14・俺の1日(前半)
俺の1日はまず朝食作りから始まる。
当然アイリスは料理なんてしない。
掃除も洗濯も出来ないのに料理だけできる、なんてことはありえない。
もちろん料理も俺の担当である。
といっても、朝は簡単なものしか作らないが。
今日のメニューは黒パン、昨日のシチューを手直ししたもの、目玉焼きの3つだ。
まずはシチューを温める。
この世界の科学文明レベルはまだ低い。
日本で言えば大体江戸時代初期ぐらいだろうか。
一般市民の住宅には電気など通っていないし、相当財力のあるものでも日常的に電気を使ったりはしない。
そんな未開拓な世界であるから、もちろん電子レンジは存在しないし、火だってそう簡単に起こして消してを繰り返せない。
それでもシチューを短時間で温められるのは、異世界おなじみの魔道具のおかげだったりする。
箱状の魔道具の中にシチューをセット。
なおこの際に木製の器を使うと燃えることがあるので注意。
しっかり蓋がしまっていることを確認したら、あとは魔力という謎エネルギーを注ぎ込むだけ。
放置していれば、電子レンジとそう変わらない時間でシチューが温まる。
因みにこの魔道具、見た目は完全に電子レンジである。
それを模して作ったのではないかと思うほど。
ワンチャン、俺の他にも転生者とか転移者とかがいて、その人がこのレンジ作ったのかなー、とか思ったり。
次は目玉焼き。
またしても魔道具を使い、鶏っぽいやつの卵っぽいものを割って焼き上げる。
あの鳥、とさかが緑で羽毛が薄茶色だったんだよな……。
しかも口から卵を出してたし。
体高が1メートル弱あったし。
なのに卵の大きさは鶏と変わらないし。
ほんと訳わからんが卵は美味いのでまあ良い。
コンロ型の魔道具は、持続的に魔力を注がなくてはならないのが欠点だ。
でもその分火加減等は自由自在だ。
ふむ、味付けはどうするか。
無難に塩でいいか。
てか塩以外に選択肢ないな。
醤油もソースもないし。
ソースなんて言う高級品は金持ちしか持ってねーんだよ。
安価良品質で有名な商人アルさんの店でも小瓶一本分で目玉が飛び出るほど高かったぞ。
醤油はそもそもこの世界にはまだ存在しないし。
納豆といいチーズといい醤油といい、発酵食品はなかなか世の中に普及しないもんだな。
黒パンがもういい感じに焼けていたので、取り出す。
前世の白いパンが懐かしくなるようなパンだ。
地球でも、大航海時代には保存が効くからと言ってこのような黒パンが船に多くのせられていたらしい。
ただし、あまりにも不味いため死ぬ直前まで食いたくはないと船人に言わしめたとかなんとか。
そこまで不味いとは思わないんだがなー。
ヤマ○キパンの百倍はひどい味だと思うけど。
気まぐれで目玉焼きをシチューの上に乗っけてオシャレっぽくした後、黒パンと一緒にテーブルにセットする。
もちろん、俺とアイリスの二人分だ。
なかなかアイリスが起きないので起こしに行く。
いつものことだ。
あいつは俺よりも早くに起きた試しがない。
「朝だぞおきろー」
「……んー……ああぁ………あさぁ?……」
「そう、朝だぞー。ご飯できてるよー」
「…………スピー………スピー……」
また寝た。
しょうがないか。
一度一階の台所に戻る。
そして武器を手に再び二階のあやつの部屋の戸を叩いた。
当然応答はないので勝手に入る。
「あーさーだーぞー。おーきーろおおーーー」
「スピー………スピー……」
うん、起きてないな。
ではフライパンとお玉という武器と両の手に取り。
魔物の腕力で打ち合わせ、鳴らす!
「でいや!」
ゴワン!
