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年季の入ったレンタルビデオ店の通路をちらちらと覗きながら右往左往すること数分。
棚に整然と並べられた映像ディスクのパッケージ。古ぼけた独特の匂い。無音。
店内に他に人はいない。今だ。
バックヤードとの仕切りのような黒い暖簾を素早く、なるべく揺らさないように通過する。
R18
全人類を二分するボーダーライン。少数派の僕らに権利はない。上から下へ、決められたこと。然しながら、挑まねばならない。従前とただ、決められた通りにだけ生きれない。自分の中に芽生えた、好奇心の追求だけが、ぼくの持つ唯一の自由に思えた。
内容を細かく確認し選んでいる暇はない。
人差し指をパッケージにかけ、三分の二ほど引き出して確認する。ぱっと見で明らかにアダルトとわかる物は困る。表面はグラビアのイメージビデオか、ちょっとエッチめの映画かなって感じのやつ。とにかくいったん服を着ていてくれ。裏面はどうしたって内容の場面写真が載っているから、せめて細かく。小さい画像がたくさん載っているやつ。ごちゃっとしたやつ。
これだ。これで行こう。
無難な一枚を選び取ると、速やかにR18コーナーを後にする。あらかじめ確保していた一般向けディスク2枚で、アダルトビデオをサンドする。本当はもっとたくさん借りて、その中の一枚に紛れ込ませたいところだったが、そんな金銭的余裕は無い。観きれないし。それは流石に映像作品に失礼だ。そうだ。ぼくは映像作品全体をリスペクトしている。分け隔てなく。未知の世界を見せてくれる映像という発明に感謝。その一環なのだ。
足早にレジへ向かう
店内に新たな客が入ってくる前に、事を済まさなければ。
この先の展開は、想定済みだ。
まず、普通に借りれる場合。
バイトのレジ係が、いちいち年齢など気にしているだろうか。ただ漫然と仕事をこなすだろう。仮に、十七歳一一ヶ月と十八歳0月なぞ、誰が見分けられるものか。その確認が面倒じゃないか。十八歳以下にアダルトビデオを貸したところで、何かペナルティーがある訳でもなかろう。スルーされると思う。
逆に借りられない場合。
「これは…」的なことを言われた途端に「あ、いいです」。これだ。
借りれないなら借りれないで別にいいんで。普通の作品かと思いました。紛れ込んでたのかな?ポーカーフェイス。動揺してはいけない。
借りれないならないでいいのだ。他の二作品は、本当に借りたいやつだし。この二つだけでもいい。とにかく執着してはいけない。ないならないでいいのだ。借りられたら借りられたでいい。借りられなくたっていい。別に気にしない。別にいけるんじゃね?って思っただけ。無理なら無理でいいんです。とにかく、焦ってはいけない。
素早くカウンターにアダルトビデオサンドを置く。店員はいない。早く、早くしてくれ。
ディスクを置く微かな音に気づいてくれたのか、女性の店員がカウンターの奥から出てきて、無言でレジ打ちを始める。
まず一枚目。冒険アドベンチャー。
通った。そりゃそうか。
続いて二枚目。あ、いいです。別にいいです。なしでいいです。
表紙を見た店員に変化はない。そのまま繰り返しの動作でレジ機器を操作する。通った!よし。
三枚目。何だっけ。とにかく通った。
財布からショップのカードを探す。登録時に年齢を書かなかったことは覚えている。
「年齢確認の出来る物のご提示をお願いします」
え。なん…。
年齢確認できる物?そんなものは学生証しか持っていない。年齢確認というのは、R18の作品を借りるからということだろうか。夜遅い時間帯だから、何か青少年育成のための条例とかで、この時間は店舗を利用できないからとかだろうか。いや、そんなはずはない。このくらいの時間に普通に借りれた事がある。やはりアダルトビデオの件だ。早く言うんだ。
「あ、いいです」
「?」
お姉さんはぼくの言葉の趣旨が理解できなかったのか、首こそ傾げなかったものの、はてなの顔をした。いや、わからないならわざわざ確認なんてしないでくれよ。もういいからほっといてください。
「あの…いいです。借りられないなら」
カウンター越しにまっすぐ立ったお姉さんの胸の辺りがぼくの目線だ。そこにあるお姉さんの名札に向かって言った。
「借りられないということではなく、借りられるかどうかの確認の為に、何か年齢確認の出来るものがありますか?」
確かにおっしゃる通りですともお姉さん、あなたが正しいです。借りられるか借りられないか、シュレディンガーの猫状態ですもんね。半分借りれて半分借りれない。そんな不確定な年齢ですとも。あなたが正しいですとも。
「あの、今持ってないんで、いいです」
「あ、それは?そこの」
カウンターから少し身を乗り出したお姉さんが、ぼくが開いた財布の中にちらつく学生証を指差す。ぼくはなんて愚かなんだ。人前で財布をおっぴろげて。
「あ…」
思考がだんだん遅くなる。考えがまとまらない。年齢確認を求められ、その為に必要な物の存在も確認された。ということは提示するしかないのだろうか。確認が済めばそれで終われる。ぼくは財布から引き抜いた学生証をお姉さんに手渡した。
「えっと…」
お姉さんは学生証に記載された生年月日から、律儀にぼくの年齢をカウントした。
「ふん、ふん、ふ。あ、全然足りない。ごめんなさい、R18のは借りれません」
お姉さんは丁寧に学生証を返しながら、分かりきった事実を口にした。
「…。」
「他のに替えますか?」
「大丈夫です」
「では、お会計二点になります」
不思議と嫌な気持ちはしなかった。何だか久しぶりに人とコミュニケーションをとった感じすらする。ちゃんと会話として成立したのだ。ならばよしとしよう。
ぼくは夜の街を、具のないバンズだけ引っ提げて家路についた。