1 春の日、毒茸、降る砂礫
◆当作品は、以下の長編作品のスピンオフとなります。
本編を読んでいなくてもお楽しみいただける内容ですが、よろしければ長編の方にもお立ち寄りいただければ幸いです。
「色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜」
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それは、うららかな春の日のことだった。
眼前には、碧く澄み切った水を湛える、美しい湖。
その畔には、黄色い花が咲き乱れる青々とした草原が広がっている。
草原の少し先には常緑の森が広がっていて、小鳥は歌い、栗鼠や野うさぎが木々の間を駆け回っていた。
僕はデイビッド、二十歳だ。
茶髪で灰色の瞳を持ち、優しげな風貌だと評されることが多い。
僕が訪れているこの湖は、父が治める領地の東端に位置している。
風光明媚なこの地は、王国内でも人気の別荘地だ。
夏の休暇の時期になると、他の領地からも続々と貴族たちが保養に訪れ、舟遊びや狩りに興じて羽を伸ばしている。
僕がなぜ、オフシーズンにわざわざ、この地に足を運んだのか。
それは、この湖を囲む森の一部分に、何故か毒を持つキノコが大量に発生し始めた為であった。
そのため、元狩人である執事のトマスと共に、数日前からこの森と毒キノコの調査を行っているのだ。
そもそも貴族の嫡男である僕が出向く必要もないと思われるかもしれないが、それにも事情がある。
僕の生家であるロイド子爵家のルーツは、薬草やハーブの栽培に端を発している。
そのため、子爵家嫡男である僕も、薬草やハーブ、更には毒草や毒を持つ生物についても造詣が深いのだ。
毒キノコが群生している場所は森の奥、切り立った崖の近くである。
到着してみると、確かに、猛毒の毒茸が一面生い茂っているのだった。
僕が顔を布で覆い、細心の注意を払いながら胞子を採取していた、その時——。
ドゴォォォオン!!
轟音と共に近くの岩肌が崩れ、ぱらぱらと砂礫が降ってくる。
胞子が舞うのを浴びないように、僕は慌ててキノコの群生地から離れ、崩れた岩肌の方を見た。
間をあけずに、もうもうと立ち昇る土煙の中から二人の少女が姿を現す。
「アリサったら、やり過ぎですっ! 迷宮が崩れて生き埋めになったらどうするんですか!」
「えぇー? ソフィアは真面目すぎるよー。なんだかんだ罠からも逃げられたし、迷宮も崩れなかったじゃん?」
「次は慎んで下さいっ! ていうか迷宮の外に出ちゃったじゃないですかっ!」
——それが、僕の将来の妻との出会いだった。