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10.ホラーはマジ無理

夜中。

ハルは窓の外から聞こえる泣き声に目を覚ました。

『どこかで女の人が泣いている』

ぼんやりした頭でそんな事を思った瞬間、ハッとする。


ここは深い森の中で、外には多くの魔獣が潜んでいる危険地帯だ。女の人どころか、人間が足を踏み入れていい場所ではないと、昨日の夕食時に緑の男が話していた。


だけど外では女の人が啜り泣いている。

こんな場所にいる人は、人であるはずがない。


『怖い!』

ハルは布団の中に潜り込んで、手で耳を押さえる。

鳴き声は聞こえなくなったが、ドクンドクンと自分の心臓の音が大きく響いている。

『他の事を考えよう』

ハルは意識を無理矢理に他へ移す事にした。



あまり考えないようにしていたが、いつでも前の世界の事が頭を過っていた。

タピオカ屋のオーナーさんは、あれからどうしただろう。あの催事のバイトスタッフは、ハルだけの採用だった。他にオーナーさんを手伝ってくれる者はいない。

一時間の休憩から戻らないバイトに失望しただろうか。

せっかく自分が一番好きだと言った、ほうじ茶タピオカドリンクをサービスしてくれたのに。


家はどうなっているだろう。

あの日は初めてのバイトに遅刻しそうになって、バタバタと家を出た。電気はちゃんと消しただろうか。シャツにアイロンをかけた後、コンセントを抜いただろうか。一人暮らしの部屋の鍵はちゃんと閉めて出ただろうか。


遠くに済む家族を思い出す。

何事にも淡々としているハルより、甘え上手な弟や妹の方に両親の目は向いていた。それはそれで別に何とも思っていなかったが、いつの間にかいなくなった自分に気付いてくれる日は来るのだろうか。


あまり深く付き合って来なかった友人達を思い出す。

広く浅くの付き合いばかりの友達なので、ハルの不在に気がつく者はいないだろう。『携帯の連絡が返ってこないな、ハルらしい』と皆思うだけだろう。

自分がいなくなった事に気づいている者は、今でも誰一人いないかもしれない。


自分は今、ひとりだ。

今こうして怖いと思う気持ちを、メールでもいいから伝えようとしても携帯は繋がらない。

この世界に頼れる人もいない。

二階にいる戦士達は討伐仲間だが、友達ではない。

彼らは国宝級美貌を持つイケメン達で、現実味のない遠い存在だ。唯一の女子だと思っていた桃戦士は男だった。


溢れてきた涙を手でぬぐったら、耳から手を離したせいでまた、あの啜り泣きが聞こえた。


ハルは弾かれたように立ち上がり、毛布を掴んで部屋を飛び出す。

このログハウスの隣には、ケルベロス用の獣舎も出していた。

『ケルベロちゃんの所にいこう!』

ハルは毛布を被って獣舎まで走り、その扉をそっと押して中に入りこんだ。




ケルベロスは、自分のいる建物に近づく者の気配を感じて頭を起こす。誰であっても、契約を結んだフォレスト以外は片付けるつもりだった。

――ケルベロスはその残忍な性質故に、フォレストに討伐獣として生かされているだけで、決して従順な魔獣ではない。


扉を開けて、自分に警戒する事なく近づいてきたのはハルだった。

この人間は無礼な生き物だが、特異な生き物でもある。誰もが恐れる自分を気に入り、やたらと構ってくる。わざわざ片付ける必要もない生き物だ。

そう感じて、ケルベロスはハルに構わず放っておくことにした。



ハルが囁く。

「ケルベロちゃん、寝てるの?私も一緒に寝ていい?」

そう言って、勝手にケルベロスの上によじ登り寝転んだ。

やっぱりケルベロスは最高だ。

クッション性がハル好みだし、温かくて落ち着く。あの怖い啜り泣きはまだ聞こえるが、この上にいればもう怖くない。うつ伏せになってケルベロスにしがみつき、毛布もかけてじっとしているうちに、ハルはやっとまた眠りにつけた。





翌日の朝。

皆が朝食に降りてきて、ハルの不在に気づく。

寝坊してるのかとフォレストがハルの部屋に呼びに行くと、部屋の扉が少し開いていた。

「クロイハル?寝ているのですか?入りますよ」

ノックをしても返事がないので、声をかけて部屋を覗くと、ベットには誰もいなかった。

『まさか料理を手伝っているのか?』と、また皆のところに戻ると、シアンが深刻な顔をしていた。

どうやら玄関の扉も少し開いていたらしい。


この地には多くの危険な魔獣が潜んでいると、昨夜ハルには忠告しておいた。一人では決して外に出るなと注意もしたので、ハルが自ら外へ出たとは思えない。

まさかとは思うが、魔獣に連れ去られたかと皆が危惧する。


「だからこの危険な男と魔獣から離すために、二階の部屋を割り当ててやったのに!」

チッと舌打ちして、フレイムがマゼンタを睨んだ。


「それよりもまずクロイハルの跡を追いましょう。フォレスト、ケルベロスは鼻も利くでしょう?早く呼んで下さい」

シアンがフォレストに声をかけると、フォレストが焦りを含んだ声で応える。


「さっきから呼んでいますが、ケルベロスの反応が無いのです。僕の指示が効かないなんて、何か動けない事情が―」

そこまで話すと、フォレストがハッとしたように口を閉ざす。


「………」

皆の沈黙が広がる中、冷静な声でシアンが告げる。

「……とにかく獣舎に向かってみましょう」




皆で向かった先の獣舎の中には、困った顔でフォレストを見つめてくるケルベロスと、そのケルベロスの上で堂々と眠るハルの姿があった。


「………」

ハルの自由過ぎる行動に皆は怒ることも忘れて、気持ちよさそうに眠るハルをただ眺めることしか出来なかった。




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