21.お気に入りの服を着る時
フレイムもそのまま皆と一緒に屋敷に戻るらしい。
ハルはオルトロスの背に乗せてもらい、皆で屋敷に向かって歩き出した。
ハルは買ったばかりの飴の袋をゴソゴソと探って、「はい、プレゼント」とフレイムとシアンに飴を手渡した。
フレイムには炎のような色合いの赤い飴。
シアンには緑みがかった明るい青の飴。
それは二人の髪色に合わせた飴がひとつずつ、可愛い袋に入れられている。
多くの色の中から同じ髪色カラーを探すのは、ちょっとしたゲーム気分で楽しめた。
ハルからの思いがけない贈り物に、二人は頬を緩ませる。
「悪いな」
「ありがとうございます」
素直なお礼の言葉はやっぱり嬉しくて、ハルも笑顔を見せた。
ハルはまた袋をゴソゴソして、今度は小瓶を取り出す。それは上品で落ち着いた色合いのセージグリーン色の飴が、瓶いっぱいに詰まっている物だった。
「はい。これはセージさんに」
「僕の分まであるのか?ありがとう」
セージがにこやかに飴を受け取った。
「…待て。飴一個とは差があるんじゃねえか」
フレイムの声が低くなる。
「セージさんにはたくさんお世話になったからね」
「討伐中、クロイハルは私達に守られて世話になっているでしょう?」
ハルの返した言葉に、シアンのかける声が冷たい。
青い奴が『守ってる』みたいな言い方をしてくる。
しかしそれは正確な言葉とは言えない。
目の前の彼等は討伐担当で、仲間に危険が及ばないように魔物を討伐していくのも、任務内容のひとつだ。
そして私の任務内容はその活躍の記録係だ。
ちゃんとタブレットの録画ボタンを押して、みんなの戦闘記録を守っている。指先一つで済むとはいえ、完璧に業務をこなしているのだ。
私の勇姿が見えないその目は、節穴以外の何ものでもないだろう。
それに彼等に『女子を守っている』なんて言葉を使わせる訳にはいかない。
その言葉は彼らのイケメンぶりを更に発揮させてしまう。彼等の男前度を上げれば、女子の嫉妬心を高める危険が増すだけだ。
私自身を守る為に、彼等の言葉を認めるわけにはいかない。
『私は決して守られる系の女子になったりはしない』
ハルは強い決意を持って、挑戦的な笑みを二人の戦士に向けてやった。
ハルの表情が示す意味を掴めず、二人の戦士達の顔は戸惑いの表情に変わった。
屋敷の近くまで来ると、屋敷から出ていく馬車が見え、セージは友人クロム洋装店の馬車だと気づいた。
先ほど店で買ったハルの服を、早くも届けてくれたらしい。
飴の件で微妙になった空気を払うように、セージがハルに声をかけた。
「クロイハル、さっき買った服が届いたみたいだぞ。届いた服を確認して着替えたらどうだ?もうすぐ夕食だしな」
「そうだね。この服の色が一番気に入ったけど、他にもたくさん可愛い服があったよね」
ハルが今身につけている服の色はミントグリーンだ。
その色はグリーンでありながらも、グリーンに近い水色とも言える。
青戦士であるシアンは、ハルの言葉に気を良くしたのか、声を楽しげなものに変える。
「ミントグリーンが好きなら、ミントブルーもきっと気にいる色ですよ。クロイハルは青が似合いそうですね」
「ミントブルーは綺麗な色だし、服なら絶対一目惚れ必殺だよね。持ってる服はブルー系が多かったし、青は私にとって一番身近に感じるな」
ハルの言葉にシアンが微笑む。
「赤い服は着なかったのか?」
「赤は私に難しい色だから、あまり持ってなかったけど、スイカみたいに澄んだ赤色はすごく好きだよ。あまり見かけない色だから、服に限らず見たら買っちゃうくらい。ラズベリーカラーも良いよね。これもあまり見ない色だけどね」
「そうか。赤の国のクリムゾン国に行けば、いくらでもあるぞ」
「それはいつか行ってみたい国だね」
フレイムの機嫌も直り、また和やかな会話で皆が屋敷に入っていった。
「……オイ」
ダイニングに入って来た、着替えてきたハルの姿を見て、フレイムが呆れたような声を出す。
夕食の席についたハルは、いつものパジャマ姿だった。
「クロイハル、届いた服はどうしたんだ?何か問題があったのか?」
セージの問いにハルは応える。
「ちゃんとみんな届いていたよ」
「…何故着替えるのが、届いた服じゃなくてパジャマなのですか?」
シアンは戸惑いを隠せない。
「だって今日買ってもらった服はお出かけ用だよ?
すごく気に入った服ばかりだし、そういう服は大事な時に着る服でしょう?」
「………」
ハルの言葉に三人は黙るしか無かった。
自分達に着飾る必要はないという事だろう。
セージは、ハルの言葉に呆然としている二人の戦士達を眺める。
自分はともかくとして、この二人の前でこそ、皆は着飾りたがる。彼等が驚いているのは、それを自負しているからだろう。
セージは、平然とした顔で食事に手を付け出すハルに視線を移す。
ハルを気にする素振りを見せるフレイムとシアンを見て、変化を与えるほどの力を持っているのかと驚いたが、本当に驚くべきところはクロイハルの清々しいまでの戦士に対する無遠慮さだろう。
五人の英雄達は、その美貌と圧倒的な存在感で、皆を強力に惹きつけてしまうような存在だ。
彼等と対等な関係を維持するには、クロイハルのような英雄達を特別視しない者であるべきなのかもしれない。
そんな稀有な存在として選ばれたと言うならば、その人選に納得がいく。
ハルは5人の美貌を認めつつも、そこに惹かれる様子はなく、むしろ誰かに構われると鬱陶しそうにしている。
『そこが黒戦士として選ばれた所以だと言うならば、決してクロイハルが戦士達に惹かれる事はないだろうな』
そんな風に思いながら、セージも目の前の食事に手を付けた。
フレイムとシオンの二人の戦士は、ここまで自分達を蔑ろにする人物に出逢った事はなく、驚いた顔でただハルを見つめる事しかできなかった。
ハルも、何を驚く事があったのかと不思議そうな顔で、食事をする手を止めて二人を見つめ返していた。