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人外転生  作者: 雪鼠
18/21

18・勇者

 家のある洞窟の、入り口についた。

 しかしそこには、何故か戦闘のあとがあった。

 俺は眉をひそめる。

 ここ数日、ここで何かと戦った覚えはない。

 そもそも、朝にここを通ったときにはこんなものなかった。

 地面には多くの足跡があり、剣でえぐれた壁やら、魔法で焼け焦げた天井やらが目に入る。

 これは…………なんだ?

 もしかして。

 あいつら(元クラスメイト)………?

 いや、違う。

 俺の速度を追い抜かせるはずがない。

 人間の脚力で、俺と並ぶことなんてできないはずなんだ。

 じゃあ、いったい、この戦闘痕は………。


 嫌な予感がして、洞窟内の家に急ぐ。

 家に行くにはにはまだまだ時間がかかる。

 洞窟の奥にあるからだ。

 ……………戦闘痕は、まっすぐ家の方向に伸びていた。




   ■ ■ ■




 家は、俺とアイリスの家は、無惨にも破壊されていた。

 庭の畑の野菜は踏み荒らされ、家の右側は崩れ、屋根はずり落ちて吹き抜け状態になっている。

 俺には無いはずの心臓が、嫌な鼓動を打つ。

 みぞおちのあたりが、すっと冷える。

 アイリスには、家に帰っているようにと伝言した―――。

 もしやと思い、家の中を捜す。

 一階の台所、家具のものとおぼしき木片が散らばったリビング、積まれていた本が倒れ一層散らかっているアイリスの部屋。

 アイリスは、居ない。

 少なくとも、ここでは死んでない。

 外へ出て、あたりをもう一度見渡す。

 戦闘痕は、家を通り過ぎ、洞窟の更に奥まで続いていた。




 走る。

 全力で、走る。

 戦闘痕は、一目で分かるほどはっきりついている。

 これを辿って、走る。

 こんな大規模なあとをつけられるのは、アイリスぐらいしかいない。

 並の冒険者はせいぜいが魔法で壁が多少焼ける程度だ。

 床、壁面、天井の全域をここまで損傷させるなんて、そうそうできっこない。

 だから、このあとはきっとアイリスがつけたもの。

 これを辿ればきっと、アイリスに会える。

 大丈夫だ。

 アイリスは強い。

 そう簡単に負けたりしない。

 たとえ相手が、チートスキルを持っていても。

 大丈夫。

 きっと、大丈夫。

 アイリスなら、きっと―――




 アイリスが、いた。




 血まみれで。




「アイリス!」


 血が、血が出てる。

 腹から、大量に。

 止血を、しなくちゃ。

 腰のポーチから清潔な布を取り出す。

 止血は、そうだ、傷口に押し当てるんだ。

 圧迫して、血が流れないようにする……。


「………あ…………リリ、ちゃん………ゴボッ……」


 アイリスが、喋って、血を吐いた。


「喋るな…………喋っちゃ、だめだ。血が、血が出てる……ああ、クソっ、なんで止まんないんだよ………ああ、もうっ!!」


 血が、止まらない。

 止血の方法はあってるはず。

 なのに………止まらない。

 傷が、深すぎる。


「リリ、ちゃん…………」


「ああ、もう、喋るなって、もう、安静にしないと、そうしないと、死んじゃうだろ!」


「……私の、日記…………机の、中……………」


「日記?は?今はそんなん、どうでもいい!喋るな!今は、これを、どうにかしないと…………」


 そうだ。

 アイリスの傷を、治さないと。

 傷を…………。

 ちらりと、彼女の腹部を見る。

 大きく肉がえぐれて、おぞましい量の血が流れ出ている。

 内臓がいくつも損傷しているだろう。

 これは……………。

 これは、もう………………。


「そうだ、回復薬!お前、必ず持つようにしてるって……………」


 いいかけて、やめる。

 アイリスの左手には、回復薬の、空の瓶が握られていた。

 もう、使ったあとなのだ。

 その上で、この重傷なのか。

 どうする。

 止血は効果がない。

 回復薬も、もうない。

 こんな高級品は、早々手に入らない。

 家に常備できるようなものではないのだ。


「どうする………………どうすればいい…………ああクソッ、もう………」


「…………大丈夫…………ゴホッ………覚悟は、してた…」


「!…………覚悟って、何だよ。だめだ、死ぬな、死んじゃ嫌だ」


 まだきっと手はある。

