ミーはノラ妖精、名前はまだにゃい
ミーは黒猫の妖精。
野良妖精だから、名前はないのにゃ。
初めて来た大きな街をお散歩していると、いつの間にか変な場所に来ちゃったのにゃ。
そこには口の悪いフェンリルがいて……。
★当作品は、長編ハイファンタジー作品
「色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜」のスピンオフ作品です。
時系列は本編の十九年前、もう一つのスピンオフ「隣の山〜」の一年後です。
*人語を「」、妖精語を『』で表記しております。
皆さん、はじめまして。
ミーは、黒猫の妖精ですにゃ。
生まれたばかりってワケでもないけど、名前はまだないんですにゃ。
ミーには親妖精がいないにゃ。
闇の精霊様っていう親精霊はいるけど、闇の精霊様は自分も名前を持ってないから、ミーも名前を持ってないんだにゃー。
それでも、ミーは不便したこと、なかったにゃ。
一匹おおか……じゃにゃい、一匹猫だから、友達なんていないしにゃ。
ある日、ミーは人間の街に出かけたんだにゃ。
大きい街だにゃー。
街の中央には世界樹がそびえ立っていて、街全体を覆って悪しきものから守っているのにゃ。
そんな街だから、妖精たちもいっぱいいるにゃ。
魚の骨みたいな妖精が空を泳いでるのを見た時にはびっくりして、思わずそいつを投げ飛ばしたら生垣に頭から刺さっちゃったにゃー!
今でも骨の妖精はそこが気に入ってて、生垣に刺さりっぱなしらしいにゃ。
うんうん、気に入ったなら良かったにゃ。
その後も気ままに散歩してたら、綺麗なお庭で、白くて大きいモフモフに出会ったんだにゃ。
そいつはフェンリルっていう妖精で、真っ白い毛は目を隠すほど長いにゃー。
妖精の言葉しか喋れないミーとは違って、人間の言葉も喋れる、賢い妖精なんだにゃ。
『おい、そこの野良妖精、ここは俺の縄張りだ。勝手に入るんじゃねえ』
『なんにゃ、縄張りって。ミーはこの街に来たばっかりだから知らないにゃー』
『ああん? ナマいってんじゃねえ』
フェンリルは賢いけど、口はすこぶる悪かったにゃ。
ミーがフェンリルとばちばち火花を飛ばし合ってると、飼い主らしき女の人が歩いてきたにゃ。
フリフリしたたっぷりの生地を使った服、確かドレスっていうにゃ。重そうだし、歩くの大変そうにゃ。
けど、女の人の銀髪銀眼によく映える、青いドレスはとっても綺麗にゃー。
『こらこら、フェン。意地悪言わないの』
『ああん? ハル、この猫野郎、俺の縄張りに――』
『いいから、黙らっしゃい。ほら、おすわり』
『クゥーン』
フェンリルのフェン、飼い主には逆らえないみたいだにゃ。
こうなるとただの大きい犬。ちょっと情けないにゃ。
『ねえ、野良妖精ちゃん。どうやってお城の中まで入ってきたの?』
『にゃ? お城?』
『ええ、ここはお城にある中庭のひとつよ。私の住む場所、外から隔離されてるから、入ってこれないはずだけど』
『そうなのにゃ? ミーは普通に塀の上を登って入ってきたにゃよ?』
『まあ! あんな高い塀、越えられたの? 流石猫ちゃんね』
女の人はうんうん、と頷く。
するとフェンが、すうっと目を細めた気がしたにゃー。目、隠れてて見えないけど。
『なあ、ハル、こいつ追い出してもいいか?』
『あら、ダメよ。せっかくお友達が増えそうなのに。……ねえ、猫ちゃん、お名前は何ていうの?』
『名前はないにゃー。ところで……人間のお姉さん、どうしてミーの言葉がわかるにゃー?』
『あらあら、人間のお姉さんだなんて。私の名前はハルモニア。ハルって呼んでね』
ハルは、にこっと笑う。
ミーも女の子だけど、ハルの笑顔はミーに負けないぐらい、とっても魅力的だにゃー。
『じゃあ、ハル、どうして妖精の言葉がわかるのにゃ?』
『うーん、私、ちょっと特別な子なの。私ね、妖精さんたちと話せる代わりに、人の言葉がわからないの』
