17・俺の1日ともう少し
「じゃあ早速殴り込みにいくか?」
目の前で、俺のクラスメイト達がアイリスに襲撃を仕掛ける話をしている。
信じられない。
だって、クラスメイトだぞ?
そりゃあ俺は陰キャでボッチで仲いいやつとかも居なかったけど、他人のことはよく見てたと思ってる。
あいつらは、そんな野蛮な奴らじゃない。
いや。
そんな奴らじゃなかったと言うべきか?
少なくとも転移してこっちの世界に来る前までは、普通に学校に通って、普通に授業を受ける、素行にも問題がない普通の高校生だったはずだ。
若干一名、転移する前から素行の悪かった例外はいるが。
転移間際に俺をぶん殴った、松川とかな。
でもそれでも、麻薬だとか、犯罪だとかには手を染めていないって話だった。
もしかしたら、あいつだってただ強面なだけで、本当は心優しい運動のできるジェントルマンだったかもしれないじゃないか。
…………いや、それはないか。
悪行を楽しんでいた節があるし。
てか思いっきり俺を殴り殺して犯罪者になってるし。
ともかく、ともかくだ。
こいつらに襲撃を仕掛けられるのは避けたい。
クラスメイト達、いや、元クラスメイト達にどんな事情があるかは知らないが、今やアイリスは俺の家族にも等しい存在になっている。
アイリスに害は及ぼさせない。
絶対に、傷つけない。
俺は家族には甘いのだ。
家族のためなら、いくら他人を犠牲にすることもいとわない。
それが家族に害を与えようとしている連中なら、なおさら容赦はしない。
1年も顔を見なかった連中よりも、アイリスのほうが愛着というものがある。
こいつらを、俺の元クラスメイト達を、止める。
場合によっては、ぶちのめす。
更に場合によっては……………。
殺そう。
そう決めた。
いやでもそうは言ってもだ。
どうやって止める?
さっきは勢い込んで殺してでも止めるみたいなこと言っちゃったけど、平和的に解決できればそれに越したことはない。
やっぱり、俺の正体をカミングアウトするか?
僕達は君たちの仲間です、クラスメイトですーって。
例えそうしたとしても、信じてもらえる可能性は低い。
見た目からして違うし、てか見た目だけじゃなくて中身もあいつらからしたら変わって見えるだろうし。
そもそも俺がクラスメイトだと納得したとしても、それでアイリスへの襲撃を辞めるかどうかはわからないんだよな。
どんな事情があるかわからないし。
もしクラスメイトの知り合いでも殺さなくちゃいけない、倒さなくちゃいけないっていう理由があったとしたら、俺が正体をバラすメリットはなくなってしまう。
よって人情に訴えかける案はボツ。
和平交渉は諦めた方が良いだろう。
てかそもそも話し合うのは気が重い。
個人的な理由で話したくない。
高校デビューならぬ異世界デビューしたことを知られたくない。
俺としては性格が変わったつもりはないんだが、人との接し方がだいぶ変わったからな。
何なのこいつって思われる。
絶対思われちゃう。
ということで話し合いはナシ。
では逆に俺がこいつらより先にこいつらに襲撃をかますか?
そうして、襲撃の実行が不可能になるほどの損害を与えるか……。
簡単に言えば殺すってことだな。
生半可に手足だけふっとばしたりしたら、復讐という名目でまた襲撃しようとするだろうし。
殺さないように、ちょうどよく再起不能な怪我を負わせられる自信はない。
襲撃を妨害するのなら、殺すのが手っ取り早いし確実だ。
おお、これなら会話という苦行をしなくても良い訳か。
めっちゃいい案じゃないか。
とは言っても、この案にもしっかりと問題点はある。
まず1つ、そもそもこいつらは簡単に殺せるほど弱いのか?