 どうにかして、どうにかして、死なせないようにしないと。

 まだ、まだ俺は、彼女のために何もできていない。

 俺が魔物であるにも関わらず、家族のように愛してくれた彼女に。


「誰にやられたんだ、いったい誰がこんなことを」


「……黒髪の、集団。まだ若い人たちばかりだった……………私も知らないような技を持ってた。スキルか、魔法か…………」


 目の前が、真っ黒になったような気がした。

 黒髪の集団。

 知らないスキル。

 やっぱり、あいつら(元クラスメイト)だった。

 俺があの時、あいつらを止めていれば。

 そうすれば、きっとアイリスは……………。

 彼女は、震える手を持ち上げ、俺の手を掴む。

 そして、囁くように、言う。


「……………リリー…………私の、家族………………」


 彼女の手から、込められていた力が抜ける。

 俺は、慌ててその手を握る。


「アイリス…………死ぬな…………アイリス…………………」


 その願いも虚しく。

 彼女は、アイリスは、息絶えた。




   ■ ■ ■




 アイリスが死んだ。

 俺の、目の前で。

 しばらく、少なくとも半日は、呆然とその場で座っていたと思う。

 朝は、普通に元気に暮らしていた。

 ご飯を食べて、村に行って、依頼を受けて。

 そして今、もう死んでるのか。

 実感が、わかない。

 でも、目の前で動かないアイリスを見ると、その現実ををまざまざと突きつけられる。


『ふむ、哀れだな。ユニークスキル無しでも問題なく生活しているかと思ったが、そうでもないようだ』


 …………この声は。

 聞くだけでも虫酸が走る、気色の悪い猫なで声で傲慢な感じを演出しようとしたとした結果微妙にダサいおっさんっぽくなっているこの声は。

 自称時の神クロノス。

 他人を見下して優越感に浸っている変態。


『相変わらず、酷い言いようじゃな。もうあれから1年経つのか』


「今はお前の声なんて聞きたくね―んだよ黙っとけどっか行けここから去れ姿を見せるな」


『荒れとるの』


「うっせーな、今俺はめっちゃお前にムカついてんだよ。お前が勝手に俺たちを異世界に飛ばさなければ、お前が、お前が何もしなければ、こんなことにはならなかったんだ。お前のせいだ。お前が悪い。お前が…………」


『私が何もしなければ、貴様はそこのアイリスとやらに会えなかったのだがな』


「……………うっせぇ。てか、お前どこにいるんだよ。殴りてぇのに姿が見えないじゃんか」


『穏やかでないの。神は肉体など必要ないのだよ。殴ろうにも殴れんさ』


「つまり幽霊か。南無阿弥陀仏でも覚えときゃ良かったな」


『効果はないと思うが……?』


「消えてほしいって意味の軽口だ。というわけで消えろ」


『ふむ、気に入った。私を神と知っての狼藉、面白いことを言うではないか。褒美をやろう』


 褒美……?

 突拍子もない野郎だな。

 イライラがマックスだ。


「いらねーよ。速く消えろ。まじで殺すぞ?」


『……ほう!いらないと申すか。神からの褒美を。贈り物を?』


 やけにもったいぶって言う。

 いったい何を…………。

 …………!!


 そうだ。

 きっと、こいつ()なら………。


「……………アイリスを、生き返らせることはできるか?」


 神は、数秒の、息の詰まるような沈黙のあと、口を開き、そして…………


『それはできん。此奴(こやつ)の魂は既に世界に拡散しておる。修復は不可能じゃ』


 ………………。

 やはり、だめか。

 一瞬でも期待した俺が馬鹿だった。


「…………じゃあ、ここから消えろ。いなくなれ。俺に接触するな。それが褒美だ。いいな?分かったら、消えろ!いま機嫌が悪いんだ!」


『…………ふむ!ますます気に入った。やはり、褒美をやらなくては!』


「はあ!?マジうっぜぇ!クソが!」


 適当に魔法を放つ。

 床も壁も、十数メートル離れた天井すらも焦がし、炭化させる。

 炎系統の魔法だ。

 いい加減にうざったい。

 効くとは思わないが、こっちの本気を分からせてやる。

 褒美なんて、いらない。

 とにかく、邪魔だ。

 今は、今はとにかく、ひとりにしてほしい。


『効かないぞ。そんなことも分からないのか?』


 五月蝿い(うるさい)

 五月蝿い五月蝿い。

 五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い!!!!!!


