19.緑の国の戦士達
セージが案内してくれた衣装店でハルが歓声をあげる。
「わあ!可愛い服がたくさんある!」
「色々ご覧になってくださいね。気に入ったものがあれば仰ってください。ご試着出来ますよ」
「ありがとう!」
嬉しそうにお店に並ぶ服を見るハルに、店主が目を細める。
この小さな衣装店は、セージの学生時代からの知人クロムの店だ。
レースや宝石で彩られた高級ドレスよりも、シンプルで軽いワンピースの方が好みだろうと、セージは服を選ぶのにこの店を選んだ。
どうやら当たりだったようで、ハルは店に入った瞬間から目を輝かせて店の商品に見入っている。
店主であるクロムも、そんなハルの様子に気を良くしたようで、店の扉の前にクローズの看板を出して、ハルがゆっくり過ごせるように貸切にしてくれている。
クロムがセージに話しかけた。
「黒戦士ってあの子でしょう?英雄らしい威圧感のない、可愛らしい子ですね。まさかウチの店に来てくれるとは思いませんでしたよ。あんなに喜んでくれたら、全部プレゼントしたくなりますね」
「ああ。色々買っていくつもりだ。王家御用達のデザイナー作でも、やはり外でパジャマはマズいからな」
「やはりパジャマでしたか…」
セージの言葉に、クロムが遠慮がちに頷いた。
あまりに堂々と着ているので、その話題に触れる事が出来なかったのだ。
『これはサービスしてでも、この可愛い黒騎士様にパジャマ以外の服を着ていただかなくては』
そうクロムは決意した。
「ではこのまま着ていかれるのは、こちらの服にしましょうか」
クロムの言葉にハルが頷く。
「うん。可愛い服が多すぎて色々悩んだけど、この服にするよ。このイヤリングとネックレス、サービスしてくれてありがとう。これもこのワンピースに合って、すごく可愛いね!」
「いえいえ。オモチャみたいな物で申し訳ないですが」
「そんな事ないよ!重たくないし、耳も痛くないし、可愛いしで最高だよ!大事にするね」
「ありがとうございます」
ハルの言葉にクロムが相好を崩す。
お店の商品を手放しで褒めるハルを、相当に気に入ったようだった。
「ではこちらの服は後ほどセージ様のお屋敷に届けますね」
このまま街歩きをするというハル達に、クロムは買った服を屋敷まで届けようと申し出てくれた。
「頼むよ。店の貸切、悪かったな」
「いえいえ。どうぞお洒落をしたクロイハル様とのデートをお楽しみください。とてもお似合いですよ」
クロムの揶揄いの言葉に、セージが苦笑する。
だけど確かに、きちんと身なりを整えたクロイハルは、見違えるほどだった。
ずっとパジャマのまま着替えようとしないので、手の掛かる子供にしか見えなかったが、クロムのサービスでメイクまでしてもらったハルは、印象をガラリと変えた。
今着ているミントのような水色に近いグリーンのワンピースは、色白の肌にとても合っている。
街衣装には見えないくらい爽やかで上品な印象を持たせて、どこかのお嬢様にも見えるくらいだった。
セージにとって意外な事に、ハルもお洒落する事は嫌いではないようで、楽しそうにしている。
『昨日の様子では、英雄達はこんなクロイハルの一面を知らないのだろうな』と、楽しそうなハルの様子を眺めながらセージは思った。
「じゃあ昼食にしようか。せっかくお洒落したんだから、屋台料理じゃなくて流行りのお店に行ってみるか?」
「そうしよう!セージさんは流行りのお店とか詳しいんだね」
「いや、僕はそういうのに疎いから。今クロムが教えてくれたんだ」
セージとハルの会話を、笑顔で聞いていたクロムが口を挟んだ。
「この方は立派な身分でありながらも気取らない方ですからね。屋台以外のお店なんて存じないはずですよ」
「失礼な奴だな」
セージの苦笑と共に、ハル達はお店を出た。
国の英雄でもある黒戦士のハルは、通りを歩く者の目を引いた。
バリアスカラー国に黒い国は存在しないため、黒髪は珍しい。
人の目を引く髪と瞳の色を持ち、マラカイト国の色の衣装を着こなし、更に魔獣オルトロスに乗ったハルは、街中の視線を攫っていた。
「セージさん、みんなが睨んでくる。昨日、国宝級美貌の戦士達と歩いていたのを覚えられてるのかも。あの子達のせいだよ、きっと。あのイケメン達のせいで…」
ハルはオルトロスの背中をじっと睨む。
街の皆は、好意的な目を向けてくるだけで睨んでいる訳では無いのだが、『視線を上げようともしないハルには、おそらくそんな言葉は届かないだろう』とセージは何も言わない事にした。
「そうか?そんな奴は放っておけばいいさ。それより店に着いたぞ。食事にしよう」
「……そうだね。ご飯の事に集中しよう」
そんな会話をしながら、目的のお店に入って行った。
選んだ席が悪かったようだ。
セージは心の中で、戦士の皆に謝罪をする。
街の様子がよく見えるようにと、街の通り側のテラス席を選んだ。逆に街からは、こちらが見えないように配慮された席でもある。
国の英雄達が来ていると、街中が浮き足立っている。
この席からはそんな様子が筒抜け過ぎるくらいによく見えた。
「あ、見て。あれ黄戦士さんだ!あんなに女の子を引き連れて歩いてる。黄騎士さんは優しさで、たくさんの女の子達を勘違いさせて弄んでるね、きっと。とんだ女たらしだよね」
「あれ見て!女の子の集団だと思ったら、真ん中に緑戦士さんがいる!うわあ…こんな街中でハーレム作るなんて、あの子は女の敵だね。国宝級美貌は犯罪だよ、本当に」
「あ!あそこの集団の中に桃戦士さんがいる!あれ絶対自分を女の子だって油断させて、食い散らかしてるに違いないよね。あんなにたくさんの女の子を…!信じられない、これは通報レベルじゃない?」
「赤戦士さんと青戦士さんはまだ見ないけど、あの子達もきっとヤバい事をしてるハズだよ。本当にあの子達は常識的なモラルを学んだ方がいいよね」
「………」
セージはもう黙るしかなかった。
この誤解は流石にマズいと思い、『そうではない。本人達は望まなくても人が寄ってくるだけだ』とハルの言葉を否定したが、ハルは『それはない』と否定を被せてきた。
『みんな、悪かったな…』
セージはそう心の中で謝っておく。
とはいえ、女性達にモテているのは事実だ。マゼンタが女性を食い散らかしてるのも、事実である。
他の戦士達も、女性達に変に気遣いを見せるから、勘違いをする者が多いのも事実と言える。
フレイムとシアンは人を簡単に寄せ付けなくて、女に囲まれるような事はさせないのでトバッチリを受けた形だが、他の騎士の仲間である以上、誤解されてもしょうがないだろう。
そう思うことにして、食事を始める事にした。
「クロイハル、食事が冷めてしまうぞ。先に食べようか」
熱心に街を観察するハルにも声をかけておく。