか?」
「ヒッ…!いいえ、いいえ、私は今夜から必ず桃戦士様のお部屋で休ませていただきます…」
どうやらミルキーは、他の戦士達と何か約束したらしい。遠慮がちなミルキーには、多少強引にでも安全な場所に置いておく方が良いとの判断だろうと、ハルは予想した。
「ミルキーさん、ちゃんと朝ごはん食べなよ。口が止まってるよ。この野菜は柔らかいから、どうぞ。温かいうちに早く食べな」
ハルは今朝もミルキーの世話を焼く。
「よく噛んでる?」
ちゃんと食べているか確認して眺め続けるハルに、メイズが声をかける。
「クロイハル、ちゃんと口を動かせ。スープが冷めるぞ」
「うん。そうだね…」
気もそぞろにハルは返事をした。
今日は今回の討伐初日だ。
初日は魔物の数が特に多いと予想された為、討伐組よりずいぶん後方でハル達は控えていた。
黄戦士と白戦士とベルが後方組だ。
ベルソファーにもたれながら撮影をするハルを見て、ミルキーが声をかける。
「クロイハル様は何をされているのでしょうか」
「私は記録係だから、タブレットで撮影してるんだ。ミルキーさんにはこの映像が見える?」
「……私にも見えません。何か聖なる力は、そちらの古代遺跡から感じ取られるのですが…」
「そっかぁ…」
残念そうに応えるクロイハルに、焦ったようにミルキーが話題を変える。
「そちらの古代遺跡は、撮影以外にも素晴らしい機能があるそうですね。ドンチャヴィンチェスラオ王子も、クロイハル様を褒めていましたよ。…ああ。今日は帰って王子に一度報告の手紙を送らなくては…」
最後自分に言い聞かせるように呟いたミルキーに、ハルが提案する。
「これ、ドンちゃんに簡単に繋がるよ。今、この暇な時に報告を片付けちゃいなよ」
「え、あの、今は護衛の―」
ミルキーの言葉を無視して、ハルは撮影を止めてドンちゃんアプリを開く。ついでにスピーカー機能も押しておく。
「もしもーし、ドンちゃん」
「……え、あ、クロイハル様?いかがなさいました?」
「どんちゃん、ミルキーさんから報告です。さあ、どうぞ、ミルキーさん」
はいっといきなりタブレットを手渡されて、ミルキーが動揺する。
「え…え、あ、あの…ドンチャヴィンチェスラオ様でしょうか」
「おお、ミルキー戦士様ですか。どうしましたか?」
「え、いえ、あの、最初の報告を入れようと思ったのですが、ここではちょっと…」
ミルキーの会話を聞いていたハルが気を利かせる。
「そうだよね。私がいたら話しにくい事もあるよね。分かった!私は少し離れておくね。ゆっくり話したらいいよ」
「あっ…」
止める間も無く、ハルは後方組から離れてしまった。
あまりに自然な様子で歩いて行くので、ベルもメイズもハルの行動を一瞬見逃してしまう。
戦士達と少し距離を取るような位置に単独行動に出たハルに、森に潜んでいた魔獣が気付く。ハルを獲物と認識して、魔獣がハルに向かって飛びかかっていった。
ベルとメイズが瞬時に動き、その魔獣をギリギリで仕留めた時、ハルは背中を向けていて気づいた時には全てが片付いていた。
「クロイハル、お前は何やってんだ!!」
メイズに怒鳴られ萎縮したハルは何も言えなかった。
流石に自分が軽率な行動を取った事に気づいたし、自分が魔獣に気づく事も無かったが、危険な状況だった事は理解出来る。
何も言えずに立ち尽くすハルと、目の前の状況に顔を白くする白戦士が動けずにいた。
後方組の異様な雰囲気を感じて、前方の討伐組もキリのいい所で今日は引き上げる事になった。
ログハウスに戻り、ドンちゃんと再び繋げて緊急会議が開かれる事になった。
ドンチャ王子は、白戦士ミルキーが加わってからの一連の出来事を聞いて、『確かにミルキーの聖魔法は魔獣の浄化にも効果的ではあるが、討伐任務を持つ訳ではないし、森での護衛は不要だろう』との判断がくだり、白戦士は抜ける事となった。
また街へ出る時などに、ハルの護衛に付いてくれるらしい。
白戦士自身も、この地にいては邪魔になる事を自覚していたので、快くその判断を受け入れた。
ハルは皆んなの話す様子をじっと静かに眺めていた。
話がまとまったその日に、白戦士は早速討伐地を出る事が決まった。
フォレストがケルベロスに指示を出して、近くの街までミルキーを背に乗せて送っていくらしい。
日が落ちる前に街に着くために、バタバタと用意を終えてミルキーは去って行く事になった。
ハルは扉を出ていく白戦士に声をかける。
「ごめんね、ミルキーさん。私が勝手に離れちゃったから…」
あれから黙り続けていたハルが、ミルキーに謝った。
「いいえ、私こそ色々ご迷惑をおかけしました。
クロイハル様には本当にお世話になりました。その優しさに、心から感謝しております。
また人々の前に出る時には、必ず護衛としてお役に立てるよう精進いたします。どうか怪我のないようお気をつけて。
…きっと私は、討伐地での戦士には向いてないのですよ。こうして帰る方が、隊にとっても良かったと思っております」
どこかスッキリした顔で、ミルキーがハルに挨拶をした。
ミルキーの言葉にハルが俯く。
「私も戦士には向いてないよ。私も帰りたい……」
ポツリと呟く言葉に、周りの空気が凍りついた。
――誰も何も言えないまま、静かな時間が流れていく。
再びキリキリキリキリと痛み出した胃を、ミルキーはそっと服の上から押さえた。
『ああ、街に着いたらすぐにドンチャヴィンチェスラオ王子に報告しなくては』
胃を押さえながらミルキーは、今日やるべき事を考える。