「分かってんだよそんなもん!!お前に魔法打っても意味ないってことぐらい!!こんなことしてもどうにもならないし、こんなことしても、アイリスは生き返らない!!知ってるんだよ!!たった今、ご丁寧にも教えてもらったばかりだしな!!」


 何をやっても、意味がない。

 分かってる。

 でも。

 この感情は、我慢できるようなものではない。

 黙って、耐え忍ぶ、なんてこと、できない。

 怒りのはけ口が、ほしい。


 神が、厳かに言う。


『復讐したくは、ないのか?』


 つい、魔法を打つその手を止めてしまった。

 復讐。

 どうしようもない、負の連鎖。

 これ以上ない、愚かな行為。


『私なら、それを可能にする力を貴様に与えられるぞ』


 復讐は復讐しか産まない。

 一度始まれば、終わることはない。

 どちらかが死ぬまで、ずっと続く。

 場合によっては、当人に限らず、他人をも巻き込んで。

 死してもなお。

 愚かにも程がある行為だ。

 それは分かってる。

 でも。

 その神の言葉は、俺の心に甘美に響いた。

 復讐。

 あいつらに、憎き敵に、復讐。

 丁度いい、怒りのはけ口。

 あいつらを。

 ぶっ殺して―――






『アイリスとやらも、それを望んでいるのではないか?』






 そうだ。

 アイリスも、きっと、復讐を…………







「……………いや、アイリスは、きっとそんなこと望まない」








 そっと目を落とし、腕の中のアイリスを見る。

 こいつはいつも、ドジばっかりだった。

 塩と砂糖は間違えるし、部屋はいつになっても片付かないし、挙げ句、壁に穴をあけるし。

 買い物をする時は値引きなんてしないで言い値で買って損するし、素材は他人に譲っちゃうし、せっかく買ったものを村の人にあげちゃうし。

 本当に、あきれるほど間抜けで、それでいてお人好しだった。

 優しかった。

 そうだ、散々言われてた。

 人には優しくしろと。

 悪意を向けるな、と。

 人は鏡、善意を尽くせば善意が帰ってくるし、悪意を見せれば悪意が戻ってくる。

 人から善意を受け取るには、まず自分が人に善意を見せなくてはならない。


「だから、復讐なんてもってのほか」


 アイリスは、よくそう言っていた。

 復讐は復讐しか産まない。

 その連鎖を断ち切るには、自分が復讐しないに限る、とも。



「…………復讐は、復讐しか産まない………やっぱ、どこの世界でも、人間の思考回路ってのは一緒だな」


『む………?』


「ありがとう、クロノス。お前のおかげで、頭が冷えたよ」


『……………』


「復讐は、しない。そんな力も、いらない」


 やめよう。

 復讐なんて、それこそ、何の成果も産まない。

 メリットがない。

 多大な時間と労力が必要なのにも関わらず、だ。

 コスパが悪いにも程がある。

 憂さ晴らしにはなるかもしれないが、それだけだ。


「俺があいつらに復讐する理由はあっても、それをする利点がない。だから、やらない」


『…………ほう。このような状況では、大抵のニンゲンは力を欲するのだがな。無論、復讐のために』


「やらないって、そんなこと。いったろ、メリットがないんだ」


 …………本当はメリットどうこうが理由ではないのだが、まあいいだろう。

 アイリスの意思を尊重したい。

 アイリスが生きていたら、もしそうなら、迷いなくあいつら(元クラスメイト達)を殺す。

 あいつの意思を無視したとしても、あいつの命のほうが大事だ。

 その分の力があったのなら。

 それが可能だったなら。

 でも、もうアイリスはいない。

 アイリスの命は守れなかった。

 ならせめて、遺志ぐらいは尊重してやらなきゃ、可哀想だ。

 あいつら(元クラスメイト達)が、憎くないわけではない。

 むしろ、超、憎い。

 でも、あいつらに復讐なんてことをするくらいなら、アイリスの遺志の方を大事にしたほうがいい。


