2.冒険者ギルド
私の両親は5歳の頃、盗賊に殺された。
一言でいえば「理不尽」である。
ただ単に馬車に乗って移動していただけなのにも関わらず、突然襲い掛かってきた挙句に、護衛もろとも両親の命を奪っていったからだ。
両親は善良な商人で、いきなり殺される程悪い事なんてしていない。
でも、その時私は、理不尽というものは、その人にどんな事情があろうが、予告も無くやってくる災害の様なものだという事を知ったのだ。
だから私は、全ての理不尽を跳ね返せる程の強さを得ようと考えた。
「最初は延々と家で泣いていたんですけど、泣き続ける内にこういった考えに至ってですね、施設に置いてあった本の内容に沿って魔力を鍛え、ついでに体も鍛えながら少しずつ魔物を狩り始めたんです。で、今はそれなりに強くなったと思います」
「なるほどねえ……」
私と机を挟んでソファーに座っているギルドマスターのシズカが眉間にしわを寄せ、難しい顔をしながら紅茶を飲んでいる。
トム達は受けた依頼を達成する為、私は謎の特殊モンスター認定を解除する為にと利害が一致した結果、私は施設に帰らずにギルドにやって来た。
熊の集いのメンバーには施設へ行ってもらい、事情を説明して私の帰宅が遅れる事を伝えてもらうので、門限その他諸々に関しては安心だ。「完全に日が落ちる前に帰る」という条件で、無理矢理モンスター討伐を認めさせた身なので、予告無く遅れる訳にはいかないのである。
「それで、何故私がモンスター扱いに?」
「あなたどうしてモンスターの素材を剝ぎ取らないのよ!?」
シズカはドンっと音を立て、机に両手を付きながら私に身を乗り出した。
私は彼女の身長差によって見下ろされる形となり、圧迫感に気圧されそうになるものの、ひるまずに反論する。
「いや、ですから私は強くなりたいだけなので。所詮ゴブリンですし、素材を取る時間を移動や修行に充てたいんですよ」
「だーかーらー、それだと私達が困るんだってば!」
顔をしかめながら、シズカがゆっくりとソファーへと戻る。
曰く、どの国でも魔物の脅威に晒されており、倒された魔物は強い魔物と戦う時に必要不可欠ともいえる武器や防具などの素材となる上に、どんな弱い魔物でも使い道があるとの事。
その為、ギルドでは冒険者が魔物討伐で生計が立てられる様に、どんなに弱い魔物であったとしても、ミンチになっていない限りはそれなりの報酬金を支払っているのだ。
つまり、魔物を倒しても素材を剥ぎ取らない理由は基本的に存在せず、せいぜい物凄く急いでいる人が数体放置する程度である為、冒険者ギルドはゴブリンが乱獲され、なおかつ死体には一切手を付けた様子が無いという報告を多数受け、勢力を広げようとしている特殊モンスターが出現したと判断した。
そして「熊の集い」に、調査及び討伐依頼が出されたのである。
「そんな事で私がモンスター扱いを受けていたとは」
「そんな事って言うけど、ギルドにとっては重要なんだからね」
シズカがため息を付き、じとっとした目で私を見つめてくる。
「とりあえず私のモンスター扱いは取り消してもらえるんですよね?」
「ええ、取り消すわ。まったく、見た目はかわいい女の子なのに……次からはちゃんと素材を剝ぎ取って持って来なさい」
「あの私、8歳なので持ってきても売れないんですが……」
「あー、そういえばそうだったわね」
東の国では冒険者等の戦闘職業が、最重要視されているといっても過言では無い。
その影響か特に冒険者は収入も大きく、人々からの評価も非常に高いのである。
その為、憧れを抱く子どもも多いが、無闇に魔物に突撃されて死亡者が多発した場合、将来の戦力が激減してしまうので、冒険者ギルドへの登録及び売却は学園で3年生になるまで出来ない様になっているのだ。
よって、難色を示しながら許可を出してくれた施設の人曰く「学園入学前に、1人でわざわざ魔物狩りに出かける酔狂な人はほとんどいない」との事である。
ちなみに私が魔物討伐を許可されたのも、やたらとしつこかった上にお金にならないので、どうせ直ぐに諦めるだろうと思われたからだと推測される。
「確かにレイナちゃんが売却してどうこうっていうのは一切出来ないけど、私たちが無料で受け取る事は出来るの。もちろんただ働きさせようって訳じゃなくて、あなたがもう少し大きくなったら、装備として還元するわ。どうせお金には興味ないのでしょう?」
「確かにそうですけど、ギルドが私個人にそんな事をしても良いのですか?」
シズカがにこにこ笑いながら、私に説明を始める。
「例えばBランク以上のパーティーには魔法袋を支給しているし、武器や防具を安く買える様に色々と支援をしているの。理由は簡単で、優秀な冒険者になるべく多くの魔物を狩ってもらう為よ。で、確かに何もしていない人に支援をするのは不味いけど、逆に言えば特別な事情……討伐数的に将来有望な若者とか、騎士団からの転向者みたいな人には支援出来るのよね」
「登録前でも大量に納品しておけば、ギルド内で有望だと判断される訳ですね」
「そうそう、判断基準は全てギルドに任されているから可能よ」
――悪い話では無い。
元々ゴブリン以上の魔物を倒す段階になったら、素材取りも始めて装備を少しずつ揃えようと考えていたので、それが多少前倒しになるだけだからだ。
ちょっと面倒ではあるし時間も取られるが、そこまで頑なに断る理由は無い。
なので、私もにっこりと笑いながら
「魔法袋は持っていないので持ち運びには限度がある上に、ゴブリンの素材はそこまで高額にはなりません。なので、大体総額と等価交換ぐらいの物が支給されても良いと思うんですよね。従って、明らかに釣り合わない物しか支給されなかったり、そもそも約束を破られたりした場合には、多分ギルドを襲撃する事になりますがよろしいでしょうか?」
と確認と共に、交渉の受諾を伝えた。
「え? ええ、ギルドの名に懸けて約束は守るから大丈夫よ。なんというか、レイナちゃんはお金に興味が無い割に、意外と交渉には抜け目ないのね」
「両親が商人でしたので、教育を受けていた事がありまして……」
「あー、なるほどね」
シズカが少し目を丸くした後、慌てて笑顔を戻しながら答える。
そしてそのままシズカから差し出された手を、私は可能な限りがっしりと握った。