『えっ? ハルって人間じゃないのかにゃ?』
『今は人間かなあ。本当は妖精になりたいけど』
『か、変わった子だにゃ?』
『ねえ、野良妖精さん。私とお友達になってくれないかしら? あ、そうだ。私がお名前、あげてもいい?』
『にゃん。可愛いの、頼むにゃ』
『やった! じゃあ、お外から来た野良妖精、黒猫の……ノラちゃんね!』
『……あ、安直』
『……おい。言うな。俺だってフェンリルだからフェンって――』
ミーがぼそりとつぶやくと、すかさずフェンがこぼしたにゃ。
『だ・ま・ら・っ・し・ゃ・い』
『クゥーン』
やっぱりフェンはハルに逆らえないのにゃー。
『ノラちゃん、いいわよね? 可愛い名前よねっ?』
『は、はいにゃ』
こうして、ミーはノラっていう名前をもらったのにゃ。
それから数日が経った、ある日。
ミーは、今もお城にいるにゃ。
ハルはふかふかの寝床も、新鮮なミルクも、美味しいご飯も用意してくれるにゃ。
フェンは最初、ミーがここに住むのが気に入らないみたいだったけど、ミーはここが気に入ったのにゃ。
それに出て行こうとするとハルは寂しそうな目を向けるから、フェンも諦め——
『おい、ノラ。お前、いつまでここに居座る気だ』
『ミーが飽きるまでにゃー』
諦めてなかったにゃ。
今は、ハルはどこかに出かけているにゃ。
鎧を着た人間の男が、部屋の鍵を開けて、どこかに連れてってしまったのにゃ。
『ところで、ハルはどこへ行ったんだにゃ?』
『神事だろ。ハルは巫女だから、時々こうやって外に連れて行かれるんだ。神事の時以外はこの部屋にこもりっきり。ずーっと閉じ込められてこき使われてて、可哀想だ』
『ここから出ようと思わないのかにゃ?』
『ハルは自分に言い訳して、誤魔化し続けてるんだよ。どうせここからは出られない、逆らったって酷い目に遭うだけだ、それより自分の力をみんなのために役立てるべきなんだって、自分に言い聞かして。けど、本当は静かな森で妖精みたいな暮らしをしたいんだって、言ってたな』
『ふーん……』
フェンは、本気でハルの心配をしてるみたいだにゃ。
けど、そう思うならどうして何もしないにゃ?
『フェン、フェンはどうしたいにゃ?』
『ん? 俺か? 俺はハルのそばにいられれば、それでいいんだよ』
『それだけかにゃ?』
『それだけだよ。それで充分だ』
『……腰抜けにゃ』
『……あん?』
『だって、本当にハルのことを思うなら、ハルのためになにかしてあげたいと思うんじゃないかにゃ?』
『何かって、何だよ。ノラ、お前はここがどこなのか知ってるのか? 城の中だぞ。ハルは幽閉されてるんだぞ。簡単には逃げられないし、逃げたって、城の奴らは一生追いかけてくるんだ。ハルのいう安寧なんて、どうやったって望めないんだよ』
『でも!』
『でも、じゃねえ! 俺だって悔しいんだよ』
そう言って、フェンは寝床に戻り、丸まってしまったにゃ。
しばらくして戻ってきたハルは、少しやつれて、元気がないようだったにゃ。
フェンは、ミーとの言い争いなんてなかったみたいに、尻尾を振ってハルを迎える――本当に犬みたいだにゃ。
けど、フェンとミーの顔を見るなりハルの顔は綻んで、これならこれでいいと思うフェンの気持ちも、わかっちゃったのにゃ。
◇◆◇
ミーはもと野良妖精、黒猫のノラ。
名前は、今の飼い主、ハルにもらったにゃ。
ハルがこないだプレゼントしてくれた、しましま柄の可愛いリボンは、ミーのお気に入りにゃ。
ハルは、十五歳の頃からこの城にいるらしいにゃ。
今、ハルは二十歳。
もう結婚していて、二年前に男の子を産んでいるらしいにゃ。
けど、旦那さんの姿も子供の姿もミーは見たことがないから、まだ信じられないんだにゃ。
ハルの夫は、こんなところに奥さんを閉じ込めて子供にも会わせないで、どういうつもりにゃ?