『……………そうか、それが、貴様の理由か…………』


 …………しまった、そう言えばこいつ、心を読めるんだっけ。

 別にいいけど、こんなに早く嘘が露見してしまうとは………。


『うむ、やはり、面白い。いつものことだが、貴様は突飛な思考をしているな』


「……………お前、それ、褒めてんのか?」


『褒めてない』


「…………だろうな。」


 しばらく、両者は物思いにふける。

 ぼんやりと、これからどうしようか、と考える。

 この家に残るか、サンカント村に行くか。

 それとも、ここを離れてどこか遠くに行くか。

 正直、もうここに未練はない。

 これまではアイリスがいるから、という理由で残っていたが、アイリスはもういない。

 こんなことを言うのも何だが、村の人たちは、そんなに大切じゃない。

 だから、この家から、サンカント村から離れても別にどうってことない。

 ………………。

 いや、訂正しよう。

 割と未練ある。

 結構ある。

 商人のアルさん、名前が似てる門番のアルバートさん、値引きの相手の八百屋のおっさん、豪快なギルド長のガークさん、よくお世話になる鍛冶屋のおじさん、ニワトリモドキを飼ってるルイスさん、老獪さを感じさせる木こりのハイルさん、etc…………。

 サンカント村の皆さんには、この1年、とっても世話になった。

 ………………あー、どうすっかな。

 やっぱ、ここに残ろうか……?


『……………貴様は、勇者の選考基準を知っているか?』


 急に、クロノスが語り始めた。


『以前、それこそ国1つの歴史分の時間を遡るほど前、この世には多様なニンゲンが存在し、しかし貴様らはニンゲンをたった2つの種類に分けた。それが、人族と、魔族。その様子を見た神々はわざわざニンゲンを2つに分け区別し互いを差別し争うことの愚かさに驚きあきれたものだが、しかし、そのようなニンゲンたちの都合に合わせ、世界に新たな規律をつくった。勇者と、魔王の存在だ。』


 勇者。

 アイリスがそうだったとか言う。


『勇者は人族、魔王は魔族から生まれる。勇者は、人族の間では英雄的な存在として崇められていた。魔族との戦争時に置いては、強いものはいつでも英雄だった。勇者は、人族の人々を守るためにある。陳腐な言い方をするのならば、人々の希望、というやつだ。当時戦況は魔族軍が若干優勢であり、人族は緊迫した戦場に勇者という光を見出した。つまり、勇者とは人々を助けたい、守りたいと思える、そのような人物が…………』


「説明が長い。簡潔にまとめて出直してこい」


『………………要するに、勇者とはその心意気を持った、然るべきものがなる存在、ということじゃ。今も昔も、それだけは変わらん』


「で、お前が言いたいのは何なんだ?今までのは全部、前置きか?早く要件を言えよ」


 フーーゥ、と、クロノスが長い長い嘆息を漏らす。

 なんだなんだ、疲れてるのか?

 うん、やはり、お疲れのようだ。

 早く帰らないだろうか。

 早く帰ってほしい。

 無理すんな老骨。


『………………………………貴様に勇者の称号を与える。貴様にはそれに足る温厚かつ深切な心があると判断した』


「は?」


 勇者?

 俺が?

 人間じゃなくてモンスターだが?

 いやそもそも。


「神に対して、魔法ぶっ放して老骨呼ばわりして出直せ早く帰れとせっついた俺が、温厚で深切?頭、大丈夫?おまえ、もしかしてドSだったりする?」


『今、私も後悔している。なぜ私はこのような判断をしたのだろうか』


「じゃあやっぱ止めろよ。俺、勇者になんて向いてねーし。柄じゃない」


『いや…………もう勇者の称号、付与しちゃった』


「……………剥奪とかできないの?」


『……………無理』


「……………お前やっぱ馬鹿だろ?」


『…………………………』

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