11.服装の行動範囲
ハルが目を覚ますと、戦隊の皆がケルベロちゃんベッドの前に集まっていた。
「おはよう、みんな。ケルベロちゃんに会いに来たの?ケルベロちゃんは人気者だねえ」
寝ぼけた声でケルベロスに話しかけるハルに、赤戦士のフレイムが唸るような低い声を出す。
「テメェ…早く着替えて食堂に来い。メシだ」
そう言い捨てて、皆を連れて獣舎を出て行った。
赤い男は朝から機嫌が悪いようだ。
戦士達の最後に歩く黄戦士のメイズにハルは声をかける。
「黄戦士さん、あの子血糖値が低いみたい。夕食を考えてあげないと、みんなが迷惑だよ」
「黙れ!」
先頭を歩いているはずのフレイムが怒鳴る。
ハルはムッとむくれて、ケルベロスに小さな声で悪口を言っておく。
「ケルベロちゃん、気をつけな。赤い男は地獄耳だよ」
そう言って優しくケルベロスを撫でて、部屋に戻って着替え、皆の待つダイニングに入った。
朝食の席で、青戦士のシアンが小言を言う。
「クロイハル、パジャマで部屋の外に出るなんて非常識ですよ。常識を学びなさい」
「なに?そんな言い方だと、まるで青戦士さんはパジャマで外を歩いた事がないみたいじゃない」
「無いですよ」
信じられない奴だ。
この青い男は、ちょっと近くのコンビニに行くだけでも、わざわざ着替えるというのか。ハルだって「いかにも」なパジャマでは外に出ないが、自分が大丈夫と判断したパジャマなら、平気でコンビニくらいは行ける。
この世界のパジャマも、外に出ても大丈夫なヤツだ。神経質すぎるだろう。
ハルはヘッと鼻で笑って、シアンの隣に座るフレイムに声をかけた。
こんな乱暴そうな奴は、パジャマ姿のままでコンビニどころか遊びにだって行きそうだ。
「赤騎士さん、青騎士さんの言葉ってどう思う?ちょっと神経質過ぎるよね」
「シアンの言葉は至って普通だろ、テメェがおかしいんだよ」
ハルが驚愕の表情で、フレイムを見つめた。
『何言っちゃってるの?お前はそんな奴じゃないだろう?』
ハルの顔がそう語っている。
――フレイムの額に青筋が立つ。
「僕もパジャマで外に出た事なんて無いですよ」
フレイムの言葉に驚いているハルに、フォレストが声をかける。
ハルはフォレストの言葉は本当だろうと信じる。緑戦士は生真面目な人生を送っていそうだ。
ハルは納得したように頷く。
「私も無いわよ」
美意識高そうな桃戦士も勿論そうだろう。
ハルは納得したように頷く。
「僕ももちろん無いぞ」
最後のメイズの言葉に、ハルは目を見開いた。
黄戦士は皆と違うだろう。細かい事を気にしないような大らかな彼なら、パジャマで親戚の家くらいは行っているはずだ。
『他の戦士の意見に合わせやがって。この裏切り者め!』
そんな思いで、ハルはメイズを強く睨みつけてやる。
ハルの無言のメッセージを正確に読み取ったメイズは、ショックを受ける。
『私はクロイハルの仲間だと思われていたのか…』
心の傷を受けたメイズに冷たい視線を送って、ハルはガブリとパンに噛みついてやった。
眉間にシワを寄せてもぐもぐと口を動かすハルにフォレストが問う。
「昨夜、外に出るのは危ないと忠告したでしょう?どうしてケルベロスの所へ行ったのですか?」
ハルはピタリと動きを止めて、内緒話をするように声を潜める。
「昨日、出たんだよ……。幽霊が」
「……」
「緑戦士さんは幽霊の声を聞かなかった?あんな夜中に女の人が外で啜り泣いていたんだよ……」
昨夜の事を思い出して、ハルは身を震わせる。
そこにメイズが口を挟む。
「クロイハル、聞こえたその声は鳥の鳴き声だろう。ナキドリと言って、啜り泣くような鳴き方をする鳥がいる。肉にクセがなくて柔らかいし、食べると上手いぞ」
「え…?鳥…?幽霊じゃなかったんだ」
明らかにホッとした顔になったハルに、マゼンタが声をかけた。
「もう、クロイハルったら。怖いのなら私の部屋に来たら良かったのに。私の部屋は階段を上がった一番奥よ。間違えないでね」
「結構です」
ハルが即否定の言葉を突きつける。
桃戦士の絡みがウザい。
『女性らしい男』というのは嫌いじゃないが、『女性らしい男の女たらし』はゴメンだ。国宝級美貌を持つ美人系イケメンだけにタチが悪い。顔だけで落ちる女を食っていく野郎に興味はない。
プイッと横を向いて相変わらず自由奔放な態度を取るハルを、戦士達は少し意外な思いで見ていた。
朝、ケルベロスの上で目を覚ましたハルの顔は、涙の跡が付いていた。
飄々とした奴だが、当然異世界から呼ばれたのだ。動揺しない方がおかしいだろう。
おそらく昨夜は、元の世界を思い出して寂しくなってケルベロスの所に向かったんだろうと予想していた。
ハルの想いを汲んで、危険な行動を取ったハルへの怒りを鎮めたのだ。
まさかナキドリの鳴き声に怯えていたとは。
世界が違うクロイハルは知らないだろうが、ナキドリは小さくて可憐な鳥だ。その可愛い姿で、捕食者から逃れている。料理人のメイズにはその可愛さは通用しないが、大概の者はその姿を見つけると喜ぶほどだ。
そんなナキドリに怯えて泣くハルが、戦士の皆には新鮮に映った。
『奇想天外な奴だが、意外と可愛いところを持っている』
――やっと『自由人』以外の認識を持たれた出来事だった。
コホンと咳払いをして、フォレストがハルに提案する。
「ケルベロスのそのままの姿では、ハルの部屋に入れないですから。分身したケルベロスを一頭部屋に置いてもいいですよ」
「本当?やったあ!ご飯の後で、ケルベロちゃんに相談に行こうっと!どの子と寝ようかな〜」
ご機嫌になったハルにフォレストは無言で微笑む。
ケルベロスは分散しても、皆同じケルベロスだ。一頭分の意思しか持っていない。
しかしそれを伝えると、『まとめるなんて可哀想』と言ってハルはまたゴネるだろう。こういう時は何も言わないに限る。
皆が少しずつハルを理解してゆく。