27.白戦士は虚弱体質②
夜中。
ハルはどこからか聞こえる、うめき声で目を覚した。
『誰かが苦しんでいる…』
寝起きのぼんやりとした頭でそう思った時、ここが討伐地の森の中だった事に気づき、ハッと目を覚ます。
『怖い!』
隣で眠るベルを引き寄せ耳を塞ぐが、耳に残ったうめき声が頭から離れない。
『リビングで眠るケロとスーの所へ行こう』
そう考えた時に、今リビングで眠っているのはミルキーだったと思い出した。
そして、うめき声がわりと近くから聞こえてくることにも気がつく。
『このうめき声はミルキーさんだ』
そう思った瞬間、ハルはベルを連れて部屋を飛び出した。同じ一階で、場所が近いから聞こえたのだ。
リビングでは、ミルキーが冷や汗をかきながらうずくまっていた。
薄暗い部屋の中でも分かるくらいに、ミルキーさんの顔色が白く、ハルは怖くなった。こんな風に苦しむ人を目の前で見た事が無かったのだ。
「ミルキーさん、しっかりして!大丈夫?」
ハルの問いかけに、ミルキーが弱々しく応える。
「ハァッ…だ、大丈夫です…ハァッ…起こしてしまい申し訳…ありません…ハァッ…どうぞ…お休みください…」
「待ってて、ミルキーさん。桃戦士さんを呼んでくるから。きっとすぐに治してくれるよ」
そう話すとハルはマゼンタの部屋に急いだ。
確かマゼンタの部屋は、『二階の一番奥の部屋だ』って彼が前に話していたことを思い出す。
走りながら怖くて涙が出てきた。
同じ一階同士で、一番近くにいたのは自分だったのだから、もっと早くにミルキーの異変に自分が気づいてあげるべきだった。
『何かひどい病気だったらどうしよう。手遅れだったら?』
そう思うと涙が止まらない。
マゼンタの部屋をノックするのももどかしく、扉を開けてベッドに駆け寄る。
「桃戦士さん…うっ…うう…起きてっ…大変なの」
ハルの切羽詰まった様子に、桃戦士もすぐに目を覚まして起き上がる。
「どうしたの?落ち着いて。ちゃんと話してちょうだい」
泣いて上手く話せないハルを抱きしめて落ち着かせる。
「うっ…ミルキーさんがっ…ミルキーさんが、うっ…大変なの…うう…早く診てあげてっ…」
「白戦士が…?」
聞いた瞬間、桃戦士は不審な目をしたが、ともかく診てみようとハルを抱き上げて一階に急いだ。
「胃痛ね。治したわよ」
「ああ…桃戦士様、申し訳ありません」
どうやらミルキーは神経性胃炎だったようだ。
アッサリとミルキーを片手で治療したマゼンタは、ハルをもう片方の手で抱きしめたまま離さない。
「うっ…うっ…良かった、ミルキーさん」
安堵で涙が止まらなくなったハルをギュッとマゼンタが抱き締める。
「クロイハル、怖い思いをしたのね。今日は私の部屋に泊まりなさい」
「それは嫌だよ…うっ…うう」
泣きながらもハルは即お断りする。
泣きすぎて頭がボンヤリしてきた。
今は真夜中だ。安心して眠たくなってきた。
うとうとしてきたハルをマゼンタが抱き上げて、部屋にお持ち帰りしようとした所に、ミルキーの聖魔法がかけられた。
邪な心が強いと、聖魔法も強くかかる。
そのままマゼンタはヨロヨロと倒れ込み眠りについた。
意識を失う前に、かろうじてハルを安全に床に下ろし、ベルが走り寄ってハルを支えたが、ハルはそのままベルのベッドで眠り込んだ。
そんな二人の様子をミルキーが震えながら見つめていた。
『なんて邪な心を持った人なんだ…』
そんな風に思いながらも、胃痛から解放されて、旅の疲れがどっと押し寄せてミルキーも眠りに落ちた。
翌朝。ハルは戦士達の低い声に目を覚ました。
「オイ、マゼンタ。説明しろや」
「ミルキーさん、これはどういう状況でしょうか?」
ハルの意識がハッと戻る。
ヤバい。赤い奴と青い奴がキレている。
起きたばかりで、自分がどこにいるのか状況がハッキリと掴めなかったが、ここで目を覚ましては駄目なヤツだ。
ギュッと目を閉じて、周りの状況に神経を研ぎ澄ませる。
「あら?私ったら寝ちゃったのね。惜しかったわ。もう、ミルキーさんったら、恩知らずね」
「ヒッ…!申し訳ありません!一応私はクロイハル様の護衛なので…」
「……そういう事かよ。マゼンタ、テメェ…」
『そういう事」がどういう事かは分からないが、何だか他の戦士達も状況を理解したらしい。
他の戦士達がマゼンタとミルキーを外に連れ出したのを、ハルは気配で確認して、その間に部屋に戻ることにした。
「ふう。危なかったね、ベル。本当にあの子達は朝から騒がしいよね。今日は何だかみんな機嫌が悪そうだし、パジャマは着替えておこうかな。余計なトラブルに巻き込まれたくないよね」
寝起きからヤバい空気を感じ取ったハルは、今朝はキッチリと黒戦士服に着替えて、ダイニングで皆を待つ事にした。文句ひとつ言わせないように、姿勢正しく座っておく。
ゾロゾロと戦士達が外から戻ってきた。
皆、あまりスッキリした顔をしていない。
まだ機嫌が悪そうに見えるし、刺激しないように気をつけなくては。
マゼンタの姿は見えないが、後でやって来るだろう。
ミルキーの顔が青白いが、昨夜のようにうずくまってはいない。
――大丈夫、何も問題はない。
「おはよう、みんな。今日は良い天気だね」
他人事のように爽やかな笑顔を見せるハルに、戦士達は深いため息をついた。
四人の英雄達に囲まれて、昨夜の出来事を洗いざらい吐かされたミルキーは生きた心地がしなかった。
桃戦士が万一でも自分に報復を考えれば、いくら自分が聖魔法に優れていても一瞬で消されてしまう。
かと言って下手に庇って、庇った事が後で露見されれば、残りの四人の戦士達の方がもっと危険だ。
こちらを見ているケルベロス2頭も恐ろしい。
結局全てを話した後、マゼンタは皆から制裁を受けていた。
ミルキーは、せっかく昨夜治してもらった胃がまた痛み出す。
キリキリキリキリと痛み出した胃を、ミルキーはそっと服の上から押さえた。