ハルに聞いたら、『子供には会いたいけど……でも、神事の時には会えるから、いいの。どうせ会っても、話も出来ないから、仕方ないよ』って寂しそうにしてたにゃ。
フェンもハルも言い訳ばっかりで、自分で動かないにゃね。
ハルもミーみたいに塀の上を通って、子供に会いに行けたらいいんにゃけど。
ミーなら余裕で行けるから伝言だけでも……って思ったけど、ミーは人語を喋れないし、ハルの子供の顔も知らないし。
……って、これも言い訳だにゃぁ。
「ちわーーーっす!!」
『なんにゃ? 賑やかな人間が来たにゃ?』
『知らない人間だな。ちょっとやかましいな』
『フェン、通訳お願いね』
フェンリルのフェンは賢い妖精だから、人間の言葉が喋れるにゃ。
部屋に入ってきた人間は緋色の髪と瞳が印象的な、体の大きな騎士だったにゃ。
「初めまして! 今日からハルモニア殿下の近衛騎士になります、新人のカイといいます! よろしくお願いしまっす!」
『このやかましい人間は、今日からハルの近衛騎士を務めるそうだぞ。カイという名だそうだ』
フェンはこの調子で、立派に通訳をこなしていくにゃ。
ミーは、ちょっと羨ましく感じたにゃ。
『はじめまして、カイさん。聞いているかもしれないけど、私はフェンを通さないとお話しできないのよ。ちょっと不便だけど、よろしくね』
「よろしくっす! ハルモニア殿下、俺、何でもするんで、何でも頼って下さいっ」
その後、ハルとカイは、フェンの通訳を挟んで、しばらく談笑していたにゃ。
それを眺めながら、ミーはいいことを思いついたのにゃ。
『フェン、お願いがあるにゃー!』
『おいおい、なんだよ。面倒なことならやらねえぞ』
『そう言わずに。ハルのためにゃー』
『ハルのため? ふん、仕方ねえ。話ぐらい聞いてやるよ』
『ミーに、人間の言葉を教えるにゃー』
『はぁ? なんでそれがハルのためなんだよ』
『かくかくしかじか……』
ミーは、フェンにミーの計画を話したのにゃ。
身軽なミーなら、塀を越えてハルの子供に会いにいけること。
ハルの伝言を子供に伝えて、子供の伝言をハルに伝えることが出来るように、人語を学びたいこと。
『…子供に、なぁ。確かにお前の身軽さなら塀は越えられるだろうが、ハルの子供に会えるかどうかは分かんねぇぞ。なんせ、外から嫁入りしたハルと違って、ハルの子供は生粋の王族だ。ハル以上にガードが堅いぞ』
『それでも、言い訳ばっかりして何にもしないのは嫌なんだにゃー。少しでもハルの気持ちを晴らすことができるんなら、ミーは頑張るにゃ』
『……お前、なんでそんなに頑張るんだよ? 猫のお前はこの場所が窮屈ならいつでも出ていけるし、ハルにそこまでする義理はないだろ?』
『ハルには、名前をもらったにゃ。可愛いリボンも、もらったにゃ。ずっとひとりだったミーに、初めてふたりも友達が出来たにゃ。何も返さないなんて、ミーには出来ないにゃ』
『友達……』
フェンは、長い毛を床まで垂らして、何やら考えているにゃー。
ふふん、少しは頑固犬の心に響いたかにゃ?