「ぶわぁ!遅刻した!?」
「おはようアイリス。朝食に遅刻してるよ」
「はっ……先生?おかしいな、髪の毛が生えてる……?」
「あれ俺昨日までハゲてたっけ?」
「はっ……先生じゃなかった……おはようリリちゃん」
「うん、おはよう。朝食できてるよ。顔洗ってこい」
モソモソと動き出すアイリス。
うん。やっぱフライパンの音は効果的だな。
ちっちゃいハンドベルの効き目はなくなってきたし、今日からこれで起こそう。
アイリスが顔洗ってる間に、洗いかけだった目玉焼き焼いた方のフライパンを洗う。
女子は朝の洗顔に時間がかかると言うが……。
「うー……おまたせ。顔洗ったよ。」
アイリスは朝の仕度が非常に早い。
本当に顔だけ洗ったのだろう。
洗顔液とか美容液とかつけなくて良いのだろうか。
「今洗い物終わるから座ってまってて」
「はーい……」
洗い物を終えて、遅れて席につく。
「では……」
「「 いただきます 」」
食べ始める。
我ながらいい出来だ。
黒パンの焼き加減は最高だし、目玉焼きをシチューの上にセットするというのは斬新なアイディアだ。
「う……食べづらい……」
そんな意見は都合よくスルーさせていただこう。
オシャレなんだよオシャレ。
インスタ映えするぞきっと。
美的センスのないやつには分かるまい。
「リリちゃん……その服の色と髪の色、似合ってない」
「…………」
「この前見た上位種のワームみたいね」
「芋虫と一緒にするな」
「色合い的には酷似してるわよ」
「…………俺の絶望的な美的センスのなさには目をつむってもらおうか。物理的に」
「あら、目潰しでも仕掛けるつもり?果たして成功するかしら」
この世界にはやはり異世界おなじみの冒険者という職業、そしてそのランク付けがあり、アイリスは割とランク上位の成績を残しているらしい。
戦力的な面で見ても、総合的な成績で見ても。
こと荒事専門の冒険者の知識・戦闘技能は対魔物に特化していることが多いので、魔物である俺が敵う道理はない。
だがしかし。
「寝起きの今なら攻撃一発くらいは当たるだろ」
「あら〜、冒険者っていうのはね、いつでも不測の事態に対応できないとなってられないのよ。なんなら実際にやってみる?」
「やってみない」
俺が痛い目見て終わるだろ。
アイリス強いし。
軽口を叩きながら朝食を食べ終え、アイリスはパジャマから着替えに部屋に戻る。
俺はその間に二人分の食器を片付ける……せめて流しまで運んでほしかった。
俺は家政婦じゃないのになー。
こっちに来てから家事スキルがめっちゃ上がった気がする。
家政婦じゃないのに。
むっ。
胡椒がもうない。
そう言えば卵も少ない。
葉物野菜は自家菜園のものがあるっちゃあるが、やはり少ない。
そういやアイリスがこの前、鍋に穴開けてたな。
どうにかしなきゃとは思っていたし……。
「アイリス。色々足りないものがあるから買ってきてもらえるか?どうせ今日も依頼の受注に行くんでしょ?」
「ええ、そうね。何が足りないの〜?」
「えーっと、まずアルさんとこから胡椒を袋詰のやつ1つ買って、ルイスさんの牧場から十個くらい卵も買って、市場に行けばいい感じの野菜あるかな、それと鍛冶屋さんに行って丁度いい鍋があったら買って、なかったら注文しといて。この前壊したやつくらいの大きさね。それといい加減隙間風が寒いから木の板も。木こりのハイルさん、お年だけど元気だよな。切り出した木の質もいいし。ああ、あと他にも……」
「え、ええっと、ハイルさんから木材で、アルさんから胡椒、ルイスさんから鍋もらって、鍛冶屋さんからいい感じの野菜……?」
「……やっぱり一緒に行くよ。うん」
「そうね……流石に全部は持てないわ」
持てる持てない以前に買うもの覚えてないだろ。
俺が色々管理してるから覚えてないのもしょうがないけどさ。
流石に鍛冶屋から野菜もらおうとするなよ……。
■ ■ ■
「準備できた〜?」
「とっくのとうに」
「それじゃ、しゅっぱーつ!」
「おー」
「元気がないわねリリちゃん!さあもう一回、しゅっぱーつ!」
「……(やけくそ気味に)おー!」
「うん!元気で何より!」
それお前が言うか?