ここで注目すべきは、先程の野口の発言だ。
『川上の完全鑑定』。
俺は、完全鑑定などというスキルは知らない。
アイリスの家にはスキル大全なる本があるのだが、そこにも載っていなかったと思う。
普通の『鑑定』というスキルはスキル大全にも載っているのだが、さっき言っていた『完全鑑定』とか言うものは名前からして『鑑定』の上位スキルだろう。
つまり俺が何を言いたいのかというと……。
『完全鑑定』は、川上のユニークスキルなのではないかということだ。
やはり転移組はしっかりとスキルをもらっていたようだ。
そうなると、他の奴らのユニークスキルが気になるところ。
戦闘系のスキルをもらったやつがいれば、俺が真正面からぶつかりに行っても返り討ちに合う可能性が高い。
戦闘系のユニークスキルなんて、ラノベの代名詞みたいなもんだろ。
よしんば戦闘系のスキルでなかったとしても、強力な効果を持ったものだと思ったほうがいいだろう。
こう言っちゃなんだが、俺は相当強い。
身体能力はどの面に置いてもトップアスリートを軽く超えているし、この世界に来てからは人生経験豊富なアイリスに修行をつけてもらったりもした。
魔物としての生まれ持ってのアドバンテージというやつもある。
そんじょそこらの冒険者なんかよりもよっぽど強い。
だが、相手はこの世界に類を見ないユニークスキル持ち。
つまりは未知数。
もしかしたら俺のほうが強いかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
…………………。
え?
お前もユニークスキル持ってんだろって。
それで戦えって?
…………………。
…………フッ。
忘れたのか?
俺のユニークスキルは『契約』。
不向きにも程があるだろってくらい戦闘には不向きだぜ?
だから俺は、『契約』を使わない。
使えないんじゃなくて、使わない。
そこんところ間違えないでほしいね。
そう、使えないんじゃなくて、使わない。
使ってないだけだ。
………………………。
………ちょっと、何だその疑うような目は。
え?
そういや前はスキルの発動さえまともに出来ていなかったなって?
…………………………。
……………………………………。
……………………………………………………。
………………………………ああそうだよ!
未だに発動すらできてねーよ!
『契約』!
一応釈明しておこう。
俺に、スキル発動の才がない、というわけではない。
他のスキル、例えば『剛力』とか『隠密』とか『洗濯』とか『鑑定』とか『洗浄』とか『洗濯』とか『執刀』とか『腑分け』とか『その他家事系統のスキル』とかとか……!
ともかく、ユニークスキルの『契約』以外のスキルはたいていの場合、勘で取り扱うことができるのだ。
因みにこの世界、自力でのスキルの入手は結構困難だったりする。
非常に長い年月をかけて、それこそ五年十年の鍛錬を得てようやく1つ手に入れられるかと言ったところだそうだ。
そしてもう1つ、自力以外でもスキルは手に入る。
それが、神から授かる、だ。
人間はたいてい3つか4つかのスキルを生まれながらに持っている。
どんなスキルがもらえるかは誰にも分からないし、誰にも操作できない。
生まれがどんなに高貴でも『窃盗』とかいうスキルをもらうこともあるし、どんなに貧しく卑しい生まれでも『救済』だとかのスキルを手に入れられる。
俺の場合は『掃除』『洗濯』『執刀』『腑分け』etc....の家事系スキルお徳用パックと申し訳程度の魔物としての矜持的な何か少しの計十三個を生まれながらに手に入れた。
プラス、アイリスとの修行で身につけた戦闘系スキル『剛力』と『隠密』。
そしてそれらは、なんとなく扱い方が分かるのでたやすく使うことができるのだ。
そう、大抵の場合は。
そして俺は、というか俺のユニークスキルは、その例外だった。
まったくもって使い方が分からない。
「契約!」と叫んでも、「契約!」と念じても、具体的な契約内容を頭に刻み込んで発動の様子を想像しても、日本語で叫んでも、こっちの人類語で叫んでも、とにかくいろんなことを試してみたが本当にどうにもならなかった。
スキル大全で使い方を調べてみたりもした。
載ってなかったけどな。
このときばかりはユニークスキルという稀な存在であることを恨んだわ。
世界に認知されてろよって。
俺に使い方を教えろよって。
そんなわけで『契約』に関しては半ば諦めている。
俺には不釣り合いなんだって思った。
とにかく一生使えるようになる気がしない。
ユニークスキルには頼れない。
だから、自力で頑張るしかない。
でも、ユニークスキル持ちの奴らに敵うかは分からない。
というか、そもそもの数にも差がある。
元クラスメイトたちが全員ここにいるとしたら、敵の総数は24人。
24対1って、ヤクザのカツアゲでもなかなか見ないと思う。
更に更に、もう1つ問題がある。
俺に人を殺す度胸があるかどうか、という点だ。
さっきは、場合によっては殺す、なんて言ったが、実際にやるとなると情けなくもそれを恐ろしく思っている自分がいるのを感じる。
俺だって、つい1年前まではごく一般的な高校生だったのだ。
殺人の経験があるわけもないし、なれるほど命を奪った経験なんてなおさらあるはずがない。
殺人には忌避感がある。
それが普通の人間だと思う。
つまりまとめると、腕力による強引な解決も不可能、と。
話し合いは無理、拳で決着をつけるのは多分負け確定。
あれ?
