誰か夢だと言ってッ!!
『趣味は何?』
もし誰かにそう聞かれたなら、あたしは瞬時にこう答えるだろう。
「美形観察ですッ!!!」と――――。
そう、あたしは自他共に認める無類の美形好き。
美しい人を見ると、男だろうが女だろうがときめかずにはいられない。
でもそれは恋愛感情とはまた別モノのときめき。
言うなればそう、「憧れる」という感情に近いもの。
だからあくまでもあたしの美形好きは「趣味」レベルでおさまっていると思っていた。
…今日、こんな夢(あるいは幻覚)を見るまでは。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「あの、本当にごめんなさいっ!」
…美形好き過ぎてあたしの頭はとうとうおかしくなってしまったようです。
まさかこんな痛い夢…あるいは幻覚を見るなんて思いもしなかったよ、ほんと。
これじゃあ、もうヘンタイレベルだよ。
ちょっと反省。
「いけないことだとは思ってたんですけど、止められなくて…」
さっきからしきりにあたしに向かって謝罪の言葉を述べているのは、今まで見てきた美形さんたちの中でも群を抜いた美しさを誇る美青年。
年はあたしと同じくらいか少し下くらい。
服装と声からして男だと判断したんだけど、女といっても通用するくらい綺麗な顔立ちをしてる。
「本当に、本当にごめんなさいッ!!」
ふわふわと春風になびく柔らかそうな茶色い髪。
その髪と同じ色の大きな瞳。
何度も謝罪の言葉をこぼす、薄桃色の愛らしい唇。
まるで芸術品のようだね、美青年よッ!
何もかもが完璧に整ってるよ!
―――でも、夢や幻覚にしてはやけにリアル…
夢や幻覚って、もっとこう…ぼんやりしてるもんじゃないのかな?
ここまでリアルだと逆に自分の想像力に感服しちゃうよ。
あたしってば、いつの間にこんな想像力を養ってたんだろう?
そこまで美形好きが進行しているとは思いもよらなかったなあ…。
「…あの?」
なかなか言葉を返さないあたしを不思議に思ったのか、恐る恐るといった表情でこちらを伺う美青年。
うーん、本当にリアルだな、オイ。
その美しさはちょっと浮世離れしてて人形っぽい感じがするけど、仕草や表情はそこらへんにいる人達と大して変わらないし。
ほんと、あたしの想像力すげぇな。
もう「匠」の領域って感じ?
―――はっ!!いかんいかんッ!!
今のあたしはこんな素晴らしくも痛い夢(あるいは幻覚)を見ている場合じゃなかった!
夢でも幻覚でもとにかくこの状況から早く目覚めなければ。
現実のあたしは確かものすごーく大事な場面に直面していたんだから。
―――けっこう興奮してたから、意識飛んじゃったのかもなー。
そうそう。
現実のあたしは大事件に直面してたんだよね。
だからこんな夢(あるいは幻覚)を見てる場合じゃないっての。
早く目覚めないとあの野郎を逃がしちゃうじゃないの…。
―――…でも、夢ってどうやったら覚めるんだろ?
夢か現実か判断するにはよく頬をつねってみればいいと言う。
けど夢から覚める方法なんて聞いたこともない。
―――うーん、仕方ない…とりあえず頬をつねってみるか…?
とにかく何かしないと。
そろそろ自分の想像力の逞しさに恐ろしさを感じてきちゃってるしね…。
よし!
そうと決まれば、せーのッ!!
「痛いッ!!!」
ああ、勢いよくつねり過ぎたッ!!!
マジで痛いよ、これぇ!
自分でやったくせにちょっと泣きそうなんですけど…。
―――いやいや、でも痛いってことはやっと現実に戻ってこれたということで…
「大丈夫ですか?」
甘やかな声に顔を上げれば視界に広がる極上の美青年。
麗しい顔に憂いを浮かべ、心配そうにあたしの顔を覗き込んでいる。
…しかもかなりの至近距離で!!!
「ぬわあああああああッ!?」
「あ、危ない!」
ゴーンッ!という轟音が辺りにもあたしの頭の中にも響き渡る。
次いで頭を襲った鈍い痛みに思わず蹲る。
頬のをつねった時よりも何十倍もの痛さが頭を駆け巡る。
どうらや、驚きのあまり後ずさったことで背後にあった電柱に思いっきり頭をぶつけたらしい。
――――痛いッッ!!痛すぎるッ!!でも痛いってことは現実なのに何で…
「大丈夫ですか!?」
何でこの美青年は消えてくれないのッ!?
おかしい!
おかしすぎるよ!!
「あ…あなた夢じゃないの?」
「は?」
困惑気味の表情さえ麗しい美青年。
ああ、やっぱり美形って素晴らしいッ!
どんな表情も仕草も素敵に見えちゃうんだから…
――――ッて、そんなこと思ってる場合じゃない!!!
これが現実だとしたらよ?
この美青年も現実?
いやいや、でもねッ!
現実のあたしは確かここ数カ月この辺をうろついていた妹のストーカーを追いかけていたはずなんですよ!?
しかもどうにかこうにそのストーカーを追いつめて「さあ、その顔を見せなさい!」何て言ってたとこなんですよ!?
そしたらそのストーカーの顔がこの美青年になって…。
現実的に考えて美形がストーカーなんてしないでしょう?
だからあたしはストーカーが極上の美形という痛い夢を見ているものだとばかり…。
「まっ、まさかあなたがストーカー?」
「はい。ここ数カ月あなたを追い回してたのは僕です」
「でええええええええッ!?」
妹のストーカーだと思ってたら実はあたしのストーカー。
しかもそのストーカーは極上の美青年でした☆
……そんな非現実的なこと、誰だって夢か幻覚だと思うでしょ?
本格的連載は春以降となる予定です。