いつもにまして元気なのはそっちだろ。
「リリちゃんとお出かけなんて久しぶりねー。前回一緒に外出したのはいつだったかしら」
「巨大蜘蛛の討伐のときじゃなかったっけ?確か協会の方から招集がかけられてさ」
「ああ、ラージスパイダー」
「名前安直すぎるよな。でかい蜘蛛だから、ラージスパイダーって。冒険者協会も、もうちょい凝ってやればいいのに。いっそ蜘蛛のほうが可哀そう」
「そうね〜、でも学者さんは違う名前で呼んでるわよ」
「へえ、そうなんだ。なんて名前で?」
「カララルノートン」
「今度は語源が全く分からん」
「この蜘蛛の幼虫はオスとメスで名前が分かれてるのよ。オスはラグノートンで、メスはノグノートン」
「ふむ……じゃあ、ノートンは蜘蛛って意味か」
「そう。カリムの古代語でね」
アイリスは博識である。
家にある膨大な量の本にも載っていないことを、さも常識のように語るその姿は、なぜ研究職に就かなかったのだろうと思わせる。
もしかしたら、以前は本当に研究職だったのかもしれない。
ゆっくりと、ミルドハイムに向けて歩き続ける。
のんびりと、緩慢に。
こういうのって良いよな。
あいにく洞窟内なので、青空の下というわけにはいかないが。
でも、前世ではこういう、なにも気にせずに旅をすることに憧れがあった。
ゆっくり、のんびり、緩慢に。
何も気にせず。
道の脇には、青く発光し、涼し気な印象を与える植物が生えている。
アイリスのひとり語りも、その植物についてのものになる。
鈴を転がすような声とは、こういうもののことを指すのだろうか、などと思ったりもした。
ああ、マジ平和。
最高だわー……。
「あ、カララルノートン」
「は?」
「だから、ラージスパイダー。ちょうど前で道塞いでるわね〜」
早速俺の平和をぶち壊しに来んな。
マジ殺すぞてめえ。
「あいつ殺していい?」
「リリちゃん1人でも大丈夫かしら?」
「ダイジョブダイジョブ。なんとかなるって」
「じゃあ任せるわ〜」
荷物をおいて、こちらに背を向けている蜘蛛に向かってあるき始める。
魔物も生き物。
犬と同じだ。
感知能力は人間を大きく上回り、大きな音を立てれば驚くし、いくら足音を潜めても気づく時は気づかれる。
見知らぬ者や天敵が近づけば警戒する。
だから、気づかれないように遠くから攻撃するか、気づかれることを覚悟で一気に近づくしかない。
が、俺に限って言えば別にその辺の心配はない。
歩いて、歩いて、ついに蜘蛛のところまでたどり着く。
それでも蜘蛛はこっちを見ようともしない。
気づいてはいるのだろう。
でも、警戒していない。
俺が、スライムという最弱の魔物だから。
否、神曰くスライムではないらしいが、存在感的にはそんなもんだ。
さあ、こんなふうに近づいて何をする?
殴る?
いやいや、俺の細腕での物理攻撃は、この巨体には効きにくい。
そう、異世界おなじみ、異世界の代名詞、魔法だ。
「爆撃魔法……で……『爆発』」
蜘蛛が……あの巨体が、爆ぜた。
緻密に構成された魔法陣が蜘蛛の体内で発動され、爆発する。
体の内側から炎が吹き出し、絶対に自然治癒が不可能な致命傷を与える。
肉片と青い血液が赤い炎で飛び散るその様は、いっそ美しくすらあった。
ああ、魔法って便利だな〜。