詰んでる?
……………いやいや、きっとまだ手はある。
…………………………。
………………。
話し合いは…………無理。
拳で決着は…………負け確定。
んー、あれ?
やっぱし詰んでねーか?
………………。
むーん…………。
ちらりと、木の上から元クラスメイト達を見る。
どうやら皆で団欒をしているらしい。
日が沈んで少し経ち、肌寒く感じる時間帯。
彼らは小さな焚き火を起こし、暖をとりつつ夕食を作るようだ。
チロチロと小さく燃える炎。
闇に浮かぶようにも見えるその光は、彼らの楽しそうな顔を優しく、穏やかに照らしている。
彼らの話し声、笑い声は俺のいる木の上にまで届き、まるで忙しない日々の合間に取った休暇のような、まるで土曜日のまどろみのような穏やかさを感じさせる。
だが俺は見た。
火付け役とおぼしき女生徒が、「あー、ミスったー」と言いながら超大火力の炎を放ち森の木がゴウゴウと燃え始めたのを。
それを見た男子生徒が森の上空に超巨大な水球を生み出し、燃え盛る炎を一瞬で消火したのを。
彼らはもう一般の高校生ではない。
その力を振るえば、いとも簡単に人を殺せる殺人兵器にでも、大活躍するスーパーヒーローにでもなれるだろう。
それだけ恐ろしい武力を持った連中だということだ。
ユニークスキルによるものなのかなんなのかは知らないが、火力だけを見るならばアイリスと同じくらいか、それ以上。
実践経験がいかほどかはわからないが、脅威となりうるのは確か。
因みにアイリスは俺よりも魔法・剣技どちらに置いても火力高いし正確だ。
当然それと同じくらい強そうに見える元クラスメイト達に俺が敵うはずもない。
これはもう、どうにもならんな。
逃げよう。
戦っちゃいけない。
アイリスと一緒に、逃げるのだ。
うん。
俺の足の速さなら、こいつらが俺らの家に来る前に逃走できる。
襲撃に来る奴らが全員俺よりも速い訳はない。
そりゃあ戦闘系統のスキルで身体能力アップする者もいるだろうが、全員がそうとは限らないし魔法タイプとかだったらなおさらそんなに足は速くないだろう。
コイツラからしたら急ぐ理由はなさそうだし、きっと進軍は遅めだろう。
俺からしたら時間は余裕がある。
何ならこいつらが出発して三十分したあとに追いかけても余裕で追いつく自信がある。
「皆、ご飯は食べ終わった?突撃班のメンバーには集まってもらいたいんだけど」
「「はーい」」
むっ。
あれはクラスのマドンナ、倉敷さんか。
前の世界と同じように、皆の仕切り役になっているようだ。
「ほらっ、颯太くん、早く来て!」
「あ、うん。分かってるよ」
「「………………チッ」」
おやおや。
倉敷さんは、月島くんにご執心のようだ。
名前を呼び捨てにするほど好意を寄せている様子の倉敷さん。
そして、それに慣れたように返す月島くん。
仲が良くてよろしゅうござんすねー。
リアルにリア充を見せつけてくんなクソが。
ほら、他のクラスメイトが何人か舌打ちしてるくらい反感買ってるよ?
