25.ハルの護衛戦士
「あの。私、黒戦士様の護衛として任命された、ミルキーと申します。今後の討伐の旅から共にさせていただく者です…」
朝早くに、ドンチャヴィンチェスラオ王子からの遣いを名乗るものが、セージの屋敷にやってきた。
渡されたドンチャ王子の手紙を読んだフレイムが、手紙に書かれた内容を皆にも伝える。
ドンチャ王子に、クロイハルが良くも悪くも注目を浴びすぎているとの報告が上がったようだ。
ハルが危険な者から狙われる事を危惧した王家から、黒戦士の護衛として白戦士を付けるとの通達内容だった。
そしてその付けられた護衛として皆に挨拶をしたのが、白戦士のミルキーだった。
ミルキーは見るからに弱そうな男だった。
聖魔法は邪悪な物や悪しき者を浄化する為、街でのハルの安全をも守るとの事らしいが、どう見ても頼りない。
ハルの頭半分ほど高いくらいの身長で、ハルと変わらないくらい華奢な男だった。話す声も小さくて、明らかに討伐の旅のお荷物になる予感しかしなかった。
そんなミルキーを見て、同じく頼りないハルが仲間意識を持ったのか、ミルキーに興味を示し出した。
「ミルキーさん、大丈夫?お腹が空いてるの?声に元気がないよ。朝ごはんを一緒に食べよう」
「あ、クロイハル様ですね。ご心配をおかけして申し訳ありません。ありがとうございます…」
覇気のない話し方が気になるのか、しきりとハルがミルキーの世話をし出した。
「はい、このパン美味しいよ。ちゃんとお肉も食べな?」
「ありがとうございます。でも肉は苦手で…」
「じゃあ牛乳ちゃんと飲みな?」
「牛乳はお腹を壊すと悪いので…」
ハルが困った顔で、ミルキーの背中を撫でる。
「紅茶にお砂糖入れる?プリンは柔らかいから食べやすいよ」
「甘いものはお腹を壊しやすいので…」
「じゃあプリンは私のスープと交換しよう?ちゃんと具も食べな」
「ありがとうございます。でももうお腹いっぱいなので…」
ハルが悲しそうな顔で、ミルキーの背中を撫でる。
「………」
戦士達の皆が、この先の討伐の旅が厳しいものになる事を予想した。
討伐の出発を明日に控えた今日は、最後に羽を伸ばそうと街を歩く事にした。
今日はマラカイト国最後のお出かけ日になるので、当分お洒落をする事はないだろうなと、ハルは珍しく念入りにお出かけ準備をしてみた。
清潔感あるグリーンのストライプのワンピースを選び、軽くメイクもする。
ハルの装いに戦士達も目を引かれ、なごやかな雰囲気のなか馬車で出発した。
皆で街に向かう馬車の中、馬車が揺れる度に白戦士がグラグラ揺れる。隣に座るハルが、心配そうにミルキーの顔を覗き込む。
「ミルキーさん、馬車は苦手なの?歩いた方がいい?」
「大丈夫ですよ。これでも鍛えてますからね」
「……そう」
そんな不安要素しかない会話が馬車の中でされていた。
しかし街に着くと、ミルキーの能力が発揮される事となった。
馬車を降りた途端、ミルキーの表情が険しくなる。
「確かに、クロイハル様に対する良くない多くの感情が混じっていますね」
「えっ、何それ怖い」
「私は邪悪な心を感じ取る事が出来るのです。クロイハル様に邪な感情が強く向けられていますよ」
「怖!!それって攫われて、内臓とか売られちゃうヤツ?」
「ヒッ…!何て恐ろしい事を申されるのですか」
「違うの?じゃあ人体実験で、切り開かれちゃうヤツ?」
「ヒイィ!恐ろしい!違います。…そうですね。英雄様達といる事に対する嫉妬とか、クロイハル様に対する恋慕の気持ちですね」
「嫉妬!」
その言葉に両脇に立つフレイムとシアンから、ハルはサッと大きく距離を取って、英雄達に言い放つ。
「危険だから三メートルは近づかないで!」
「クロイハル、私達の近くにいないと返って危ないですよ。だから―」
フォレストの言葉をハルが遮る。
「危険だから話しかけないで!」
「ちょっと、クロイハ―」
「この人達とは他人です!」
また逃走しそうな勢いを見せるハルを見て、フレイムがミルキーに指示を出す。
「テメェ…早く何とかしろよ」
「ヒッ…!」
フレイムの低い声に怯えたミルキーが、周囲の人々のクロイハルへの敵意を浄化する。
その魔法は目に見えるものでは無かったが、明らかに周りの空気が澄んだものに変わった。純粋に慕う想いは消えないが、向けられた嫉妬心や執着に近いような想いが消えたのだろう。
『確かに王子が送ってきただけの者ではあるな』と、英雄達はその実力を認めた。
そんな中、ハルがハッキリ宣言する。
「国宝級美貌の戦士達とは、これから一緒にお出かけする事は止めるから」
「………」
白戦士の余計なひと言で、またハルとの距離が大きく開いた英雄達が、ミルキーを鋭く睨みつける。
「…ミルキーさん。余計な事を話す暇があるなら、先にやるべき事をしなさい」
「クロイハルったらあんな遠くに離れちゃったわよ」
「目も合わせようとしないぞ」
「ケルベロスを連れて来るべきでしたね」
「使えねえ護衛だな」
英雄達の言葉に、ミルキーはカタカタと震えるしかなかった。
緑のストライプのワンピース姿で、皆と距離を置いて立っているハルは、今日もなかなか可愛いかった。
最近のハルは皆との距離を詰め、素直な様子を見せるため、戦士達は今日のハルとのお出かけも楽しみにしていたのだ。
しかし白戦士の一件があった後は、決して仲間達に近寄ろうとせず、皆と距離を取ったまま護衛の白戦士の隣で歩いている。
「ミルキーさん、疲れたの?顔色が悪いよ。寒気がするの?身体が震えてるみたい」
「大丈夫です…。どうぞ私の事など気になさらず、街の散策をお楽しみください…」
「どこかお店に入って、温かいお茶でも飲んで休んでおこう?私も付き合うよ」
「……」
ハルが自分だけを気にかける事で、冷たい視線を送られている白戦士は、ただ震える事しか出来ない。
そうやってマラカイト国での最終日は終わっていった。