12.それぞれの認識
少しずつ森の奥に移動していくにつれ、討伐の日々は次第に過酷なものに変化していった。
対峙する魔物の数も強さも厄介なものになっていく。
日を重ねるにつれ、戦士達の疲労は溜まっていった。
今日の討伐地は特に最悪だった。
予想もしていなかった方向からも、魔物の大群が押し寄せて来たのだ。切っても切っても魔物の出現が途切れる事はない。日々の疲れもあって、戦士達の体力も落ちてきている。
『今日はここが引き時だ』
そう赤戦士のフレイムが決断を下した。
「今日はここまでだ!お前ら、ここで下がるぞ!」
キリのいい所まで来た時、フレイムはそう指令を出して、かなり離れた後方に控えるハルと黄戦士メイズの元へ向かった。
後方で控えているハル達に近づくと、二人の会話が風に乗って聞こえてくる。
「黄戦士さん!これ!確かにこれだよ!キャラメルポップコーンが完全に再現されてるよ!
これとベルのソファーがあれば、討伐ショーも完璧だね」
「クロイハル、本当にこのポップコーンで映像記録の質が上がるのか?」
「勿論!これは映画館では最強の組み合わせだからね。
……あ、ベルちゃん。もちろん最強なのは、ポップコーンとベルソファーとの話だよ。ベルはいつでも最高に可愛い、良いソファーだよ〜良い子だね〜
…それにしても今日のあの子達、キレが悪くない?今日のショーはイマイチだね」
その会話が聞こえた途端、フレイムとシアンが無表情になる。
撤退していたはずだが、二人は踵を返して、また魔物の集団に突っ込んで行った。
先ほどとは打って変わって、何かに取り憑かれたように魔物を惨殺していく。
「わあ、見てベル。あの赤い子と青い子、キレッキレだね。あの子達の方が魔物みたいだよ」
更にハルの声が風に乗って、フォレストとマゼンタの耳に届いてきた。
その夜。
戦士達はフレイムの部屋に集まって、翌日の討伐について話し合っていた。
以前はダイニング横のリビングで話し合いを開いていたが、そこに集まると必ず、ハルがケルベロスを三頭並べて、皆の横で寝転びながら他人事のように眺めてくるのだ。
気が散ってしょうがないと、真剣な話し合いのある時は、フレイムの部屋でするようになっていた。
ハルもケルベロスさえいれば、こちらの事なんて気にならないだろうと放っておく事にしている。
「クロイハルの言動は確かに問題しかないですが、今日の討伐は結果助けられたと言ってもいいでしょうね」
シアンの言葉に、渋々ながらフレイムが頷く。
「認めたくねえが、確かに今日はアイツへの怒りがあったからこその成功だったな」
「最近判明したのですが」
フォレストが話を切り出す。
「最近ケルベロスの戦闘力が上がっていると前に話しましたが、あれはどうやらクロイハルが原因のようですね。
クロイハルの側に付けているケルベロスの分身に、討伐中ずっと彼女がメイズの作ったオヤツをあげているらしくて。どうやらそれが、他の分身の力に繋がってたみたいなんです。
分身してもケルベロスは一頭ですから、どれかの分身を手厚くケアすれば他の効率が上がるという事が分かりましたよ。
ケルベロスと遊んでいるだけとはいえ、これも彼女の手柄ではあるでしょう」
「そうなのか?メイズ」
フレイムがメイズに確認を取る。
「ああ、確かにクロイハルは、ケルベロスには食べ物を与えているな。『記録能力を上げるため』と色々オヤツをリクエストされるのだが、それをずっとケルベロスと分け合って食べてるよ。
タブレットを皆に向けて置いてるだけだから、記録の能力が上がってるかは分からないが…ケルベロスにいい成果が出るなら、これからもクロイハルのオヤツ作りに協力しよう」
「うふふ、クロイハルは可愛いわよね。こっちはもう限界だと思って覚悟を決めて振り返ると、だらしない格好で寝てたりするんだもの。
あんな場所で寛いでるクロイハルを見ると、いい感じで力が抜けて、討伐を続けられるもの。悪くないわ」
「異世界から記録係として、戦闘能力ゼロの女が付くと聞いた時はどうなるかと思ったが、足手まといでありながら一応役に立ってるみてえだな」
「フレイムはもう少しクロイハルに優しくしてあげなさい。フレイムが何か言う度、あの子すごい顔するんだから」
「うるせえよ」
そんなフレイムとマゼンタの会話を聞いていたメイズが、シアンにも忠告する。
「シアンもあまりクロイハルに小言を言ってると、うるさがられるぞ。シアンに何か言われた日は必ず、ハルがケルベロスの分身に悪口を言ってるぞ」
「ケルベロスに悪口を言ったところでしょうがないでしょう?」
「僕に言うな。クロイハルだからしょうがないだろう」
そんな風に、その場にいないハルを皆は仲間として認めつつあった。
ハルの自由さに辟易しつつも、結果的に討伐の効率を上げる能力はあると認識されていく。
皆が二階で打ち合わせをしている頃、ハルは一階のリビングで、ケルベロスの分身三頭をキレイに並べて、上に寝転びながら彼らを撫でていた。
「ケロ、ベル、スー、今日も討伐お疲れさま。みんな凄く格好が良かったよ。
ケルベロちゃんの皆んなはこんなに良い子なのに、あの国宝級美貌のイケメン達は酷い奴らだよね。
アイツらイケメンのくせに私を仲間外れにして、赤い奴の部屋に集まってるんだよ。
青い奴なんて、他の部屋に遊びに行くのは禁止だって、それが常識だって話してたくせに!
あのイケメン野郎達は、私を蔑ろにする非常識な奴らだよ。あんな奴らは絶対に仲間だなんて認めてやらないんだから。永遠に!」
ハルは他の戦隊達を、まだ仲間とは認めていない。
仲間になる日は、永遠に来ないように思われた。