少しは自重しろよ。
てかこれから人を襲いにかかろうという奴らの会話じゃないだろ。
なかなかうざってぇ…………。
「出発は予定通り、この時計で二十時。あときっかり二十分ですね。それまでに、各自用意を整えておいてください」
「「はい」」
「あと、野口くんと川上さん。元勇者の特徴について話があるので少しお時間とってもいいですか?」
「はい」
「おう、分かった」
お、そろそろ出発か。
じゃあ、俺もそろそろ家に戻っておくかな。
門番のアルバートさんにはアイリスへの伝言を頼んでいる。
ちょっと遅くなるから、先に帰ってくれ、と。
アイリスがその話を聞いているのなら、きっともう既に家に帰っている頃だろう。
ここから家のある迷宮の入り口までは徒歩二時間。
更に入り口から家までは一時間かかる。
しかもそれは往来に慣れた俺の場合なので、初見の元クラスメイト達はもっとかかると思う。
大丈夫。
余裕で間に合う。
クラスメイト達よりも先に、家に帰ろう。
そいで、逃げよう。
■ ■ ■
夜道を走る。
今日は、綺麗に丸くなった月が頭の真上に出ているので、暗くはない。
木々をすり抜け、草花をかき分け、左右に揺れながら走る。
こうやってスルスルと木と木の間を抜けていると、俺が避けているのか、木が避けているのか一瞬わからなくなる。
不思議な感覚だ。
猫型のバスにのった5月の名を冠する姉妹も、こんな気分だったのだろうか。
今の俺はとても速い速度で移動している。
人間がこの速度で走ろうと思ったら、ものの数秒で疲れ果てて止まってしまうだろう。
でも、俺は魔物だ。
この程度ではバテたりしない。
このあとのことを考えながら、走る。
走る、走る。
ぐんぐん走る。
どの荷物を運び出すべきだろうか。
まず数日分の食事は持ち出したい。
あと寝具もほしい。
サンカント村に泊まることはできないだろうから。
俺たちが、と言うよりアイリスがサンカント村に出入りしていることはとっくのとうにクラスメイト達にバレている。
いつから観察を続けていたのかは知らないが、少なくとも今日、アイリスと接触したのは確かだろう。
そんな感じの会話をしてたしな。
アイリスを標的ではないかと疑っていたが、『鑑定』系スキルを持ってるやつを連れてきて、やっと確信が持てたって感じか?
となると、今夜は村から離れた場所での野宿だな。
その翌日にはまた移動だ。
とにかく、元の家から離れなくてはならない。
家を手放すのは惜しいが、今はアイリスの身の安全のほうが大切だ。
にしても、『完全鑑定』か。
いいな、そのスキル。
最強の目利きになれそうだ。
戦闘では役に立たないけども、実生活では重宝しそうな予感。
俺も一応生まれつきで『鑑定』のスキルは持っているけれども、精度がなかなかに酷い。
鑑定しても、本当にざっくりとした区分しか教えてくれないのだ。
例えば、今日もお世話になった八百屋にて。
以前、玉ねぎっぽい何かを鑑定してみたのだが、『野菜』という情報しか得られなかった。
健康、とか、腐敗、とか、そのものの状態すらわかんねえのかよ。
せめて固有名詞を出してほしかった。
スキルは、使えば使うほどに使い勝手が良くなる。
スキルレベル的なものがアップするらしい。
現に、アイリスの持っている『鑑定』は名前が分かる。
俺はそれがわからないのに。
とは言っても、アイリスの『鑑定』でも人の名前は分からない。
固有名詞まではわからないのだ。
それに対して、川上の『完全鑑定』。
会話から察するに、おそらく固有名詞も健康状態も、何でも分かってしまうのだろう。
そのレベルまで分かる『鑑定』スキルを持っているやつなんて、この世界では他に居ないんじゃないか?
ふむ、改めて、ユニークスキルってすげーな。
ホントにチートだ。
もはや何でもありかよ。
ああ、俺もなんかまともに扱えるスキルがほしかったな……。
魔法系統がいいな。
伝説級の魔法がポンポン使えるやつ。
タイムワープとか、瞬間移動とか、精霊王召喚とかそういうやつ。
■ ■ ■
「みんな、出発しますよー」
「はーい」
「じゃあ、颯太くん、いつもみたいによろしくね」
「うん、分かってる」
「全く、いいよな、颯太は。空間魔法なんて、チートの代名詞じゃんかよ」
「そうでもないよ。現に最初の半年は、先生につきっきりだったじゃないか。まともに使えるようになったのはつい最近」
「それでも、だよ。ほんと、羨ましーぜ」
「それじゃ、行くよ。裏切り勇者の元まで、ひとっ飛び」