『……つーか、お前、猫っぽくねぇよなあ』
『ミーは猫だけど妖精だにゃ! 自由は好きだけど義理堅いのにゃ!』
『ふん、分かったよ。人語は複雑で、覚えるの大変だぞ。それでもやんのか?』
『もちろんにゃー!』
それからしばらくして。
「こん、にゃち、は。みぃ、猫、ノラ」
「おっ! だいぶ上手になったな、ノラ」
『ん? カイは何て言ったにゃ?』
『だいぶ上手になったな、ってさ。ノラ、聞き取りはまだまだだな』
『にゃうーん』
「ノラ、その、ちょう、し」
「おいおい、カイ。お前までカタコトになることねぇんだぞ」
「あっ、つい。ははははは」
まだ時間はかかりそうだけど、ミーは絶対、ハルの気持ちをハルの子供に届けるのにゃ。
言い訳ばかりで動かないんじゃ、何にも変わらないのにゃ。
ミーは、ハルに、諦めてもらいたくないのにゃ。
『ノラ』
『なんにゃ?』
話しかけてきたハルは、優しく笑ってはいたけど、いつになく真剣な声色だったにゃ。
髪の毛と同じ銀色の瞳が、真っ直ぐにミーを見て、ふにゃっと細まったのにゃ。
『ノラを見てるとね、私、もうちょっと足掻いてみようかなって思えるんだ。何か、私にも出来ること――今すぐじゃないけど、見つかるかもしれない』
『ハルに、出来ること?』
『自分のためじゃなくて、誰かのために頑張るって、とっても素敵ね。言い訳ばかりじゃ、何にも変わらないのよね。ノラ――』
ハルは優しい笑顔を浮かべて、両腕を広げたにゃ。
『――教えてくれて、ありがとう。あなたは私に光をくれたわ。ノラ、私の、大切なお友達』
『にゃうーん!』
ミーは、ハルの腕の中に飛び込んだにゃ。
お日様みたいな、お花みたいな香りがして、それからギュッと抱きしめてくれて――フェンが拗ねて鼻を鳴らして、フェンは代わりにカイに撫でられて。
ミーは、みんな大好きなんだにゃ!
◇◆◇
それから十九年。
ミーは、人間の言葉、ペラペラになったにゃ。
努力の甲斐があったにゃー!
ハルとハルの子供との距離は、結局思うようには縮まらなかったにゃ。
けど、出来ることはやったと、胸を張って言えるにゃ。
ミーの影響かは分からにゃいけど、ハルも、何やらやるべきことを見つけたみたい。
そうそう、ミーはずっとハルと一緒だったんにゃけど、しばらく前から、お城を離れているのにゃ。
けど、それも、数年前に王妃になったハルのお願いを叶えるため。
今は、ちょっとオジサンになったカイと一緒に湖に来ているにゃ。
「あー、湖もいいけど、たまには海に行きたいよなぁ。知ってるか、カイって名前には『海』って意味があるんだぜ」
「ふーん。海はしょっぱいにゃ。ミーは湖でいいのにゃ」
「そんなこと言うなよー。そう言えばノラ、お前の名前って、王妃様にもらったんだよな?」
「そうにゃ。野良妖精だから、ノラ。ちょっと安直だにゃ」
「ん? 野良? 違うと思うぞ。『ノラ』は確か、『光』って意味だ」
「……にゃっ?」
「王妃様、外から来たお前が、眩しかったんだろうな。友達になれて嬉しかったんじゃないか?」
……そんなの、聞いたことないにゃ。
野良、のノラでも気に入ってたけど、『光』かぁ。
そうかぁ……。
「さ、さっさと仕事終わらせて、王妃様に思いっきり褒めてもらおうぜ」
「にゃん! 早く帰って、抱っこしてもらうのにゃ!」
「おう! 頼むぜ、相棒」
「ふふん、ノラは賢い猫にゃから、頑張るのにゃ」
「さて、仕事の前にちょっとだけ寄り道だ。せっかく近くまで来たんだし、墓参りしてっていいよな?」
「もちろんにゃ」
ミーはカイの肩に飛び乗ったにゃ。
そして――お墓の前には、先客がいたのにゃ。
「……殿下?」
〜Continued on Episode 65〜




