20.変化するって難しい
今日のやるべき事を終えたシアンは、食事を済ませてから屋敷に戻る事にした。
立ち寄った店の店主が、「食事を取るならお勧めの店がある」と流行りの店を教えてくれたのだ。
その店のテラス席は、通りからは席が見えない作りになっていて、人の目を煩うシアンも落ち着いて食事が出来るだろうという話だったので、行ってみる事にした。
店の奥のテラス席に進むと、セージがいる事に気づき、そしてその向かいに座る人物に視線を送ったシアンは目を見開いて、呟く。
「クロイハル…?」
そこには黒髪の可愛らしい少女がいた。
ミントのような水色に近いグリーンのワンピースは、彼女にとても良く似合っている。
確かにクロイハルではあるが、軽くメイクをしているせいか、いつもとはガラリと印象を変えていて、爽やかで上品な印象を受ける。
決して自分達の知る、パジャマ姿でふてぶてしい態度を取る黒戦士には見えなかった。
シアンに気づいたハルが声をかける。
「あれ?青戦士さん、一人なの?」
シオンも女性達を侍らせていると信じて疑わなかったハルは、シアンが一人で店に入って来たことに驚いた。
「ええ。フレイムと一緒でしたが、途中からは別用事になりましたからね」
「ふうん。女の子達はどうしたの?」
「女の子?何の話ですか?」
どうやら青戦士は今日は真面目に買い出ししていたようだ。それなら労ってもいい。
ハルはシアンを食事の席に誘った。
「青戦士さん、ご飯がまだなら一緒に食べよう?私達も今から食べるとこなんだ」
「そうしましょうか」
シアンも同じ席に着き、いくつか追加の注文をした。
そこからは珍しくなごやかな雰囲気での食事の時間となった。
食事の後、屋敷に戻る前に少し街を歩くことにした。
ハルはシアンと共に歩く事で、『女性達からの厳しい視線を受けるのでは』と懸念したが、セージが『自分も付いているし大丈夫』と請け負ってくれ、その言葉を信じる事にする。
国民的英雄のシアンと、ケルベロスの分身一頭と、オルトロスを連れたハル達の集団は、どこへ行っても目立っている。
中でもそんなハルの姿は、街の中で噂話となって吹き荒れた。
今回、神から啓示があって組まれた討伐隊だったが、以前から五人の戦士達は国民的英雄として有名であり、国で最も注目されている人物達だ
そこに新たに加わったという、異世界から呼ばれた『黒い髪の戦士』というだけで、その存在は世界中に瞬く間に知られていった。
黒は、バリアスフリー国に未だかつて無かった色であり、黒戦士の『黒』というイメージで、人々は威厳と共に恐怖を連想させられていた。
しかし実際目にした黒戦士は、この世界の女性に比べると小柄で華奢であり、愛らしい顔立ちをした少女だった。ハルを目撃した者が拍子抜けしたのも当然だろう。
しかしこの国、マラカイト国の色の衣装を着ている事は好ましく受け取られ、その上品で清楚な衣装もハルによく似合っていた事で、更に大きな噂を呼んだ。
予想とのギャップが大き過ぎて、実際の様子を伝え聞くと、失望し嘲る者もいたが、心惹かれる者もいた。
どちらにしろ、それは危うい状況とも言える。
街の店の前をひとつ通り過ぎる度に、目撃した人々がハルの噂をする。
なので街の鍛冶屋に来ていたフレイムの耳にも、ハルの噂はすぐに入ってきた。
鍛冶屋の店主の気のいい弟子が、フレイムに声をかける。
「街に黒戦士様も来ているみたいで、凄く噂になっていますよ。黒戦士様のお姿に皆が驚かれているみたいですね」
その言葉にフレイムが固まる。
街の人々を驚かせる姿。――それはパジャマ姿に違いない。
『だから甘やかすなと言っただろうが』
セージへの苛立ちと共に、急いで噂の元凶へと向かった。
ハルの居場所はすぐに分かった。
通りを歩く人が皆、ハルの噂話をしていたからだ。
異世界から戦士が来たというだけでも世の中の話題を攫ったのに、この世界にはない黒髪と黒い目を持っている。どこにいても目立つだろう。
――更にパジャマ姿となれば。
あのとぼけた黒戦士が世間の目に晒されて嘲られるのは、仲間として気分が悪い。
街の人々が飴屋を遠巻きに見ているのを確認して、フレイムは飴屋の扉を開けた。
「………」
扉の先の、見違えるほどに変わったクロイハルに驚きすぎて声が出ない。
「赤戦士さんも飴を買いに来たの?この店すごいよね!
こんなにたくさんの色の飴は初めて見たし、通りから見て宝石屋さんと間違えちゃったよ。飴の揃い方が凄すぎて、テンションあがるよね!」
目を輝かせて話しかけてくる笑顔のハルは可愛い。
いつも自分には不満顔しか向けない事もあって、フレイムは少し浮き立つような気分になった。
「クロイハルの世界には、飴屋は無かったのか?」
「確かに飴が光って綺麗ですね」
フレイムとシアンは、いつものどこか威圧的な態度を見せる事なく、ハルの言葉に柔らかく応じた。
そんな戦士達の様子を見て、セージはなるほどと頷く。
黒戦士のクロイハルは、五人の英雄達の中では異色の存在に見える。
女性だからというのではなく、体格や性格に戦士らしさの要素が全く見当たらない。記録係に戦闘能力は要らないのかもしれないが、自分の身さえ守れない者が、討伐隊の中に入ればお荷物以外の何物でもないだろう。
神の啓示とは凡人には理解しかねるものだと思っていたが、こうして他人を寄せ付けない二人がクロイハルを気にかけている様子には驚かされるし、黒戦士の存在は意味があるのかもしれないと思えた。
どんな些細な事でも変化を起こす力があるなら、運が左右する事もある過酷な討伐地でも、流れを変える事があるかもしれない。
そんな事を考えながら、セージは三人の様子を見守った。
「黒い飴は無いんだね」
ハルの言葉に、飴屋の店主が慌てたように言葉を返す。
「黒戦士様がこの世界に来られましたし、これからは世界中の飴屋に黒飴が置かれるはずですよ。勿論うちの店も近日中にお作りします」
「黒飴は美味しいからお勧めだよ」
飴屋の店主とそんな会話をしながら、選んだ飴を包んでもらった。
お会計にセージと二人の戦士が名乗り出たが、ハルは断った。
ハルは、黒戦士として国から必要経費も渡されているし、今回の討伐成功の報奨金も出ている。わりと自分の持ち分で贅沢はできるのだ。
先程のクロムの店で服の支払いも申し出たが、『この店での買い物は、世話になった友人へのお礼』とセージにスマートに断られて、そこは素直に厚意を受け入れた。
だけどお昼もご馳走になったのに、これ以上何かを買ってもらうのは気が引ける。
それに。
イケメン達に何かを買ってもらって、彼等にこれ以上イケメンぶりを発揮させる訳にはいかない。
それは誰かが阻止しなければいけない事なのだ。
『決してお前達の好きにはさせない』
そんな決意を持って、ハルはカバンから財布を取り出した。
戦士達との関係が変化を見せる兆しは、訪れそうで訪れない。