7・おじさん
「………い、……そう……颯太!起きろ!」
…………ん……?
悠大?
一体何をそんなにあわてて……。
「あれ、悠大……ここは?」
周囲の風景は、僕達にとって馴染みのないものだった。
古風な石壁に、アーチ型の天井。
その雰囲気は、どことなくヨーロッパを想起させる。
見覚えはない。
少なくとも、学校内にこれだけ立派な建築があったとは思えない。
「ああ颯太、起きたか。ぐーすか眠ってやがるから、死んだかと思ったぞ」
「眠ってたって分かってるじゃないか。……それで?」
「『それで』って?」
「ここは何?どこなの?」
石造りの壁。
アーチの天井。
現代社会で見るのはごく稀だ。
というか、僕はこんなに立派な建築を見たことがない。
僕達が今いるこの部屋には、妙な胸像もあった。
どこが変かというと。
とにかく、髪型がおかしい。
これに尽きる。
自他ともに認める変人、画家のサルバドール・ダリさえもこれには及ばないかもしれない。
髪型は、ええと、うん、どう形容すれば良いのだろうか。
適当な名称が思い浮かばない。
強いて言うのなら、パイナップル、かな?
具体的に描写するのが難しい。
まず、側頭部と後頭部は刈り上げ。
顔面などよりも盛り上がっているところを見ると、おそらくうっすらと生えているのを表現しているのだろう。
そして残りの頭頂部。
この部分の髪の毛は、頭の上でまとめられている。
紐で何回も縛ったのだろうか、15センチほどがまるで棒のように固まっている。
しかもそれが横に倒れないのだから驚きだ。
さらに。
その棒の先からは、植物よろしく髪の毛がはみ出ている。
棒と髪とが描く線が、どうにもパイナップルに見えてしょうがない。
せっかくの色男が台無しだ。
「……ねえ悠大、あれなに」
「ああ、あれ?……なんだろうな。……プッ……あの髪型で大真面目な顔してるとこが面白いよな。……ふ、ふ、……くくっ、なんなんだろ、ホント」
「なんだろうね、ホント」
謎はとけなかった。
「みんな、居る?誰も欠けてないよね?」
と、みんなに声をかけたのは倉敷美月さんだ。
学級委員長で、クラスメイトからの信頼も厚い。
おまけにアイドル顔負けの美人で、惚れている男子も多数。
「おっ、イインチョー!ん〜、今日も美人だな〜」
……ちなみに悠大も、彼女に惚れている者たちの1人。
ざっと周囲の顔ぶれを見てみる。
「……全員いるかな?」
「そうだな、みんな居る」
「大丈夫ね」
皆口々に、安否を確認する。
確かに、全員居るみたいだ。
「ここはどこなのかしら」
「学校じゃないよな」
「オックスフォード大学じゃね?」
「それはイギリスだろ」
「石レンガだ……」
「あの彫刻なに?」
「ヤバ、超ウケる」
うーん、考えても分からない。
ここはどこなんだろう。
「皆様、ようこそおいでくださいました。どうぞこちらへ」
突然、部屋の扉が開き、初老の男性が出てきた。
妙な髪型は流行っているのだろうか。
彼も、パイナップルヘアーだった。
■ ■ ■
「…………とまあ、そんなわけであなた方を召喚したわけですが……どうかいたしましたかな?何か可笑しいところでも?」
やばい。
説明が全然頭に入ってこない。
先程からこのおじさんが何かを話している。
話しているのだが、パイナップルヘアーが生きて揺れ動いているのを見ると……。
やはり胸像と違い生身ではその髪型を完全に固定することは出来ないのか、歩くたびに、あっちにゆらゆら、こっちにゆらゆらと動いている。
側頭部はツルピカで、ちょうど証明の光が反射している。
眩しい。
しかも、おじさん自身は至って真面目。
ウケ狙いの様子ではない。
これこそが、ギャップというものなのか……。
なんか違う気もするが。
ここで委員長が口を開いた。
「あなたの話をまとめると、ここはミルドハイム王国というところで、とある宝物をもっていた。それには豊穣の力があり、その力によってミルドハイム王国は繁栄していた。しかし魔王によってそれが奪われ、国家が危機にさらされている。それを取り返すために、強力な能力を持つ異世界人を召喚した、と」
さすが委員長。
こんな時でも至極冷静だ。
「で、あなたは……ンンッ、あなたは、私達を召喚した……ええ、ンンッ、私達を召喚した、宮廷魔道士の……ンン、フッ……」
めっちゃ笑ってた。
しかし、無理もない。
委員長が説明するたび、おじさんは頷き、パイナップルが揺れる。
あっちにゆらゆら、こっちにゆらゆら……。
でも本人は至って真面目。
やばい、ツボってきた。
だめだ、まだ笑っちゃいけない。
みんな堪えてるんだ。
おじさんの醸し出そうとしてる空気を崩しちゃいけない。
はっと、誰かが息を呑んだ。
おじさんの隣りにいた、兵士のような男だ。
「宮廷魔道士殿!確か、召喚したのは25人とおっしゃいましたね!?」
「ああ、そうじゃが。それが何か……」
「この場には、異世界人の方は24人しかいません!」
「……なに!?」
相当驚いたのだろう、おじさんが勢いよく僕達の方を振り返った。
その拍子に。
おじさんのパイナップルヘアーが、根本からポッキリと折れてしまった。
僕は吹き出した。
多分みんなも吹き出したと思う。