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パティシエの父とクリスマスを過ごせなかった娘の話

作者: 高宮 咲

クリスマス。それは我が家では父のデスマ期間。何故なら父はパティシエだからである。

幼い頃、CMか何かで帰宅した父親がケーキの箱を持って笑っている姿を見た事がある。普通のお家はそうなんだな、と思ったのだが、我が家ではそれは有り得ない事。


パティシエが一年で一番忙しい日、それがクリスマスだからだ。

幼い頃から、父も一緒にクリスマスを過ごした事が無い。それは我が家では当たり前のことで、クリスマスイブの夜…日付が変わってから帰宅した父が冷蔵庫に入れてくれていたケーキを、翌日のクリスマス当日の夜に食べるというのが我が家のクリスマスだった。


お父さんとクリスマスを過ごせないのは仕方のない事。寂しいと思った事は無い。それが当たり前だったし、父は他所の家が笑顔でケーキを囲む為に頑張っているから。


父は金髪のロン毛を真っ赤なヘアゴムで纏めたイカつい見た目のパティシエだった。だが、自慢の父であり憧れだった。


クリスマスシーズンは流石に行けないが、母に連れられて父が働いているケーキ屋に遊びに行っていた事がある。厨房を見せてもらって、デコレーションケーキを作っているところも見せてもらった。純白の生クリームが、くるくると回されるケーキをするすると飾り立てるその姿の美しい事。鼻をくすぐる甘い香り。スポンジが焼ける香ばしい香り。全てが私をうっとりとさせる素晴らしい空間だった。

ケーキを眺めているうちに、客らしい親子が店に入って来た。誕生日ケーキの受け取りに来たそうで、箱に入っていたケーキを確認のために引っ張り出しているところだった。


「すごおい!」


小さな女の子が、ケーキを見て歓声を上げた。何か好きなキャラクターをチョコレートで描いたプレートが乗っていたようで、嬉しそうにキラキラと目を輝かせていたのだ。


そのケーキ作ったの、私のお父さんなんだよ。


流石に声に出す事は出来なかったが、心の内でそう思った。今思うと、父が作ったとは限らない。厨房には何人も職人がいるし、そのうちの誰かが作ったのかもしれない。


だが当時幼稚園児だった私は、「私のお父さんって凄いんだ!」と父に憧れてしまったのだ。いつか父のようになりたい、父のようなパティシエになりたい。父と一緒にケーキを作りたい。(恐らく)父が作ったケーキを持って帰ったあの親子のように、私が作ったケーキで笑顔になってもらいたい。そんな事を考えてしまった私は、今思えばあまりに単純で馬鹿である。因みにこの馬鹿な小娘の憧れは、中学生くらいまで続いた。


話を戻すが、憧れの父は毎年げっそりと疲れ切った顔をしながらケーキを焼いては飾り立てる。それを想像出来たから、クリスマスに父がいなくても寂しいとは思わなかったのだ。


お父さんが頑張ってるから、あんたたちは楽しくケーキ突けるんだからね。感謝しろよ父の働く店の周辺客。

そんな事を考える可愛げのないガキだった。色々と申し訳ない。


子供たちがある程度育ち、私が高校生になった頃からは、無理にクリスマスに帰ってくる事は無くなっていた。「一人一台な!」とホールケーキを子供全員に与えてくれたおかげで、子供たちはすっかりケーキに飽きていた。


「え、普通憧れるもんじゃないの?」


そう父は言っていたが、流石にチョコレートケーキをホール一台食べきれというのは無理だ。カレースプーンで掬って食べたのだが、半分食べてギブアップした。これが私の人生で一番色濃く残っているクリスマスの思い出なのだが、もう少し良い思い出にしたかった。


私が大人になると、父が忙しくなってきた頃に栄養ドリンクを箱で差し入れるようになった。今年も生き残れよとメモを貼り付け、リビングの食卓の上にドンと置いておく。弟もバイト代で同じドリンクを箱で買っていた為、同じ栄養ドリンクの箱が二つ置いてあるというなかなかシュールな現場になってしまったのだが許してもらいたい。父を想う子からの愛である。


私が結婚し出産してから、クリスマスに家族全員揃って過ごすという事を初めて経験した。成程、これが…と何だか感慨深かったが、私の娘にとってはこれが当たり前になるのだろう。その時初めて「お父さんとクリスマス過ごしてみたかったな」と寂しく思った。父の店で受け取って来たケーキを美味しそうに食べ、顔中をクリーム塗れにしている娘はご満悦で苺を頬張っていた。ハムスターのようにパンパンである。


娘が喋るようになってから、父は「ケーキのじいじ」と呼ばれるようになった。我が家は親戚が多い為「○○のじいじ」「○○のばあば」と呼ぶのが慣習だからだ。


孫である私の娘は、ケーキを食べるイベントが近付くと「私のじいじはケーキ屋さんなんだよ」と保育園で自慢しているらしい。私も子供の頃「私のお父さんはケーキ屋さんなんだよ」と自慢していたなとふと思い出した。


もういい歳になったが、父は今でも私の自慢だ。娘の「小説家になりたい」という夢を応援し、原作を担当した漫画を大量購入し、一巻の表紙をクッキーに焼いて、仕事仲間に配りながら宣伝してくれるような父。


クリスマスが今年もやってくる。

自慢であり、憧れの父は今年も栄養ドリンク片手に何処かの家の楽しいクリスマスを彩る為にケーキを焼く。


きっと父がこれを読む事は無いだろうし、こっぱずかしいので見ないでほしいのだが、父が見ない事を前提として書いておこう。


私のお父さんは、世界で一番素敵なパティシエであると。


※ファザコンではないです※

※父、現在は金髪卒業してスキンヘッドです※

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― 新着の感想 ―
[良い点] お父さんとの思い出、それはクリスマスに一緒に過ごせない思い出だけど、むしろそこに家族の絆を感じる、そんなお話に感じ入りました。 [一言] 突然の坊主、お父さんにどんな心境の変化があったのか…
[良い点] いい話です! 心洗われました! [一言] パティシエのケーキがいつも食べられるなんて羨ましいな〜なんて思ってしまいました。カレースプーンで食べる経験してみたかった!
[一言] 私の父は大型スーパーで働いていたので 少し気持ちわかります。 クリスマスはパティシエさんの忙しさに叶わないですが クリスマス、年末が特に忙しく、他の行事の日も忙しくなります。 普段の人員配…
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